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後日談・番外編

視界明瞭(ラズト視点)

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 夢を見た。
“星の庭”から王子殿下とコーメを連れ出し、オレの別荘にかくまっていた頃の、思い出の夢だ。

 ぼやけた視界に目をすがめながら、別荘の自分の寝室を出る。手すりに捕まり、階段を慎重に降りて厨房に行くと、コーメが食器を洗っていた。
「…………カザムは?」
「わ、びっくりした、ラズトさんおはようございます」
 振り向いたコーメが、いつも朝は遅いオレに笑いながら答える。
「カザムさんなら、王子を散歩に連れ出して下さってます。朝食のスープ、あっため直しま……?」
 彼女は言いかけて、オレの方を見たまま数秒黙ると、あっ、と声を上げた。
「何か違うと思ったら、ラズトさん眼鏡かけてない!」
「見つからないんだよな」
 オレは首を鳴らし、苛立たしく思いながらため息をつく。この距離だと、コーメの目鼻口の位置はわかるが、表情まではわからない。
「頭の上にあるのがお約束なんですけどね」
 コーメは笑い含みの声で言う。
「昨夜はあったんですか?」
「ああ。昨夜はソファで書類を読んでいるうちに寝ていて、明け方に寝台に移動して……その途中で外して、どこかに置いたんだと思うんだが、手探りしても見つからない」
「私が探しますよ! だって見えないでしょラズトさん」
 コーメはタオルで手を拭くと、すぐに厨房を出て階段を上り始めた。オレも後に続いた。

 コーメはオレの寝室の前でいったん立ち止まり、
「入りますよ」
と断ってから扉を開いた。そして、ソファに近寄る。
「ここのソファで寝オチ……」
 つぶやきながら、ソファのクッションの隙間を見たりソファの下をのぞいたりしている。
「ないな。で、寝台に移動」
 彼女は奥の寝台の枕元に近寄った。そして、枕をどかしたりサイドテーブルの照明の周りを見たり、しゃがみ込んで寝台とサイドテーブルの隙間に手を突っ込んだりしている。
「うーん」
 見つからないらしく、コーメは立ち上がるとあたりを見回した。そして、ふと寝台の足下に近寄る。
 一番上にかけてあったカバーが、くしゃっと足下に寄せてある。コーメがそこをめくった。
「あった!」
 振り返った彼女の手に、オレの顔の一部、銀のフレームの眼鏡。
「寝るとき、寝台に近づいて足下に眼鏡を置いて、その後でカバーをめくったんじゃないですか? それで眼鏡にカバーがかぶっちゃったんですよ、きっと」
「悪い、ありがとう」
 眼鏡をかけると、一気に視界が明瞭になった。目の前で、コーメが笑顔を見せている。
「いえいえ! さあ、何か食べるでしょラズトさん」
 先に彼女を寝室から出し、後に続きながら、いつもの世界に安堵する。眼鏡がないとどうにもこうにも……

 ……あ。

 寝室で。コーメと二人っきり。だったんだがな。
 視界不明瞭に気を取られて。

「コーメもコーメだ、全く……」
 ぶつぶつ言いながら階段を下りると、コーメが「何か言いました?」と見上げてくる。
 男の寝室にホイホイ入って来やがって、

「少しは意識しろ!」

 ……自分の声に目を覚ますと、そこはシズ・カグナ離宮の寝室だった。
「全く……」
 むくっ、と起きあがると、前髪をかきあげながら上掛けを押しやる。

 懐かしい夢だったが……あの時、もしオレの寝室から出てくるコーメをカザムが目撃でもしていたらどうなっていたかな、などど、少々意地の悪いことを考える。いや、コーメがあの調子で「カザムさんお帰りなさい!」とか言って、何もないのがバレバレか。
 苦笑しながらサイドテーブルに手を伸ばして――

 ――寝室から私室に移動し、さらに廊下に出ると、ちょうど向こうから小走りにやってくる人物と出くわした。
「あ、ラズト先生、おはようございます!」
 乳母の服装のコーメは、離宮ではオレを「ラズト先生」と呼ぶことがある。もちろん、オレがオージ――王子殿下の家庭教師を務めているからだ。オージはたまにオレの私室で講義を受けることがあるが、コーメが一人でここに来るのは珍しい。
 そのコーメは、レースのボンネットをつけた頭を軽く傾けてオレを見た。
「あれっ、今日は眼鏡は?」
「見当たらなくてな」
 オレはむっつりと言う。
 嘘じゃない、本当に、また見当たらないのだ。決してコーメを寝室に引き込む方便ではない。
「またですかー」
 別荘でのことを覚えていたらしいコーメは、そう言って笑ってからチラリとオレの部屋の扉を見た。
「ええと……探しましょうか、私」
 コーメは、少し、ためらう様子を見せている。

 お? 別荘にいた頃よりは、オレを意識している……?

「うん、悪いが頼む」
 オレは扉を開けると、脇によけてコーメが入れるようにした。コーメは視線を泳がせ、自分が来た方を振り返る。誰かに見られることを警戒しているのか。
 こんな様子を見せられると、ますます引っ張り込みたくなる。
 オレが彼女に手を伸ばしたとき――

「コウメ、みーつけた!!」

 元気な声がした。
 たたっ、と廊下を小走りに走ってくるのは、オージだ。
「ああー、見つかっちゃったー」
 飛びついてくるオージを受け止めながら、コーメは笑顔で言う。どうやらかくれんぼをしていたらしい。何だ、それでコーメは廊下を気にしていたのか。「鬼」が追いかけてくるから。
 コーメは口調を変えた。
「ねえオージ様、ちょっと競争しましょ」
「きょうそう?」
「ラズト先生が眼鏡をなくしてしまったんですって。お部屋の中から、小梅とどっちが早く探し出せるか競争!」
「やる!」
 即答するオージ。
「行くよ、よーいドン!」
 コーメがパンと手を叩き、二人は楽しそうにオレの部屋に駆け込んでいった。

 ……まあ、こういうのもいいか。いいけど。うん。

 ちっとも色っぽくならない私生活に哀愁を感じながら、オレは扉の枠によりかかって、その時を待つ。

 眼鏡が発見され、そしてオレにとって大切な二人の笑顔が視界に明瞭に現れる、その時を。


【視界明瞭 おわり】
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