女神なんかじゃない

月野さと

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6話 初めてのキス

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 サラは、お風呂に入れられて、髪の毛を結いあげられ、ヒラヒラした服を着させられる。

 女性が色々と手伝ってくれるわけだけど、女同士とはいえ、すっごい恥ずかしい。服を他人に着させられるって、なんか緊張する。だけど 自分で着れそうにない服だ。

 
 仕方がないので、ボーと考え事をしてみる。

 これ、また夢なのではないか?

 ・・・いやいや、今回ばかりは、そんな感じじゃない。
 お母さんと話の途中だった。現実の世界ではどうなっているのだろう?
 それに、アーサーは今までと全然違う表情と雰囲気だった。触った感じも、匂いも・・・。そして、この景色も。夢には思えない。

 考え事をしながら、部屋のドアを開ける。
「女神様、どちらへ?」
 女神様と言われて、一瞬、誰の事かと思う。
「へ?あ~、アーサーの所に行こうかなって。」
 笑顔をつくって、さっさと歩き出す。
「お待ちくださいませ。それでは殿下にお知らせしてから・・・あ!お待ちくださいませ!」
 スタスタと歩きだす私に、必死でついてくる侍女さんたち。
「あの、女神様っていうのやめてもらっていいですか?」
「え?!ですが、しかし・・・。」
 ピタリと、立ち止まって振り返り、丁寧に45度のお辞儀をする。The日本人!
「サラと申します。お世話になります。よろしくお願いします。」
 頭を下げられて、侍女たちは慌てる。
「めっそうもございません!そのような!・・・あ!お待ちくださいませ!」
 さっき、アーサーが消えていった階段へ上がっていく。

 すると急に、この宮の入り口が騒がしいことに気が付いた。
 そこには、ゴードンとアドルフ皇太子が来ていた。

「皇太子殿下!こんな強引に!」
「私は皇太子だ!今、まだ私の権限の方が上だ!女神に会わせろ!」

 周囲の兵士たちは止めに入るものの、皇太子へ剣を向けることもできず、かなり強引な皇太子一行に、たじろんでいた。
 すると、アドルフ皇太子とサラの目が合う。

「女神よ!」
 ビクッと体がこわばって、紗良は後ずさりする。
 一気にサラの近くまで駈け寄ってきて、両腕を掴まれ声も出ない。触れられた感触に、ゾワリと鳥肌が立つ。
「何故!何故、私ではないのです?!兄上をお選びですか?王には兄上を指名されるのか?」

 騒ぎに気が付いたウィルが、走ってくる。
「皇太子殿下!何事ですか!女神様から離れて下さい!」
 ウィルがサラの腕を掴もうとした瞬間、皇太子が剣を抜いた。そのまま左手で、サラの手首を握る。
「女神は私のものだ!」
 ウィルに剣を向け、サラの手首を後ろにして持ったまま後退する。


 ・・・い、痛い!


「アドルフ!!何をしている!!!」
 アーサーの声が響く。

「兄上。女神は私が頂きます!」
 そう言うと、キスをされそうになる。瞬間に、顔をのけ反らせて口をそらすと、皇太子にガブっと噛みつかれ、下唇から血が出る。

「やめろ!!」
 アーサーは一瞬で剣を抜いて、皇太子に切りかかっていた。その素早さに、サラは何が起こったのか分からなかった。
 皇太子の腕をかすめた所で、ウィルが動いた。
「殿下!皇太子を殺す気ですか!!!」
 アーサーの背中から手を伸ばして、抑え込もうとする。その一瞬で、ゴードンが間に入る!
「殿下!!落ち着いてください!皇太子を切ってはなりません!」

 危うく殺されそうになった皇太子は、冷静を取り戻そうとする。
「そうだ!兄上!皇太子暗殺ですか!?」
 挑発するように言いながら、サラの首を掴む。
「女神の、意思など関係ない!聖女も女神も!国王への献上物にすぎない!」
 大きな男性の手で、首を絞められ声が出ない。
 苦しい!!
 
 

 ドス!!!!

 鈍い音が響く。


 全員、何が起こったのか・・・止まる。
 サラの渾身の蹴りが、股間に命中して、アドルフが倒れる。

 そのまま、サラも倒れこむ。
「ゲホガホ、ゲホ・・・!!」
 く、苦しかった~!


 ウィルとゴードンは、ポカンとする。

「大丈夫か?」
 と、駆け寄るアーサーは、サラを支えて、アドルフが悶絶している姿を見やる。
「・・・おまえ、、、ぷっ」
 アーサーは笑いだした。
 笑うなんて酷い!と怒ろうとしたら、抱きしめられた。優しく、大きな手が頭を撫でる。

「皇太子をつまみだせ。私が責任をとる。」
 低い声で兵士たちに伝えると、さっさとアーサーの宮から追い出されていった。

 その姿を見送っていると、アーサーが侍女に指示した。
「女神様、傷の手当をいたしますので、こちらへ」
 と、連れていかれそうになって、私はアーサーにしがみついて離さない。

「サラ、部屋に戻って、ゆっくりお休み。」
「嫌!」
 急に、体が小刻みに震え始める。
「・・・もう大丈夫だから。」
 なだめるように言われてもダメ。こんな知らない場所で、知らない人ばかりで、1人でなんかいられない。
「嫌なの!お願いだから、傍にいてよ!」
 アーサーの首にすがりついたまま、子供のようにだだをこねた。

 ゴードンは、手でシッシと人払いをする。
 静かに、メイドたちが下がっていく気配がした。

「それでは、今夜は、お2人でお休みくださいませ。」
 ゴードンが、丁寧に頭を下げる。
「なに?おい、ゴードン」
「また明日、参ります。それでは。」
 そう言い残すと、さっさと去って行ってしまった。

 全員が2人を置いて、立ち去って行く。
 アーサーは少しため息をついて、サラを連れて歩き出す。

 サラの為に、用意させた部屋に入る。
「ここは、おまえの部屋だ。自由に使っていい。今日は疲れただろう?ゆっくり休んで、明日また話をしよう。」
 部屋の中を見ると、メイドたちが用意したのであろう、温かいお茶や軽食も用意されていた。
 カツカツと、アーサーが歩き出す音が響く。部屋を、出て行こうとするアーサーに気が付いて、慌てて引き止める。
「ま、待って!行っちゃうの?一緒にいてよ!」
 もう少しだけ。もう少しだけで良いから!アーサーの腕を掴んで、引っ張った。

 顔をあげると、アーサーもサラを見つめる。
「大丈夫だ。もう、この部屋には誰も入れない。危害を加える者から、必ず守ってやるから。」
 そう言って、優しく頭を撫でられる。

 優しくて冷たい大きな手。
 
 風が吹いているのか、窓がカタカタと鳴った。

 何を言ったらいいのか分からず、アーサーを見つめる。
 アーサーは、何も言わずにサラの手を引いて、ソファーに座らせる。沈黙したまま、お茶を入れてくれて、それを飲む。

 暫くしてからアーサーが言った。 
「おまえは、本当に、存在するのだな。」

「・・・私も、信じられないよ。アーサーが、本当に居るなんて。ずっと夢だと思ってた。」
 食い入るように、アーサーを見てしまう。

「アーサーの世界に、来ちゃったってことなんだよね?」
「・・・そうだ。」
 そう言われて、ギュッと自分の手を握りしめる。

「女神ってなに?私はそんなんじゃないよ?」
「わかっている。」
 ・・・分かってる?
「わかってない!こんなのウソでしょ?こんな場所知らない!現実なわけない!夢じゃ無いならなんなのよ!」
 急に、涙があふれてくる。
「もう、わけわかんないよ!」
 ふえ~んと、なさけなく泣き出す。ついでに、鼻水まで出てくる。
「サラ・・・・帰る方法を探し出そう。」
 そう言われて、母親と言い合いに、なりかけていた事を思い出す。
「・・・うぅ・・・帰る・・・帰る場所なんて無いぃ。」
 泣きながらそう答えると、アーサーは困った顔をした。
「母親と、喧嘩でもしたのか?」
 そう言って、優しく頭を撫でてくれる。完全に子供扱いだ。でも、この人に触れられるのは、嫌じゃない。

 後から思えば、こうして母親との関係を聞かれたり心配されたり、聞いてくれる人なんて今まで誰もいなかったのだと思う。父親がいれば、母との関係もこうではなかったのだろう。気を遣わずに、お互いに言いたいことを言い合える、親子関係を築けていたのかもしれない。

 私は、ただ、傍に居てくれる、ただ、話を聞いてくれる。ただ抱きしめてくれる。そんな存在が欲しかったんだと思う。
 この時の私は、その事にも気が付かなくて、アーサーの行動に、ただ甘えてしまう。

「あたしの・・・ファーストキス・・・ふぇっ、まだ誰とも、キスしたこと無かったのに~。うぅ・・・。男の人にっ、噛みつかれた~。」
 しゃくりあげながら、だらしなく泣く。
「酷すぎる。ふえ~ん。女神じゃなくて、乙女の純情~ぉ~。」

 
 ギュッと抱きしめながら、アーサーがクスクス笑いだす。
「あんなのはキスではない。野良犬に噛まれただけだ。」
 忘れてしまえと励ましながら、何度も何度も頭を撫でてくれた。


 顔を上げて、アーサーの顔を覗き込む。アイスブルーの目の中に、少しだけ濃い青があって、吸い込まれるように見つめてしまう。

 そのまま、優しくキスをされた。少し触れるだけのキス。

「・・・。」

 少しの間があって、もう1度キスをする。


 唇が離れて、ゆっくりと目を開けると、アーサーの目が少し驚いたように開かれていて、私はその宝石のような瞳に吸い込まれるような気がした。

 アーサーは、サラの唇に触れて、ゆっくりと指で撫でた。そうされて、反射的に口を少し開けると、もう1度キスをされて、今度は舌が入ってくる。

 慌てて体を引いたら、バランスを崩して、キスをしたままソファーに倒れこんだ。
 血がにじんでいた下唇をなめられて、少しチクリとした。ふわりと香る、爽やかでほのかに甘いアーサーの匂いが、たまらなく好きだと思った。その匂いに誘われるようにアーサーに抱きついた。

 もしかすると、この時の私は、現実とは実感できず、夢のような気持ちだったのかもしれない。


 そのくらい、ふわふわとした夜だった。



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