影の刺客と偽りの花嫁

月野さと

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オスカー

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 仕事が忙しいとのことで、あれから8日もエヴァンに会えていない。
 それに、私には騎士の見張りがついた様子だ。姿は見えないものの、気配を感じる。そのせいで、外部との連絡も出来ない。つまり、何も出来ずに、ただ時間だけが過ぎていた。

 セシリア王妃には公務があり、私は、それなりにこなしている。多忙すぎることは無く、こうして毎日15時になると、庭園のガゼボでお茶を楽しむのが日課だ。今日も、同じように1日が終わるのだと思った。
 
 突然、風が強く吹いて、読んでいた本の栞が飛んだ。
 私は慌てて、ガゼボを出て、拾いに行く。侍女たちも、ナプキンが飛ばされてしまったりで、ワタワタしていた。
 栞が、バラの木に引っかかったので、私は、それを拾おうとして・・・ふと、顔を上げる。 
 そこに、1人の男性が現れた。

「あぁ、凄い風でしたね。私がとってさしあげましょう。」
 男性は、そう言うと、薔薇の木に手を入れて、栞を取ってくれて、私に差し出す。爽やかな笑顔だった。
「ありがとうございます」
 そう言って、男性から栞を受け取ろうとして気がつく。
「あ、手に怪我を!」
 男性の指には、薔薇のトゲで引っ掻いた傷があった。男性が手を引っ込めようとしたので、私はおもむろに、その手を握って自分の目の前に持って来る。
 やはり、薔薇のトゲで怪我をしている。1カ所から少し血が出ていて、あちこちミミズ腫れになっていた。
「大丈夫ですよ。お気にならさずとも・・」
 優しそうな顔の男性は、眉尻を下げて微笑む。
「ダメですわ。血が出ています。今、侍女を呼びますから。すぐに手当を」
 逃げられないように、ギュウっと手を掴んで引っ張る。相変わらずの怪力を発揮してしまう。そして、侍女のアンナを呼んだ。男性の手を引っ張って、スタスタとガゼボまで歩いて行く。
「今、そこでお茶をしていたのです。手当をしながら、お詫びに一杯だけでも、お茶を召し上がっていってください」
 手を引きながら、男性に微笑みかける。すると、仕方ないなという表情をしてから頷いてくれた。

 ガゼボに戻ると、一緒にテーブルを囲み、侍女がお茶を2人分いれてくれた。
 改めてこうして見ると、なんと素敵な、爽やか系美男子なのだろうか?立ち居振る舞いも、品があり完璧で美しい。しかし、服装は、小綺麗にしているけれども、流行りのデザインでは無い。そして、髪の色は明るいヘーゼルブラウン色。王城では見ない色だ。どこか田舎の貴族なのかもしれない。

 侍女のアンナが、男性の前に跪く。
「それでは、治療をいたします。」
 そう言って、アンナが手を差し出すと、男性もそれに従う。10秒くらいかけて治療魔法をかけると、擦り傷は消えた。
 男性は、申し訳なさそうに微笑み、言った。
「ありがとうございます。・・・治療魔法が使えないので、助かりました。」
「すぐに治って良かったですわ。アンナは治療魔法まで使えるのね。凄いわ!知らなかった。」
 私の何気ない一言に、男性が、驚いたような顔をする。
「恐れ入ります、王妃様。」 
 アンナが、少し気まずそうに答えた。その雰囲気から、私は何か悪い事を言ってしまったようで、戸惑う。
 え?なんか、マズイこと言った?
 私は知らなかったのだ。この国の高位貴族であれば、治療魔法が使えたのだ。大きな傷は治せないが、擦り傷であれば、治せるのは貴族のたしなみの内だった。

 その私の表情を見て、男性は静かに立ち上がって、私の横まで来ると跪いた。
「これは、王妃様でいらっしゃいましたか。名乗り遅れました。私は、オスカー・アシュフォードと申します。」
 え?!
 オスカー・アシュフォード?!つまり、彼は、エヴァンの兄。ということになる。あの、魔力が少なすぎて地方に追いやられてしまったという・・・。
 私は、慌てて膝をつき、彼の目線まで腰を下ろして、手を握った。
「お立ちくださいっ、殿下!貴方様が、私に跪いてはいけません!」
「・・・いいえ。王妃様。あなたは他国からいらっしゃったので、ご存じ無いのです。私は・・・」
「私の夫の兄君です!」
 言葉を遮ってキッパリとした物言いに、少し驚いたような顔をされた。
「殿下!魔力量とか、廃位されたとか関係ございません!あなたは、私の義理のお兄様です!それに、私は魔力無しですよ?」
「・・・」
 2人で地面に膝をついたまま、見つめ合う。
 オスカーの大きな手を握りしめてしまっていることに、この時、気がついて、ちょっと気恥ずかしくなる。
 そのせいで、少し、はにかんで笑って見せると、オスカーは表情を崩して微笑んだ。
「あぁ、そうでしたね。王妃様も、この国に嫁いで来られて、ご苦労やご心痛、お察しいたします。」 
 私もつられて、フフっと笑ってしまう。
 そうなのだ。セシリアにとっては、理解し合える唯一の同士ではないか。と思うのである。

 そこからは、2人で向き合って座り、お茶とお菓子を楽しんで話をした。

 不思議と話が弾んだ。  
「そうなんです。魔力が無いので部屋の鍵もかけられません!不便ですよね?」
「そうですね。この国の家のつくりは、全てそうなっておりますから。しかし、侍女達が鍵をかけてくれるでしょう?」
「そうですけど、でも、秘密の日記や、人には見られたくない自分だけのモノってございますでしょう?そうゆう物をしまう、引き出しすら鍵がかけられませんもの!」
「なるほど。そうですね。それは困りましたね。王妃様は日記をつけておられるのですね」
「今は書いてませんが、私も人ですから、愚痴くらいどこかに吐き出したいこともございます。」
「ふふふっ」
「笑いごとではございませんよ?書斎や寝室に入るのだって、自分で灯りをつける事もかないません!深夜に目が覚めても灯りは付けられませんし!夜遅くまで読書をしようものなら、侍女を寝る時に呼ばなくてはいけないのですよ?なので、読書を我慢しているのです」
 私が、そんな事を言うので、侍女のアンナは焦って言った。
「まぁ!王妃様!お気になさらずに、いつでもお呼びください!それに、電気を消すくらいであれば、侍女ではなくても、女官でも騎士でも、すぐにできますのに!」
「えぇ~?なんか申し訳なくて」
「そんな気遣いは無用です!」
「うーん。じゃぁ、蝋燭とか魔法を使わなくても使える灯りが欲しいわ!」
 すると、オスカー殿下が言った。
「それでは、今度、私が良い照明機器を購入して持って参りましょう。」
「本当ですか?嬉しいです!」

 あぁ、なんか、こうゆう普通の会話って、久しぶりだなぁ~と思う。この国で唯一、気兼ねなく話せる相手が現れて、嬉しくなる。
 そして、あっという間に時間が過ぎた。
   
「あぁ、もうこんな時間だ。行かなくては。」
 オスカーが言うので、時計を見て、疑問に思う。
 そういえば、久しぶりに陛下の兄君が城に来ていると言うのに、晩餐会などの話も聞いていない。つまりは、特に歓迎されていないということだろう。
 そんなのってあるだろうか?酷すぎる。
「まさか、もうお帰りになるのでは、無いですよね?今日は、お城に泊まられるのでしょう?」
「いいえ。今日は、陛下の御結婚のお祝いの挨拶に伺っただけで、すぐに帰る予定でした。少し長居してしまいましたが。」
 それを聞いて、いたたまれない気持ちになる。本当に、なんて酷い扱いなのだろうか。
「殿下。ご予定が大丈夫でしたら、本日はお城に泊まってください。晩餐をご一緒したいわ。」
「しかし・・・」
「私が、もっとお話ししたいのです。お願いできませんか?」
 口を引き結んで、すねたように見上げて言う。
 だって、こんなのって酷いではないか。せっかく遠くから来たのだから。良い人そうだし!

 それは、完全なる同情心だった。
 そして、なんとなく思ったのだ。こんな出会い方でなければ、良い友人になれただろうに。と。それほどに、穏やかな話し方で、纏う雰囲気はエヴァンに似ていた。

 


   
 
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