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再会
しおりを挟む部屋に入るなり、扉にエヴァンを押し付けて、顔をうずめる。
家の使用人でさえも、正体を明かすわけにはいなかったが、部屋に2人きりになり、エヴァンはフードを外した。そして、そうっとフィオナの頭を撫でる。
「どうした?フィオナ。」
顔を押し付けて、彼の服で涙を拭く。喉が詰まって、声が出せなかった。
「何があった?」
優しい声に、からだの力が抜けているのがわかる。
顔を上げれば、美しく、曇りのない、真っ直ぐな瞳に射抜かれる。
彼の前では、嘘もつけないし、悪い事も出来ない。そう思わせるような力が、その瞳にはある。
そんな、気高く尊い人を目の前に。私は、神の前に、懺悔するかのように言った。
「ごめんなさい…」
エヴァンは、目を細め、少しだけ頭を傾ける。
「ごめんなさい…!私、あなたに…あなたの、傍にいたかったの!」
彼の顔が、まっすぐには見られなかった。彼の服を握りしめ、額を胸に当てる。
「ちゃんと、令嬢らしくして、あなたに相応しい女性になって…会いに行きたかった!」
そのつもりだったのに。本当に、そのつもりだったのに。
「私……どうしても…!どうしても、許せなくて…!」
ぎゅうっと、エヴァンはフィオナを抱きしめる。
「そうか」
私の背中を、あやすように撫でて、彼は言った。
「そうか。傍にいてやれなくて、すまなかった。」
顔を上げると、エヴァンは綺麗な顔で笑っていた。
「おまえは、私が傍にいないと、悪い事をする。だから、傍に居ろ。」
その温かい両手で、私の顔を包んで、大丈夫だと言うように彼は笑った。
「私が止めてやるから。傍に居ろ。」
コクンと、頷くと、エヴァンは安心したように笑った。
傍に、いたい。
ずっと、そばに置いて欲しい。この辛くて苦しい世の中で、埋もれて沈んで、窒息死しないように。光を、見失わないように。
エヴァンは、私をしっかりと抱きしめてから、ヒョイっと横抱きにすると、ベッドまで運ばれた。
私を押し倒して、エヴァンの体から魔力が一瞬溢れだしたかと思うと、キスをして、その魔力を私に注ぎ込んできた。
「……!!」
その温かさ。その光のような強い力が、私の心の奥。渦巻くような恨みが、追い出されるかのような感覚。
「あっ……ヤだ…!」
慌てる私を、エヴァンはベッドに押し付けたままで、口から光のような魔力を注ぎ込んでくる。必死でもがいて、唇を離す!
「ダメ!やめて!!憎しみも恨みも無くなったらっ!呪いが解けちゃう!!」
「それでいい!それでいいんだ。フィオナ!」
「嫌…!嫌だ!!離してっ!」
無念のまま、この世を去った家族の想いは、どうなるの?許せない!許したくない!
「あなたには…あなたには分からないんだ!」
この憎しみを消してしまったら、姉の苦しみも何もかもが消えてしまいそうに思えた。屈辱的な想いも、辛さも、その想いも無かったことになってしまうなんて、それは出来ない!誰かの為に苦しんだ、その想いを忘れたくない。消したくない。
「あなたには、解らない!どんなに苦しかったか、どんなに生きるのが辛かったか!私が、私だって…ずっと、ずっと…!」
エヴァンは、構わずに私に深く口づける。光のような強い魔力が、流れ込んで来る。そのせいで、心の奥深くに、眠っていた私の弱い部分が、そっと顔を出す。
記憶から消していた、あの記憶。
「怖かった…!毎晩、あいつらが…私の部屋に…やって来る!」
私は、まだ14歳だった。夜になると、男が忍び込んで来る。怖かった。嫌だった。叫ぶことも出来ず、助けてくれる人も居ない。殺されたくなくて、言う事を聞いた。だって、暴れて叫んで泣いた子は、翌日、池の底から見つかったから。
「命令が下ったの…あいつの横領を暴いて殺せと。いい気味だった!嬉しかった!恐怖に顔をゆがませた、あいつの顔を見て、やっと、心が開放された!」
あの時、私の恨みは晴れたんだ。
「…それは、嘘だ。」
エヴァンは、私を真っすぐに見下ろして、言い切った。
「復讐して、心が張れるなんて、嘘だ。」
眉間に皺を寄せて、見透かしたように、あなたは言う。
「何をしても、どうしたって、おまえが受けた、心の傷は癒えたりしない。」
ドクンッ‥‥と、心臓が鳴って、体が凍りつく。
「記憶から消し去っても、その事実が無かった事にはならない。」
はっ、と口から息が漏れて、呼吸の仕方が解らなくなりそうだった。だけど、彼は言い切った。
「どんな事をしても!幼かったお前が、家族との時間を取り戻す事も、姉や父親が戻ってくることも無い!恨んでも呪い殺しても、苦しみから逃れられなくなって、闇の中から抜け出せなくなるだけだ!」
ボロボロと、目から涙が溢れる。
「じゃぁ…じゃぁ、どうしたらいいの?!」
子供のように泣き出した私を、慰めるように頭を撫でてくれる。
「そうだな……おまえは、兄の事を考えろ。あの優しい兄上が、おまえの為に悪魔になって、おまえを苦しめた男を呪い殺しに行って、身を滅ぼしたら、どう思う?」
「‥‥‥‥私なんかの為に…そんなの嫌だ。そんなくだらないやつの為に…」
「そうだろう?だから、おまえは何もするな。私に、全て任せろ。」
「‥‥え?」
「あの2人を、法的にこの世から抹殺してやる。」
「……」
「ほら、口を開けろ。」
素直に従うと、深く深く口づけられた。
それから、慰めるかのように、まるで甘やかすかのように。甘く、優しく抱いてくれた。
これでもかって程に、愛情を注がれた。
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