女神なんかじゃない

月野さと

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56話 戸惑い

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「かーさま!かーさまを返せ!」

 先に目を覚ましたルカが暴れるので、サミュエルは困惑した。

「君のお母様は、今、治療中なんですよ~。ほらほら落ち着いて~!お母様の居るところに連れて行きますからね~!はい、飴ちゃんあげる。」
 空中から、飴を取り出す。
「!!?なにこれ?どーやったの?おにーちゃん、もう一回!」

 ウィルがやってきて、フフフと笑った。
「もうお手上げ。おいウィル、子供好きなら変わってくれ。」
 グッタリ気味のサミュエルが嘆く。
「飲み物をお持ちしたんですよ。陛下の子供の頃にそっくりで、可愛いですね。」
 グラスに入った冷たい飲み物を見て、ルカが静かになる。
「どうぞ。」とウィルに手渡されて、ゴキュゴキュと一気に飲むと、ルカは言った。

「かーさまはどこ!?」
 


 サラの私室に入ると、ルカはベッドに駆け寄る。
 ベッド脇に居るアーサーを横目に、よじ登るようにして、ベッドの上に上がっていく。

「かーさま!かーさま!起きて!かーさま!」

 その様子を、ゴードンは眺めていた。
「ベッドから降りなさい。あなたの母上は怪我人ですよ。それと、かーさま、ではありません!母上と言いなさい!」

 ルカは、ゴードンをじっと見る。
「かーさまは、かーさまだ!!」

 言い返されて、ゴードンは青筋を立てる。ボソリと「教育のし甲斐がありそうですね・・・」と呟く。

 あまりの騒ぎのせいか、サラが目を覚ました。
 瞬間にルカが、サラの枕元まで飛んでいく。

「かーさま!!」
「・・・・ルカ。」

 アーサーが、そっと近づいて声をかける。
「名は、ルカと言うのか?」
 サラは上半身を起こして、ルカを近くに引き寄せる。
「あの、助けて頂いて、ありがとうございました。」
 丁寧にお辞儀をする。

 アーサーは、サラの手に、自らの手を乗せる。
「何も、覚えていないのか?」

 そう言われて、顔を上げて、じっ、と見つめてみる。
 流れるような金髪に、水色の目。整い過ぎている綺麗な顔。見たことも無い綺麗な男性に、ドキドキしてしまう。・・・でも、私の記憶の中に、この人は居ない。

「あの・・・あなたは、私を知っているのでしょうか?」
 全く知らない人。そういう顔をされて、他人という素振りに、アーサーの心は抉られた。
 サラの頬に手を伸ばす。
「本当に、何も・・・何も覚えていないんだな。」
 確信と絶望の表情に、戸惑い、申し訳なさを感じてしまう。
「ご・・・ごめんなさい。あの、でも、貴女方は、本当に私を知っているのですか?」
 一応、確認しておこうと思った。他人の空似などではないのか?こんな高貴そうな人の、知り合いだったとは、どうしても思えなかった。

 その時、傍にいたテルマが「ううっ」と泣き出した。
 それを見て思う。
 きっと、私はこの人を知っているハズなのだろう。何も思い出せなくて、申し訳ないと思った。

「あの・・・私は、誰なのでしょうか?私は、3年前、海辺で倒れていたそうなんです。街のみんなが、私に住む家と働く場所をくれて、でも、すぐにおなかが大きくなって。」

 アーサーは、話を聞きながら、傍に居るルカを見る。
「この子を産んでからは、街のみんなの助けを借りて、必死で子育てしてたので、何も考えてこなかった。だけど・・・」
 ルカが魔法を使いだしたこと。コントロールできないこと。なんとかしようとして、ここまで来た事。何度も人買いに合った事を話した。

「私の記憶は、これが全てです。」

 そう言われて、アーサーは、眉間に皺を寄せて、目を伏せる。

 レオンが、一歩前に出る。
「記憶を無くされる前、あなたの本当の名前は、サラ様と言います。」
「サラ?」
「はい。この城で生活をされていました。今ここにいる者は全て、あなたをよく知る者達です。」
「・・・サラ・・・私の名前。・・・え?私、ここで生活してたんですか?」

 全員が頷く。

「うーん。いまいちピンときません。」

 サラは、チラリとアーサーを見る。
 アーサーの真っすぐな視線に、怯えるように目をそらす。
 そして、気まずそうに、恐る恐る聞いてみる。
「あの、あなたはもしかして、ルカの・・・。」

 ゴードンが、ズバッと言い放つ。
「この方は、ウォステリア国のアーサー王です。ルカ様は、最初のお子様ですから、第1王子となります。」

「!!」
 ビックリしすぎて、声も出なかった。

 ルカが「え?」と、急に恥ずかしそうにアーサーを見る。
 そして、もじもじしながら、母の影から聞く。
「あの、あの!僕のとーさま?」
 アーサーは、ルカを真っ直ぐに見つめた。

「そうだ。ルカ。」

 自分と同じ色の瞳で、まっすぐな眼差しを向けられ、ルカは興奮した。
「!!!本当に?本当に僕のとーさま?とーさま!!!」
 アーサーに抱きつくルカに、サラは戸惑う。
 しっかりと抱き合う2人は、髪の色も瞳の色も全く一緒だった。どっから見ても、親子に見えた。
「とーさま!とーさま!これからは、ずっと一緒にいてくれる?一緒にいられるの?」
 アーサーは、ルカの頭を撫でる。
「あぁ。これからは一緒に暮らそう。」
「やったぁーーーー!!」
 ルカの大はしゃぎに、部屋中の空気が和む。
「僕の!僕の、とーさま!」
 ルカはアーサーにしがみついて、甘えた。

 しかし、サラは戸惑っていた。
 急に、色々言われても追いつかない。

 ルカが王子様?王様の子供??
 眼の前にいる、この美しくて高貴な人の子供?
 私は、どうすれば・・・。

「サラ様、大丈夫ですか?」
 サラの様子を見て、テルマが声をかける。
「あ・・・ごめんなさい。私、どうしたらいいのか・・・解らなくって。」

 アーサーは、サラに手を伸ばす。
「サラ。何もしなくていい。ここに居てくれれば、それでいい。」

 戸惑うサラを、アーサーはルカごと抱きしめる。

 その瞬間、ふわりと、どこか懐かしい香りがした。
 爽やかで、ほのかに甘い香り。こんなに高級そうな香水、嗅いだことなんて無いはずなのに。

「と・・とーさま苦しいよぉ。」
 ルカが窮屈そうに言うけれど、アーサーは、2人をしっかりと抱きしめて、目を閉じた。
「会いたかったんだ、ルカ。もう少しこのままでいさせてくれ。」



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