女神なんかじゃない

月野さと

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69話 ブリテンのラタ族2

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 アーサーは、魔法省に来ていた。

「話は分かった。気持ちは変わらないのか?レオン。」
 レオンは、まっすぐにアーサーを見る。
「はい。」

 後ろに控えていたウィルが、声を出す。
「ま、待ってください!恐れながら、発言をお許しください!」
 何があっても、意見などした事の無いウィルが、たまらずに言った。
「レオン団長は、今まで陛下の治世の為に長く尽力された方です!レオン団長無しに、この国はありませんでした!そんな、この国を出るなんて!!」
 レオンは、ウィルを見て、少し微笑んだ。
「ありがとう、ウィル。私は本当に陛下に感謝している。この命が尽きるまで、陛下をお守りしたいと思う。陛下の治めるこの国を長く守る為にも、今、私がするべきことは、トルネ山の麓、ブリテンにある。」

 その言葉を聞いて、アーサーがため息をつく。
「ブリテンは、ガルーダ王国が魔獣回避の為に土地を手放したことにより、土地を失った民族が集まって、ジプシーが移り住んだと聞く。実際のところは、無法地帯だ。どの国にも属していないから、調査も出来ていないが。」
 ウィルが再び言う。
「そんなところへ、何故レオン団長が行くんですか!」

「魔獣がいるからだ。」
 レオン団長は、さらりと答える。
「我が国に入って来れなくなった魔獣たちは、今、ブリテンにいる人間を襲っている。行き場の無くなった民族たちが、やっと見つけた土地で、彼らは魔獣と戦っているだろう。」
 その少数民族を、助けたいというのが1つ。魔獣との闘い、それはこの国もずっと抱えてきた問題だ。ただ、これは善意や正義の為だけではない。
 レオンは、息を吐いてから続ける。
「最近では、彼らはガルーダやウォステリアの国境で紛争を起こしている。まだ小さい火種だが、今のうちに火種は消しておいた方がいい。」

 アーサーは、腕を組んで、背もたれに背中を預ける。
「魔法省が、その対策をするという名目ではダメなのか?」
 レオンは、それは芳しくないと、アーサーが解っている上で言っているのだと理解する。
「もともと、ガルーダ王国の土地だったものを、ウォステリアが自由に動くのは、国際的に問題が生じます。」
 解っている上で、アーサーは、それでも行くなと言っているのだ。

 頭を抱えて、アーサーが言う。
「おまえ1人で、何かできるわけでもあるまい。」
 レオンは首を振る。
「今のうちに、ブリテンに投石は必要です。この女神の結界も、どれほど持続するかも分からない。」
 誰もが、目をつぶって考えないようにしていたことを、レオンは言った。
「この先、魔獣と戦える魔術師が減って行くと、結界が消えた時、甚大な被害が出るでしょう。魔獣との闘いは終わっていないのです。今のうちに出来る事を、模索しておきたいのです。」

 いつも、殆ど笑いもしないレオンが微笑む。
「この国で、私が出来ることは、もう殆どありません。サミュエルが立派に魔法省を引っ張るでしょう。」
 アーサーも、ウィルも思った。 
 サミュエルには、いつも悪態ついておきながら、本当の所、レオンはサミュエルを信頼していて、頼りにしている。だからこその、シゴキなのだろうが・・・。

「エブリン様は、さぞ悲しまれるでしょうね。」
 ウィルの一言に、レオンは視線を落とす。そして言った。
「あの方が、この話を聞きつけないように、本日は陛下に魔法省へ来ていただいたのです。陛下にはご足労頂き、申し訳ありません。」
 レオンが、そう言うと、アーサーとウィルが、「あ~・・・。」と狼狽える。
「?」
 次の瞬間、バターン!と扉が開く。
 扉の前には、エブリンが居た。

 ポカンとするレオン団長の所まで、ツカツカと歩いて来る。
「陛下!もう、お話は終わりまして?わたくし、レオン様とお話がございますの!」 
 レオンの横まで歩いて行くと、レオンを上から見下ろして言う。
「わたくし、隣の部屋でお待ちしておりましたの!だって、レオン様が魔法省を去られると伺いまして、もうじっとはしていられません!私に断りも無く、挨拶も無く、行かれるというの?!わたくしの気持ちを知っておきながら!わたくしは・・・!!」
 そこで、ハラハラとエブリンが涙をこぼし始めた。 

 レオンは立ち上がって、狼狽えた。
「ハントリー公爵令嬢・・・。」
 エブリンはキッとレオンを睨む。
「エブリン!・・・エブリンと!子供の頃は、そう呼んで下さったではないですか!!」


 アーサーは、そっと立ち上がると、部屋を出て行こうとした。ウィルもそれに習って静かに歩く。
 扉の前まで行くと、レオンが言った。
「陛下!!困ります!彼女を連れて帰ってください!」
「・・・。」
 アーサーは、振替って、少し考えてから言った。
「レオン。エブリンの、お前への気持ちは本気だ。最後くらい、逃げずに話し合うといい。」
 じゃぁな、と、部屋を出る。
 アーサーは、そのまま城に戻って行った。



 エブリンは、泣きながらレオンにしがみついた。
「ハントリーこ・・・」
「エブリンです!!」
「しかし・・。」
「エブリンです!!」
「・・・・エブリン様。申し訳ありません。」
 エブリンは泣きながら顔を上げて、抗議する。
「何故、謝るのです!悪いと思うなら、どこへも行かないでくださいまし!」

 レオンは首を振る。
「エブリン様。私の命は、義父と陛下に捧げたものです。どなたとも添い遂げることはありません。」
 エブリンの目から、噴き出すように涙が溢れた。
「わたくし・・・それでは、わたくしは、レオン様にこの命を捧げます!」
 とんでもない事を言い出すので、レオンは本当に戸惑った。
 彼女は、続けて言う。
「勝手に、あなたに付いて行きます!あなたが私を突き放しても!」
 本当についてきそうな予感に、レオンは困る。
 ガシッとエブリンの肩を掴んで、体を突き放す。そして、目を見て言った。
「エブリン様。私の行く場所は、今までもこれからも同じ。常に最前線で危険なのです。いつ死ぬか分からない男の傍になど、あなたは居てはいけない。」

 レオンは、エブリンを説得できるか不安だった。
 いつも気高くて、年下なのに気が強くて、強がりなエブリンが、ボロボロになって泣く姿に、レオンは耐えられなくなってきていた。

 震える肩が、震える手が、レオンの胸を掴んで、揺さぶる。

「いいわ!レオン様、あなたの好きになさればいいわ!でも、でもっ!」
 叫ぶように言ったかと思うと、今度は震える声で言う。
「わたくしは、今までも・・・これからも、ずっと、ずっと!!あなたを待ちます!あなたの邪魔をしたくないから、待つわ!あなたが、どこへ行こうとも、何があっても、あなたを愛しているし、あなたを、ずっと・・・ずっと。ずっと・・・。」


「・・・っ!」
 レオンは、エブリンを強く抱きしめた。
 もう、感情を押し殺しきれなかった。

 義父に引き取られた時から、自分の後を追いかけてきた女の子。
 まっすぐな瞳で、賢くて、弱さと優しさを隠すように強くなっていった女の子。
 子供のころから、ずっと変わらずに自分を慕ってくれる。

「エブリン・・・。」

 言いかけた、 
 その時だった。

 レオンの胸にある、魔石が赤く点滅した。
 それは、不測の事態を知らせるものだった。




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