影の刺客と偽りの花嫁

月野さと

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アーデルバート侯爵家

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 レイン伯爵家からは、王都まで長旅だった。
 護衛を付け、元来の名家である伯爵家の威厳を取り戻すためにも、準備は充分にして行った。

 招待したアーデルバート侯爵家から、好意で夜会の前日から館に宿泊するようにと誘われていた。
 このことも、社交界では話題になっていて、「そもそも、レイン伯爵家は名門だ」とか「月光ローズの妖精に、侯爵が興味をお持ちなのだろう」という噂が流れていた。
 
 兄のミゲルが言う。
「フィオナ。もしも、噂通り侯爵様から話があっても、断る方向で…いいんだな?」
「はい。お兄様…でも、それは無いのでは?」
「なぜ、そう言い切れる?侯爵様は、屋敷へ招いてくださっている。我が伯爵家との交流を深める理由もあるかもしれないが、もっと、親密な関係を望んでおられるのかも。」
 うーーん、そうかなぁ?
 侯爵様は、26歳だと聞いている。オシドリ夫婦だったそうだが半年前に病気で亡くなっていて、1年は喪に服すらしいとの噂だ。まぁ、しかし、今回の夜会で、婚約者探しをなさるかもしれないが、これほどの大物を他の貴族令嬢が放っておかないだろう。
 新参者の私は、夜会会場の端っこで、ひっそりと、エヴァンだけを待っていようと思う。侯爵様に媚びを売るつもりも無い。普通に礼儀正しくするつもりでいる。

 目立つことの無いように。と、そう心に決めて、兄と私は王都入りした。
 アーデルバート侯爵家に着くと、侯爵自らが出迎えてくれた。
「遠路遥々、よくお越しくださいました。お疲れでしょう?この館を我が家だと思って、ゆっくり、おくつろぎください。」
 侯爵様は、落ち着いた感じで、しっかりした物言いをする方だった。そして、兄のミゲルに気さくに話しかけてくれる感じだ。その様子を見て、少しホッとする。
 これだけの地位をお持ちの方が、兄の味方になってくれれば、我が家も安泰だ。
 そう思った瞬間だった。階段の上から声がした。
「あら?妖精だなんて聞いていたけれど、ただのオバサンじゃない。」
 顔を上げると、16歳位?可愛いドレスを着た女性が、こちらを見ていた。その出で立ちに、侯爵の妹さんであると認識する。
 私は、彼女に深々とお辞儀をした。
「はじめまして。フィオナ・レインと申します。本日はお招き頂き、ありがとうございます。」
 令嬢は、フン!と言って、蔑むように腕を組んで見下ろされる。そこへ、侯爵が言った。
「ローザ!お客様に挨拶をしなさい」
「‥‥ローザ・アーデルバートですわ。以後お見知りおきを。」
 彼女は、言い捨てるように挨拶をすると、上に上がって行ってしまった。小さい声で「なんで、この私が、没落貴族風情に!」と聞こえたけれど、やはり聞こえなかったフリをする。
 まぁ、超一流のお嬢様だ。当然の反応だろう。
「妹が、失礼を。どうも教育を間違えてしまったようで…」
「お気になさらないで下さい。むしろ当然の反応ですよ。覚悟の上です。」
 侯爵の言葉に、兄が返すと、2人は仕事の話をしようと言って、シガールームに行ってしまった。

 私は、滞在する部屋に案内された。
  
 部屋に1人になったのを確認すると、エヴァンから貰った、通信装置付きの指輪に魔力を込める。すると、ポワッと光りが現れ、エヴァンの姿が映し出された。
 右手にペンを持っている様子なので、執務室で仕事中だったのだろう。
「エヴァン。侯爵家に着いたわ。っていうか、お仕事中だった?」
「いや、いい。滞在先についたら、すぐに連絡するように言ったのは私だ。無事に着いたなら良かった。」
「うん。じゃぁ、お仕事頑張って。」
 もう少し話をしたかったけれど、仕事の邪魔をしたくない。
「フィオナ」
「なに?」
「…もうすぐ、会えるな」
「そうだね。すごく嬉しい」
「夜会が終わったら、すぐに婚約を申し込む。そうしたら、すぐ来い。」
「ふふっ、わかった。すぐに行く。」
 はにかんで笑うと、エヴァンも微笑んだ。

 今の私は、何も怖くない。
 リヴェリアの貴族達に集団で冷たい視線を向けられても。皮肉を言われたって、全然平気だ。
 お兄様は、商才があるし、コミュニケーション能力も高めで人当たりが良い。きっと、好意を持ってくれる貴族は少なからずいるだろうし。レイン伯爵家は安泰だ。心配する要素なんて、何も無いもの。
 待ちに待った日が、もうすぐそこだった。
 
 嬉しさのあまり、ずっと笑顔が溢れ出てしまっている。
 荷物の整理も終えて、晩餐まで時間があったので、お庭を散策する。
 そこで出会った、庭師と楽しく会話をし、少し元気の無かった植物には、魔法で活力を与え、実をつけなくなったという梨の木には、花を咲かせて見せた。
「ありがとうございます!フィオナ様。」
 使用人たちが、あまりに嬉しそうにするので、調子に乗って、壊れた道具も魔法で直した。
 すると、侯爵家の使用人たちは、廊下ですれ違ってもフィオナに笑顔で話しかけるようになった。 

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