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幸せな日
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時計を見ると、夜の11時になる所だ。
もう寝ようと思ったところに、エヴァンは私の部屋にやってきた。そっと、扉を開けて、彼を部屋の中に入れる。
「少し、話がしたくてな。」
エヴァンは、そう言って部屋の中に入ると、部屋の窓が空いているのに気がついて、じっと見つめた。
「ちょうど、星を見ていたのです。よく晴れていて空気も澄んでいるので、星がとても綺麗に見えます。」
私は、ゆっくりと歩いて行き、窓を閉めた。それから、ソファーに座るように促すと、エヴァンは小さい声で「ありがとう」と言ってから座った。
この人の、こうゆう所が好きだなぁ。なんて思いながら、表情を伺うと、少し疲れが見えた。
アンナが置いておいてくれた、よく眠れるというハーブティーを入れて、差し出す。
「最近の陛下は、お忙しそうでした。あまり無理をなさらないでください。」
「ありがとう」
そう言って受け取ると、エヴァンはハーブティーを一口飲んだ。
疲れていても美しさを失わない、エヴァンを眺めてから、自分も椅子に座ってお茶を飲む。
すると、エヴァンは言った。
「兄上と、ダンスの練習をしたそうだな。」
その話題は、ここ最近の私の楽しみであり、心をわくわくさせてしまった。
「はい。そうなのです!オスカー殿下は器用な方ですね。少し練習しただけで、すぐにできてしまうので、先生も驚いてました。オスカー殿下は日々体を鍛えていたそうで、体幹があるのでしょう。私もダンスは得意なほうでしたが、それはたくさん練習したからです。数日であそこまで踊れるようには、なれません!それに、殿下は、ワルツだけではなく他も踊れるようになりました!ダンスレベルは、そのうち追い抜かれてしまいそうです。そう思うと、ついやっきになってしまって、練習時間がとても楽しくなってしまいました。そこで思ったのですが、弟君でもある陛下も、ダンスは上級クラスなのでは?と思い、益々と練習にも力が入ってしまいまして‥‥」
そこまで話してから、ハッ!とする。つい、ペラペラと勢いよく話しすぎた。
そんな私を、真っ直ぐに見て、エヴァンは微笑んだ。
「ふふ。お喋りだったんだな。」
「も、申し訳ございません。」
「何故謝るんだ?」
「いえ、陛下がせっかくお話があるからといらしたのに、私事をペラペラと…失礼いたしました。」
「いいや。そうゆう話を聞きたくて来た。それと、まだ礼を言って無かった。」
「礼・・?」
「あぁ、兄上を王都に引き止めてくれただろう?私では、引き止められなかった。本当に、ありがとう。」
「そんなっ、私がただ…勝手に…」
考えてみると、偽王妃なのに、立場を利用して、結構勝手にやってること多いな。と今さら気がつく。
偽者なのに。
自分で解っている筈だった。ここは私の場所ではないのに、いずれ終わりは来るのに。もう少し、もう少しだけと、オスカー殿下とも、距離を縮めてしまっている。侍女のアンナすら、友達のように思っている。
いつ、この生活が終わるか分からない。いつ、終わってもおかしくない。ロイド隊長から連絡がきたら、撤退?やはり予定通り暗殺しろという命令?もしくは、自害命令か?いや、隊長に暗殺されるかもしれない…。
その日は、今夜かもしれないし、明日かもしれない。
そんな風に考えると、ただ‥‥ただ、苦しい。辛い。そうなったら、もう、この人に会うことは無いんだ。
もう、二度と会う事は無いんだ。
そう遠くない未来、嘘で傷つけ、騙されたと憎まれて……。
仕方がない。嫌われてもいい。そう思ってみても、やっぱり辛い。悲しい。寂しい。嫌われたくない。
「どうした?」
エヴァンは、少しだけ首を傾げて、優しく微笑む。
その優しい声も、その優しい視線も、もう二度と向けられる事は無いのだと。そんな日が来るのだと。
そう、現実を見てしまえば、泣きそうになった。
「セシリア?」
そう、名前を呼ばれて、思った。
そうだ。今はまだ、私はセシリアだ。今、この瞬間は、あなたに、愛してもらえる。
「…陛下。」
「ん?どうした?そんな顔をして」
「あ、あの…今夜は、その…ですから、私…」
トボトボと、エヴァンのそばまで行って、袖を握りしめる。なんとか必死に、声を搾り出す。
「…抱いてほしい…です」
蚊の鳴くような声だった。若干、声がうわずった。
本物のセシリアみたいに、可愛く言えば良かった。いや、今までみたいに、数々の男をたぶらかして、手玉にとってやるときみたいに、魅惑的に言えたら良かったのかもしれない。
だけど、この人の前では、もう、それすらできない。
「ん?聞こえなかった、なんて言ったんだ?」
エヴァンは、そう言って私の顔を覗き込んでくる。
それだけで、もう、いっぱいいっぱいで、顔を真っ赤にして唇は震えてしまっていた。
「………なんでもない…です」
彼の袖から手を離し、下を向く。いたたまれなくて、傍を離れようと、1歩踏み出した。その瞬間に、エヴァンが、私の腕を引っ張る。そして引き寄せて言った。
「こら待て。さぁ、もう1度。何て言ったんだ?」
そうっと、エヴァンの顔を見上げると、彼はニヤニヤしていた。
「……なんでもありません。もう良いのです!」
「良くは無い。さぁ!ほら、もう1度聞きたい。いや、もう1度、言ってみろ。」
「……聞こえてましたよね?」
「いいや。聞こえなかった。しかし、1度言ったことを取り消すのは良くない。さぁ、もう1度。」
「言いません。」
「何故だ?良いではないか?もう1度、言ってみなさい。」
「もう、良いんです!!」
「本当に良いのか?!」
「いいです!もう結構です!」
「…意地っ張りめ。抱いて欲しいんだろう?私も抱きたい。」
「!!」
背中から抱きしめられて、動けなくなる。
温かくて、嬉しくて、愛しくて、ぎゅうっと、胸が締め付けられる。
その腕に手を置いてみる。
そっと頬を乗せてみる。
大好きだ。大好きなんだ。
きっと、私の人生で1番。今が幸せだ。
もう寝ようと思ったところに、エヴァンは私の部屋にやってきた。そっと、扉を開けて、彼を部屋の中に入れる。
「少し、話がしたくてな。」
エヴァンは、そう言って部屋の中に入ると、部屋の窓が空いているのに気がついて、じっと見つめた。
「ちょうど、星を見ていたのです。よく晴れていて空気も澄んでいるので、星がとても綺麗に見えます。」
私は、ゆっくりと歩いて行き、窓を閉めた。それから、ソファーに座るように促すと、エヴァンは小さい声で「ありがとう」と言ってから座った。
この人の、こうゆう所が好きだなぁ。なんて思いながら、表情を伺うと、少し疲れが見えた。
アンナが置いておいてくれた、よく眠れるというハーブティーを入れて、差し出す。
「最近の陛下は、お忙しそうでした。あまり無理をなさらないでください。」
「ありがとう」
そう言って受け取ると、エヴァンはハーブティーを一口飲んだ。
疲れていても美しさを失わない、エヴァンを眺めてから、自分も椅子に座ってお茶を飲む。
すると、エヴァンは言った。
「兄上と、ダンスの練習をしたそうだな。」
その話題は、ここ最近の私の楽しみであり、心をわくわくさせてしまった。
「はい。そうなのです!オスカー殿下は器用な方ですね。少し練習しただけで、すぐにできてしまうので、先生も驚いてました。オスカー殿下は日々体を鍛えていたそうで、体幹があるのでしょう。私もダンスは得意なほうでしたが、それはたくさん練習したからです。数日であそこまで踊れるようには、なれません!それに、殿下は、ワルツだけではなく他も踊れるようになりました!ダンスレベルは、そのうち追い抜かれてしまいそうです。そう思うと、ついやっきになってしまって、練習時間がとても楽しくなってしまいました。そこで思ったのですが、弟君でもある陛下も、ダンスは上級クラスなのでは?と思い、益々と練習にも力が入ってしまいまして‥‥」
そこまで話してから、ハッ!とする。つい、ペラペラと勢いよく話しすぎた。
そんな私を、真っ直ぐに見て、エヴァンは微笑んだ。
「ふふ。お喋りだったんだな。」
「も、申し訳ございません。」
「何故謝るんだ?」
「いえ、陛下がせっかくお話があるからといらしたのに、私事をペラペラと…失礼いたしました。」
「いいや。そうゆう話を聞きたくて来た。それと、まだ礼を言って無かった。」
「礼・・?」
「あぁ、兄上を王都に引き止めてくれただろう?私では、引き止められなかった。本当に、ありがとう。」
「そんなっ、私がただ…勝手に…」
考えてみると、偽王妃なのに、立場を利用して、結構勝手にやってること多いな。と今さら気がつく。
偽者なのに。
自分で解っている筈だった。ここは私の場所ではないのに、いずれ終わりは来るのに。もう少し、もう少しだけと、オスカー殿下とも、距離を縮めてしまっている。侍女のアンナすら、友達のように思っている。
いつ、この生活が終わるか分からない。いつ、終わってもおかしくない。ロイド隊長から連絡がきたら、撤退?やはり予定通り暗殺しろという命令?もしくは、自害命令か?いや、隊長に暗殺されるかもしれない…。
その日は、今夜かもしれないし、明日かもしれない。
そんな風に考えると、ただ‥‥ただ、苦しい。辛い。そうなったら、もう、この人に会うことは無いんだ。
もう、二度と会う事は無いんだ。
そう遠くない未来、嘘で傷つけ、騙されたと憎まれて……。
仕方がない。嫌われてもいい。そう思ってみても、やっぱり辛い。悲しい。寂しい。嫌われたくない。
「どうした?」
エヴァンは、少しだけ首を傾げて、優しく微笑む。
その優しい声も、その優しい視線も、もう二度と向けられる事は無いのだと。そんな日が来るのだと。
そう、現実を見てしまえば、泣きそうになった。
「セシリア?」
そう、名前を呼ばれて、思った。
そうだ。今はまだ、私はセシリアだ。今、この瞬間は、あなたに、愛してもらえる。
「…陛下。」
「ん?どうした?そんな顔をして」
「あ、あの…今夜は、その…ですから、私…」
トボトボと、エヴァンのそばまで行って、袖を握りしめる。なんとか必死に、声を搾り出す。
「…抱いてほしい…です」
蚊の鳴くような声だった。若干、声がうわずった。
本物のセシリアみたいに、可愛く言えば良かった。いや、今までみたいに、数々の男をたぶらかして、手玉にとってやるときみたいに、魅惑的に言えたら良かったのかもしれない。
だけど、この人の前では、もう、それすらできない。
「ん?聞こえなかった、なんて言ったんだ?」
エヴァンは、そう言って私の顔を覗き込んでくる。
それだけで、もう、いっぱいいっぱいで、顔を真っ赤にして唇は震えてしまっていた。
「………なんでもない…です」
彼の袖から手を離し、下を向く。いたたまれなくて、傍を離れようと、1歩踏み出した。その瞬間に、エヴァンが、私の腕を引っ張る。そして引き寄せて言った。
「こら待て。さぁ、もう1度。何て言ったんだ?」
そうっと、エヴァンの顔を見上げると、彼はニヤニヤしていた。
「……なんでもありません。もう良いのです!」
「良くは無い。さぁ!ほら、もう1度聞きたい。いや、もう1度、言ってみろ。」
「……聞こえてましたよね?」
「いいや。聞こえなかった。しかし、1度言ったことを取り消すのは良くない。さぁ、もう1度。」
「言いません。」
「何故だ?良いではないか?もう1度、言ってみなさい。」
「もう、良いんです!!」
「本当に良いのか?!」
「いいです!もう結構です!」
「…意地っ張りめ。抱いて欲しいんだろう?私も抱きたい。」
「!!」
背中から抱きしめられて、動けなくなる。
温かくて、嬉しくて、愛しくて、ぎゅうっと、胸が締め付けられる。
その腕に手を置いてみる。
そっと頬を乗せてみる。
大好きだ。大好きなんだ。
きっと、私の人生で1番。今が幸せだ。
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