王妃様は逃亡中 後日談・番外編

遊森謡子

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10 なれそめを聞かせて

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 いつかは来ると思ってた質問が、とうとう、来た。

「母上ー」
 明日は私とフェザーの結婚記念日、という日の夜。
 夕食を食べながら、もうすぐ六歳になる息子・ウィンガリオン──日本名・翼──が、こう聞いてきたのだ。
「母上は、ニッポンっていう国から、ハーヴにお嫁に来たんでしょ。どうして来たの?」

「ふぉう、キター。両親のなれそめインタビュー!」
 ぱちぱち、と小さく拍手をした私は、ちらりとフェザーを見た。フェザーはフォークを置いて答える。
「……父上が、母上を呼んだのだ。王妃になってほしいと」

 うん、まあ合ってる。王妃になってほしいと言って呼んだ、じゃなくて、呼んでから「王妃になってもらうから」みたいな、事後承諾でしたけどね。

「母上は、いいですよ、って言ったの?」
「そうよ」
 私がうなずくと、翼は黒い瞳で真っ直ぐに私を見つめながら、真っ直ぐに聞いてきた。
「どうして?」
「父上が、好き好き愛してる、王妃になってくれなきゃ泣いちゃう! って言ったから!」

「……シーゼ」
 フェザーは私を横目で軽く睨んだ。
「嘘をつくなら、数年後にシノブとアスカから同じことを聞かれたときに同じ答えを返せるように、しっかりと覚えておくのだな」
「うっ」
 私はちょっと後ろを振り向いた。そちらでは、二歳になる双子の詩信しのぶ明日歌あすかが、乳母に別メニューの夕食を食べさせてもらっている。ウィンガリオンの妹姫たちだ。
 この子たち、絶対根ほり葉ほり聞いてくるよなー。そんで、兄上に聞いた話とちがうー! とか。とか。

 たちまち自信がなくなった私は、咳払いをしてから言い直した。
「というのは冗談で。ええと、どうしてオーケーしたかというと……実はね、悪い人に追いかけられていた母上を、父上が助けてくれたの。だから?」
 疑問形になってしまった。
 ゴシップ記者から直接助けてくれたのは、召喚魔法を使ったグレッドだって気もしなくもないけど。まあいいでしょ。

「父上、かっこいい」
 ほっぺを赤くした翼が、にこにこと続ける。
「父上、ぽろぽーず、したの?」
「ぽろぽーず?」
 首を傾げるフェザーに、私は訂正する。
「あ、ごめん、日本語。プロポーズ。求婚」
 何かの絵本で、王子様がお姫様に求婚する場面があったのよね。その時に、日本の言い方を教えちゃったような。
 フェザーは、ちょっと思い出すような表情になった。
「……したよな」
「したわよ。ちゃんとやり直しまでしてくれたじゃない。あれがプロポーズだと、私は思ってるけど?」
 私は笑って言う。

 召喚直後は「王妃になれ」みたいな感じで……正直、正確な言葉も覚えてないわ。ロマンチックのかけらもなかったし。
 でも、結婚して翼が生まれた後、私が城から逃亡してる最中に一時帰宅(帰城か)した時、改めて言ってくれた。

『余を信じ、王妃となってほしい』

 あれが、私にとっては、本当のプロポーズだ。

「もういいだろう。ウィンガリオン、手が止まっているぞ。ちゃんと食べなさい」
 少々照れくさくなってきたのか、フェザーが翼を促す。翼は我に返ったように、食事の残りをパクパクと平らげた。
 やがて食事を終えた翼は、椅子を降りると、
「ごちそうさまー! 父上、母上、おやすみなさい」
と挨拶をした。眠る部屋は私たちとは別なのだ。
「おやすみ!」
「おやすみ」
 私とフェザーは返事をして、乳母と一緒に広間を出ていく翼を見送った。ちょうど詩信と明日歌も食事を終え、やはり挨拶をして乳母たちと出ていく。

 広間は、静かになった。

「……先に、聞いておけば良かったかもしれんな」
 フェザーがグラスを手につぶやいたので、残りの夕食をもぐもぐしていた私は首を傾げてみせた。フェザーが微笑む。
「いや、ニッポンの求婚の作法をな」
 私はごちそうさまを言ってから、答えた。
「うーん、こっちと一緒だと思う。要は、相手に気持ちが伝わればいいんだから。日本では先に指輪を用意してる人もいたけどね、あと花束とか」
「贈り物か」
「求婚の時じゃないけど、素敵な贈り物ならフェザーもくれたでしょ」
 侍女に椅子を引いてもらい、立ち上がりながら言うと、フェザーも立ち上がりながら不思議そうな顔をした。
「うん?」
 私は腕を組んで怒った顔をして見せた。
「忘れたの? 私、もらってからずっと大事にしてるのに」

 フェザーはその場で立ったまま、ちょっと視線を上へ逸らして顎を撫でた。
「何……だったかな。最初にそなたのために作らせたネックレスを、町で売り飛ばされたのはよーく覚えているが」
「げふっごふっ」
 私は思わず咳き込む。はい、逃亡資金にさせていただきました。
「……あー、まあ、たくさんもらったわね、ドレスや宝石、他にも色々。それももちろんすごく嬉しいんだけど、ほら、もっと特別なものをくれたじゃない。ダイヤモンドは永遠の輝き、っていうけど、私がもらったプレゼントだって永遠に残るものだから、すごく自慢なんだから」
 だいやもんど? と首を傾げつつも、フェザーは私をじっと見つめた。

 そしてやっと、ああ、と軽く目を見開いた。
「――名前、か」

「正解!」
 私は嬉しくなって、また軽く手を叩いた。
「『シーゼ』は私の名前で、王妃の名前。あなたが私にくれた贈り物は、歴史に残るの」

「そうか。……そうだな」
 微笑んでうなずくフェザーに近寄り、ひょい、と腕を組む。
「結婚初夜の翌朝にくれたんだよねー。すごく嬉しかった。あの時、たぶん、私……」

 ――あなたに惚れたのかも。

「何だ?」
 顔を覗き込もうとするフェザー。私はちょっと照れてしまい、彼の腕を引いて歩き出しながらごまかすように言った。
「ううん、名前っていいプレゼントだなって。ベッドで呼ばれると燃え」
「シーゼ」
「ハイすいません」
 後ろで侍女たちが一斉に咳き込むのを聞きながら、私はえへへ、と謝った。

 本当のこと言うと。
 あなたが私をたしなめる時に言う「シーゼ」っていう響きが一番好きだったりするんだけど、それは……秘密。


 それから何年も経ち、大きくなった詩信と明日歌から、
「翼兄さんに聞いたんだけど、母上が悪漢にさらわれたのを父上が救い出して、それで二人は恋に落ちたって本当!?」
と大興奮で尋ねられた。
 私はうなずいて、
「大体そんな感じ」
と答え、いつものようにフェザーに
「シーゼ」
とたしなめられて……微笑みを返したのだった。


【なれそめを聞かせて 完】
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