女神なんかじゃない

月野さと

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43話 マルグレーテ

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 これは夢?

 苦しい。苦しい。苦しい。
 不安。辛い。不安。
 息が出来ないほどに。
 夢ならば、これが夢ならいいのに。

 誰?これは誰の声?

「マルグレーテ!」
 そう呼ばれて、立ち止まった女性。

 長く煌めく金髪。深い深い青い目を持つ女性。
 神々しく凛としていて、美しい女性。
 彼女は振り向かずに、言った。

「わたくしは、ウォステリアへ参ります!」
「ダメだ!そんなことはさせない。」
 アイスブルーの眼をした、若い騎士が彼女の腕を掴む。
「逃げよう!何もかもから。私は、君さえいれば何も要らない。」

 嬉しい。苦しい。辛い。

 あぁ、これは、この感情は、この女性の感情だ。
 サラの中に流れ込んでくる。彼女の感情。
 
 マルグレーテ様は、振り返らなかった。

「わたくしは、逃げません。王族として、この国を守るために、敵国へ行きます。」
「・・・マルグレーテ!」

 もう、2度と会えない。愛した人と、2度と会えない。
 それでも!愛する人と、愛する人の家族、自分自身を慕ってくれた人たちを守れるなら。
 国民を守る。それが自分の義務。
 これは運命なのだ。

 サラの眼から、涙がこぼれる。

 ・・・・運命?

 それが、マルグレーテ様の考え?
 これが、王族の覚悟?
 自分の事を犠牲にしても、下の人間を守る。それが上に立つ人の覚悟。義務。
 解らない。解りたくない!
 自分の大事な人も、家族も、自分自身も、周囲の人も、下の人間も、みんな幸せになれない?そんな方法は無い?


 周囲の景色が変わる。

 赤ちゃんを抱き上げて、その目の色を見て、破顔する。
「愛しい。世界で1番好きな色だわ。」
 柔らかな気持ちが、流れ込んで来る。

 小さいアーサーは、どんどん大きくなっていく。

「母上。私が母上を守ります!」
 真っ直ぐで純粋な、澄んだ美しいブルー。

 解る。
 時々、愛する人を思い出してる。
 アーサーを見て、幸せを感じているのに、時々、少しだけだけど、寂しさを感じている。

 遥か彼方、遠い過去に目をやって、会いたいと叫びだしそうになる。
 それを、ぐっと耐える。

 義務と責任を果たして、絶望の中でも、たった1つだけ、許された奇跡のような存在。
 何もかもを飲み込んで、逃げ出しもせずに、アーサーを愛して守っている。

 強くて美しくて、気高い人。
 これが、母親なのか。
 母親になると、人はみんな、こんなに強くなるのかな?


 ・・・あれ? 

 突然、目の前が真っ暗になって、重い空気が流れてくる。

 苦しい。苦しい。辛い。
 死ぬわけにはいかない。死ねない!

 小さいアーサーが泣いている。
 ガクガクと震える手を、小さなアーサーが握りしめる。
「母上・・・母上!死なないで!母上!」
「・・・アーサー。」
 この子を置いて、死ねない。
 子供を置いて死ぬなど、この国で、この子を1人になんて、出来ない。

 でも・・・ダメよ。もう、体が持たない。だけど、死ねない!!
 神よ!大地の神、創世の神、我が願いを聞き届けよ!
 マルグレーテ様の指にある、女神の指輪が光り始める。

 母なる神、女神よ。
 最初で最後の、我が願いを聞き届けよ!!
 彼女は、全ての魔力を、指輪の中に閉じ込める。

 指輪よ、神よ、アーサーを守るのだ。
 この命が尽きようと、この子を守り続けよ!

「アーサー・・・ごめんね・・。」

「母上!!」

 

 白竜の声が響いてくる。
『指輪の力は、呪いだ。母親の執念。子供を守ろうとする、強すぎる思いが生んだ。』
 ふと隣を見ると、白竜が居た。
「じゃぁ、私をココに呼び寄せたのは、指輪の力?」
『そうだ。魔術師の術と共鳴して異常な力を生んだ。』
「私は、神の意にそわない、存在なんだね。」

 死してなお、子供を守ろうとする母親の執念。

 神様よりも、強いのかもしれない。





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