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9 正攻法で行こう
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ハーヴェステスの貴族の子女は、十六歳になった年に社交界デビューする。その華々しい舞台が、城の大広間で行われている今日の舞踏会だった。
すでに宴もたけなわ、若い主役たちの最初の緊張も解け、大広間の中央では踊りの輪が咲いている。グラスを片手に話し込む男女の姿も、あちらこちらに見受けられた。
国王夫妻、つまり余とシーゼも、この舞踏会に臨席していた。舞踏会の開会の際に一曲踊り、後は一段高い場所にしつらえられた席におさまって、大広間を見渡している。
シーゼが余に笑顔で話しかけ、余が彼女の耳元で囁くようにして答える。
手元のグラスが空になれば、侍女の捧げるトレイからシーゼが飲み物を選び、余に渡す。
その様子を、若者たちは憧れの眼差しで見上げているようだ。
自分たちもいずれ、運命の相手と結ばれ、国王夫妻のような仲睦まじい夫婦に……と、夢見ているのだろう。
しかし、実際に余とシーゼが交わしている会話は、こうだった。
「あー、いーないーなー。見てフェザー、あっちこっちで男子も女子も、きゅんきゅんしながら恋の相手を探してる」
「何を羨ましがっておるのだ……こちらは羨ましがられる立場だと思うが?」
「だって、まだチューもしたことないのかもよ、あの子たち。今日初めてするのかもよ! 見ててドキドキしない?」
「最近は進んでいると言うぞ」
「うっそ、夢壊さないでよ、せっかくときめいてるんだからさ。あー、なんかヤバいとこが疼いてきた」
「……そなたのときめきは肉欲に直結か」
「最近ご無沙汰なのが悪いんじゃん」
「げほっ。ど、どこがご無沙汰だ、ごほごほ」
「五日以上昔のことは忘れました― 。むせてないで何か飲んだら」
「では、さっきのこれと同じものを」
「ダメ」
「は?」
「お酒はもうダメ。飲みすぎるとできなくなるでしょ、この後。はい果物ジュース」
「…………」
「さて、どうやったら早めに、フェザーと舞踏会を抜けられるかなー」
「私も込みか」
「他の誰かと抜けろって? やだ、抜くとか、えっち」
「シーゼ。……酔った振りでもしたらどうだ。気分が悪いから退席すると。仕方がないから余が連れて行く」
「仕方ないってひどっ。うーん、下手にそんなんして、すわ妊娠か! とか思われんのヤダな。そうだフェザーがやってよ、ボク酔ったみたーい、って。私、肩貸してあげる」
「そんな醜態を晒せるか」
「意外とプライド高いよね」
「意外とって、国王がプライド高くなくてどうする!」
「そーでした。うーん、じゃあどうするかな。早く、二人っきりになりたいのに……」
「……最初からそう言いなさい」
「ん? 何?」
「何でもない。もう一通り客の挨拶も受けたことだし、部屋に戻りたいなら正攻法で行けばいいだろう」
「正攻法って?」
余はグラスを置き、立ち上がった。不思議そうに見上げるシーゼに、手を差し出す。
その手を取ったシーゼを椅子から引き起こすようにして、余は彼女の腰に手を回した。
会場の視線が集まるのを十分に引きつけておいてから、余は皆を見渡して言った。
「皆、初めての社交界、存分に楽しむといい。余はそろそろ、王妃と二人の時間を楽しむことにしよう。いい夜を」
そして、目を丸くしているシーゼの額に口づけた。
ざわざわと喧騒がひときわ大きくなり、何やら会場の温度が上がったような気がするのを尻目に、彼女を連れて身を翻す。壇上の垂れ幕の奥にある出入り口に向かうと、照れ笑いの侍女たちが両脇で頭を下げる間を抜け、さっさと退場した。
奥廊下を歩きながら、シーゼはするりと余の腕に腕を絡ませ、上目遣いで見上げてきた。
「ちょっと、ときめいちゃった。正攻法」
「『ちょっと』か? つまらん」
公衆の面前で惚気たようなものだぞ、この余が。それなのに『ちょっと』?
少々いたたまれない気持ちを隠して、わざと不機嫌な顔をして見せると、シーゼは嬉しそうに笑った。
「照れてる今の顔にも、ときめいた!」
【正攻法で行こう 終わり】
すでに宴もたけなわ、若い主役たちの最初の緊張も解け、大広間の中央では踊りの輪が咲いている。グラスを片手に話し込む男女の姿も、あちらこちらに見受けられた。
国王夫妻、つまり余とシーゼも、この舞踏会に臨席していた。舞踏会の開会の際に一曲踊り、後は一段高い場所にしつらえられた席におさまって、大広間を見渡している。
シーゼが余に笑顔で話しかけ、余が彼女の耳元で囁くようにして答える。
手元のグラスが空になれば、侍女の捧げるトレイからシーゼが飲み物を選び、余に渡す。
その様子を、若者たちは憧れの眼差しで見上げているようだ。
自分たちもいずれ、運命の相手と結ばれ、国王夫妻のような仲睦まじい夫婦に……と、夢見ているのだろう。
しかし、実際に余とシーゼが交わしている会話は、こうだった。
「あー、いーないーなー。見てフェザー、あっちこっちで男子も女子も、きゅんきゅんしながら恋の相手を探してる」
「何を羨ましがっておるのだ……こちらは羨ましがられる立場だと思うが?」
「だって、まだチューもしたことないのかもよ、あの子たち。今日初めてするのかもよ! 見ててドキドキしない?」
「最近は進んでいると言うぞ」
「うっそ、夢壊さないでよ、せっかくときめいてるんだからさ。あー、なんかヤバいとこが疼いてきた」
「……そなたのときめきは肉欲に直結か」
「最近ご無沙汰なのが悪いんじゃん」
「げほっ。ど、どこがご無沙汰だ、ごほごほ」
「五日以上昔のことは忘れました― 。むせてないで何か飲んだら」
「では、さっきのこれと同じものを」
「ダメ」
「は?」
「お酒はもうダメ。飲みすぎるとできなくなるでしょ、この後。はい果物ジュース」
「…………」
「さて、どうやったら早めに、フェザーと舞踏会を抜けられるかなー」
「私も込みか」
「他の誰かと抜けろって? やだ、抜くとか、えっち」
「シーゼ。……酔った振りでもしたらどうだ。気分が悪いから退席すると。仕方がないから余が連れて行く」
「仕方ないってひどっ。うーん、下手にそんなんして、すわ妊娠か! とか思われんのヤダな。そうだフェザーがやってよ、ボク酔ったみたーい、って。私、肩貸してあげる」
「そんな醜態を晒せるか」
「意外とプライド高いよね」
「意外とって、国王がプライド高くなくてどうする!」
「そーでした。うーん、じゃあどうするかな。早く、二人っきりになりたいのに……」
「……最初からそう言いなさい」
「ん? 何?」
「何でもない。もう一通り客の挨拶も受けたことだし、部屋に戻りたいなら正攻法で行けばいいだろう」
「正攻法って?」
余はグラスを置き、立ち上がった。不思議そうに見上げるシーゼに、手を差し出す。
その手を取ったシーゼを椅子から引き起こすようにして、余は彼女の腰に手を回した。
会場の視線が集まるのを十分に引きつけておいてから、余は皆を見渡して言った。
「皆、初めての社交界、存分に楽しむといい。余はそろそろ、王妃と二人の時間を楽しむことにしよう。いい夜を」
そして、目を丸くしているシーゼの額に口づけた。
ざわざわと喧騒がひときわ大きくなり、何やら会場の温度が上がったような気がするのを尻目に、彼女を連れて身を翻す。壇上の垂れ幕の奥にある出入り口に向かうと、照れ笑いの侍女たちが両脇で頭を下げる間を抜け、さっさと退場した。
奥廊下を歩きながら、シーゼはするりと余の腕に腕を絡ませ、上目遣いで見上げてきた。
「ちょっと、ときめいちゃった。正攻法」
「『ちょっと』か? つまらん」
公衆の面前で惚気たようなものだぞ、この余が。それなのに『ちょっと』?
少々いたたまれない気持ちを隠して、わざと不機嫌な顔をして見せると、シーゼは嬉しそうに笑った。
「照れてる今の顔にも、ときめいた!」
【正攻法で行こう 終わり】
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