影の刺客と偽りの花嫁

月野さと

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闇の中から

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「フィオナ?」
 真夜中に、こっそりと帰って来た所を、兄のミゲルに見つかってしまった。
 ミゲルは、伯爵家の再建の為に、深夜まで仕事をしていたのだ。
「こんな夜中に…どこへ行っていたんだ?」
 私は、いたって普通に笑って見せる。
「また、月光ローズの谷を見に。あまりに綺麗だったから、気に入っているのです。」
「……」
 ミゲルは黙った。
 なぜならそれが嘘だということを知っていたからだ。それこそ、ミゲルは収穫量や状況を確認するために、さっきまで谷に居たからだ。 
 そして、フィオナを頭の上から爪先まで眺めて、気がつく。
「それは、どうした?」
「…え?」
 フィオナの手は、血が滲んで、指は真っ赤だった。それを、兄に見られたことに気がつくと、サッと後ろに手を隠す。
「これは…なんでもありません。少し怪我をしてしまったようですけど。でも、心配なさらないで。私、もう寝ますね。」
 そう言って、自分の部屋に逃げ入った。

 その数日後。
 兄のミゲルは、知るのである。

 精神を病んでしまった、男2人の事を。
 
 
◇◇◇◇


「フィオナ!まぁ、なんて綺麗なんでしょう♪」
 仕立て屋で、母は歓喜の声を上げる。
「お嬢様は小柄ですが、お美しいですから、このくらい派手でも映えますわ。」
 仕立て屋も、楽しそうにリボンをあてがって見たりする。宝石なども、どんどん持って来て、合せてみる。その宝石の中に、素敵なデザインのエメラルドがはめられた首飾りに目がとまる。
 じっと、見ていると、針子が言った。
「こちらが気になりますか?これは、繊細な細工をあしらってまして、エメラルドがとても綺麗に見えるように作られてます。」
 
 その瞬間、私はハッとした。
『フィオナ』
 あの人の声が、蘇る。
『フィオナ。愛してる。』
 ……その瞬間。エヴァンの優しい瞳を思い出した。忘れていたわけじゃない。だけど、思い出さないようにしていた。だって…だって、私。
「フィオナ?どうしたのです?顔色が悪いわ。」
 母が、私を支えるように腕を支える。
「まぁ!大丈夫ですか?気分が優れないようでしたら、また次回に仮縫い致しましょう。」
 
 忘れていたわけじゃない。
 だけど、我慢できなかった。姉を殺した男。家族を苦しめた人たち。どうしたって、許せなかった。
 もう、手を汚さないと心に決めたのに。何もかもが終わって、平和な時代が始まろうとしているのに。
 エヴァンの為に、人生をやりなおそうと思っていたのに。結局私は……。

 人間、そう簡単にやり直せるはずが無いんだ。生まれ変わったつもりだなんて、そんなのムリだ。
 このドロドロとした深い憎しみ。自分でさえも、制御できない。あの2人を呪っても、呪っても呪っても、消えない苦しみと怒り!
 これだけ呪っても、まだ足りない!まだ足りない!!増幅する悲しみと、憎しみで、今日こそ、今日こそは、あの2人を切り刻んでやろうと、両手が震える。

 そんな、闇の中で、フィオナは毎晩葛藤していた。

 
 レイン伯爵邸へ母と戻る。
 執務室から、兄とイザベラと、イザベラの後ろに、マントを羽織った男が出て来た。

「フィオナ。お帰り。」
 兄に声をかけられて、作り笑いをする。
「ただいま戻りました。お兄様。」
 兄は、私の顔に触れて、頭を撫でた。
「夜会用のドレスは、どうだった?お金の事は気にしなくていい。満足の行くドレスを仕立ててもらうんだぞ?」
「はい、お兄様。ありがとうございます。」
 そう言って、兄にお辞儀をし、イザベラとマントの男にもお辞儀をして、その場を立ち去ろうとする。すると、イザベラがフィオナに声をかけた。
「フィオナ様。少々、お時間いただけませんか?」
 そう言われて、顔を上げると、母が後ろから口を挟んだ。
「申し訳ありませんが、娘は体調が悪い様子で、仮縫いも途中で帰宅したのです。今日はもう。」
 イザベラは、後ろを振り向き、マントの男を見る。しかし、マントの男は目元まで深くフードをかぶっていて、目も見えない。
「申し訳ございません。それでは、私はこれで。」
 私はイザベラにお辞儀をして、横をすりぬけようとする。しかし、イザベラが言った。
「それでは、この者が、お嬢様の体調を診ましょう。」
「え?」
 母が驚く。イザベラはニッコリ微笑んで言った。
「この者は、治療魔法が使えますから。」
 治療魔法師?
 そんなものを使っても、この心が晴れるはずもない。
「ありがとうございます。しかし、病気ではありませんから。休めば大丈夫です。」
 イザベラとフードの男の横を、すり抜けようとした瞬間だった。
 突然、フードの男が、私の腕を掴んだ。
「!!?」
 そして、母が驚いて声を上げた。
「何をなさいます!?」
 私を守ろうと、母が駆け寄るのを、兄が制止する。
「ミゲル?」
 兄は首を横に振るばかり。

 私は、その大きな手を、じっと見つめた。
 温かくゴツゴツとした大きな手。
 
 そうっと、フードの男を、下から覗き見る。
 形の良い顎。形の良い唇。綺麗な肌。形の良い、鼻。それから、深い緑色の……。

「……どうして」
 枯れ葉が落ちたかのような、かすれた声が自分から出る。

 フードの中で、彼は優しく微笑んだ。
「会いたくて来た。お前の事になると、我慢が利かなくてな。」

 何も考えられなかった。

 瞬間に、すがりついて、抱きついていた。

 辛かったこと、苦しかったこと、悲しかったこと、次々と溢れ出して、声を上げて泣きだしていた。

 
 
 


 
 



 
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