今、君に会いたい

月野さと

文字の大きさ
上 下
4 / 24

第4話

しおりを挟む

 とりあえず、頭がガンガンする。二日酔いだ。

 キッチンに行って、適当にグラスを借りて水道の水を入れる。ゴクゴクと飲むと、胃がゴロゴロする・・。
 暫し動けずに、頭と胃を押さえていると、誰かが近づいてくる気配がした。
 
「綾瀬?二日酔いだろう?」

 神崎さんが、爽やかな笑顔でキッチンに入ってくる。後ろを通り過ぎた時に、ふわりと石鹸の匂いがした。
 セットされていない髪は、サラサラで、いつもよりも若く見える。冷蔵庫を開けて、二日酔いに効くドリンクを取り出した。
「これ飲むか?」
「・・・ありがとうございます。神崎さんも、こうゆう二日酔いの薬を飲むんですね。」
「ん?あぁ、いや、これは、おまえらが必要だろうと、帰り際にコンビニ寄って買っておいたやつ。」

 ・・・お気遣い、本当に申し訳ない!

 二日酔いに効くという、変な匂いのするドリンクを一気に飲み干すと、一気に吐き気を催した。
「う~~~~~~!」
 キッチンの流しに顔を近づけて、唸ってしまう。 
「おいおい、大丈夫か?吐くなら、全部吐いた方が楽になるぞ。ほら、全部吐け。」
 そう言って、大きな手で背中をさすってくれる。
 いやいやいや、人の家のキッチンで吐くわけにはいかない~!と、なんとか堪える。
 しかし・・・この人は、キッチンで吐くな!と慌てるでもなく、吐くなら吐いてしまえと言う、なんて心の広くて優しい人なんだろうと思う。

「あぁ、このまま吐くと髪が汚れるな。ごめん、ちょっと触る。」
 そう言って、神崎さんの長い指が、私の髪に触れる。瞬間に、ドキドキと心臓が早鐘を打ち始める。ギュッと髪を後ろに束ねるようにして、持たれる。
「よし、心行くまで吐いていいぞ。」
 ・・・なんか複雑すぎる、この状況。
 女性として見られてない気がする。
「と・・とりあえず、大丈夫です。もう少し横になってきていいですか?」
 ぐわんぐわんと頭が痛むので、横になりたい。

 ソファーに倒れこむと・・・たぶん、神崎さんの残り香がした。 

 そこへ、林さんと桜井君が起きてきた。
「だぁ~、二日酔いっす!」
「私もですよ~、神崎さん、すみません、ベッドお借りしました。そして、シャワー借りてもいいですか?」
「おはよう。みんなシャワー使うなら、そこのタオルを使って。」
「うわっ!神崎さん!なんか言葉使いが、砕けてないですか?」
 桜井君が、そう言うので、そういえばと気が付く。
「ったく記憶無しか。おまえら3人でよってたかって、会社から出たらこのメンバーの間では敬語無しとか言ってただろ。誰も覚えてないのか?」
 神崎さんは、キッチンで何やらガタゴトしながら、面倒くさそうに返答する。
「マジですか~。でも神崎さんと、こんなふうに話せて嬉しいです!」
 そう言って、桜井君は二日酔いに効くという、あのドリンクを飲んで、おえ!とトイレに駆け込む。

 なんだか、この空間は、暖かだった。
 私が横になっているソファーには、日差しが届いて温かい。
 ワイワイと些細な話をする男2人組。マイペースな林さん。
 
 目を閉じると、家族の居る家に帰ってきたような気持ちになってしまう。

 あぁ、なんか懐かしい。人の居る部屋。

「・・・・!」
 私は、ソファーに顔を沈めて泣いた。3人に見つからないように。寝ているフリをして。

 私には、もう家族が居ない。
 ある日を境に、兄も、両親も、祖父も、この世を去った。


「あ~、俺、タバコ買ってきていいですか?」
 そう言って、桜井君が玄関から出て行く音がする。
 林さんは、まだシャワーを浴びているようだった。
  
 今だ。涙を拭かなくてはと、キッチンとは反対側を向いて体を起こす。
 手で拭うと、跡が残りそうだなと思って、袖を少し引っ張る。
 その時だった。
 急に、神崎さんに頭を撫でられて、振り向いてしまった。

 泣いている所を見られたくなかったのに、その顔をさらしてしまって、言い訳を考える。
 だけど、彼は、泣いていたことに驚きもせずに、私を見た。

 お見通しだと言わんばかりに、悲しそうな顔をして、切なそうな顔をして、私を見ていた。

「ど、どうして、そんな顔するんですか?」
 恥ずかしくて、急いで涙を指で拭う。

 大きな腕が伸びてきて、抱きしめられる。
 よしよしってするみたいに、後頭部に手のひらがあって。震える肩を支えるように、もう片方の手が肩を抱く。

「か・・神崎さん?」

「もしも・・・。」
 神崎さんの声は、低く響く。 
「もしも、泣きたくなったり、何か困ったことがあったら、頼って欲しい。」
 そう言って、彼は私を抱きしめたまま、小さく深呼吸をしたのが解る。


「綾瀬。お前は1人じゃない。1人じゃないから。」

 何故、彼はそんなことを言ったのか。
 私が、今一番欲しかった言葉を、どうして言ったのか。


 まったく意味が分からず、不思議な人だと思った。
 でも、その言葉は偶然でも何でもない。


 私たちは、もっと前に出会っていたし、そして、あなたは私を覚えていてくれた。
 その事に私はまだ、気が付いてもいなかった。 
 


 
◇◇◇◇


「みなさん、今日のご予定は?」
 林さんが問う。

 すっかり、お昼近くなって、おなかが空いたと桜井君が言い始めたので、林さんが全員にうどんを作りはじめた。
 
「何もないです。寂しい独身ですからねー。」桜井君がTVを見ながら言う。
「特に何も。」神崎さんも答える。
「私は、夕方から親友と飲む約束してる位です。」私は申告する。
「え?二日酔いなのに、あおり酒じゃん!」桜井君が、おかしそうに笑う。

「じゃぁ、みんなで東京タワー行きません?」
 林さんが、全員にうどんをよそい始める。神崎さんが、受け取って、テーブルに並べる。 
「なんか、楽しそうですね。」
 私は、考えただけで、楽しそうだなと賛同した。
「東京タワー?いやぁ、もう、いつ登ったきりか覚えてないなぁ。じゃぁ、階段で登るってのは?」
 桜井君も乗り気になった。
「31歳のオジサンには厳しい気がするな。」
 神崎さんが苦笑いする。
 そう言って、うどんをすすって驚いた顔をする。
「林さん・・・このうどん、凄く美味しい!」
「うわ!本当だ!出汁と塩分の絶妙さがヤバイ!染みわたる味!」
 神崎さんの言葉を受けて、桜井君がかき込みながら言う。
「え~嬉しいです♪じゃぁ、神崎さんの嫁になって、毎日作っちゃいますか♪」
 林さんが、そんなことを言うなんて、もしかしたら・・・。と思ってしまう。
「林さんと神崎さんは、お似合いですよね。既に夫婦の雰囲気あります。」
 私がヨイショして言うと、神崎さんがすぐに否定してきた。
「夫婦だなんて林さんに失礼だぞ、綾瀬。それだけ林さんが凄腕の秘書ということだけどな。」
 林さんは、そんな凄腕ですかね~と笑って返していた。

 私は、2人を見る。
 付き合っているわけでは、無さそうだなと思った。

 神崎さんという人は、職場では判断力もあって、厳しい所もあるけれど、よく見ていてくれて、よく気が付く人。でも、近づきすぎると、人を突き放す人。っぽい。




「うわーー!東京タワー良いですね!カフェありますよ!寄って行きます?」

 桜井君が、子供のようにはしゃぐ。
 私も桜井君と一緒に、大喜びで東京の街並みを眺める。
「桜井君!見て見て!あれ本社じゃない?」
「あ!ホントだ!ここから見えちゃうんですねー。」 
 もう既に26歳だというのに、年甲斐もなく楽しんでしまう。だけど、社会人になってから、こうゆうのって、あまり無かったなぁと思う。というか、このメンバーで何をしているのだろう?と急に不思議に思えて、なんかくすぐったい位の楽しさが沸き起こる。

「馬鹿と煙はなんとやらだな。」
 神崎さんが、そんなことを言っておちょくるので、再び桜井君と私で猛反発したり、慰め合ったりで、4人で大笑いする。
 東京タワーの階段を、降りて帰る事に決めて、私たちは学生の頃のように、はしゃぐ。
「うわー♪階段初めて!」とか、「夕日がきれい」とか、「じゃんけんして降りよう」とか、とても恥ずかしい大人だった。
 
 どんどん、林さんと桜井君が下りて行ってしまって、追いかけながら、ふと夕日を眺める。

 その日の夕日は、真っ赤で美しかった。
 紫と赤とピンクと群青色が、少し混ざったような。
 
 自然はとても美しい。そして抗えないほどに強大だ。
 でも、人は共に生きていくしかなくて。


「どうした?」
 神崎さんが上から、階段を降りてくる。

「神崎さん遅いですよ。」
 私が笑うと、神崎さんも微笑んだ。
「もう、歳だからな。20代のやつらには叶わないよ。たぶん、明日は筋肉痛。」
 そう言って、あなたは、誰にも見せないような顔で笑う。

 どうしてなんだろう?
 この人を見ていると、ふつふつと、込み上げてくる。
 どうして、そんなに優しく微笑むんだろう?
 どうして、そんなに、優しい声で、優しい目で見るんだろう? 


「ん?」
 子供をあやすように、私を見つめてくる。
「どうして、そんなに優しくするんですか?」
 神崎さんは、驚いたように、少しだけ目を見開く。
「1人じゃないって・・・なんなんですか?」
 私は、この地球上でたった1人だ。
「頼れって、なんですか?」
 本当は、本当は、誰かに助けて欲しい。ずっと、そう思ってた。
 誰かに受け止めてもらいたい。

「どうして・・・!」

 どうして、あなたが、そんな顔をするの?
 どうして、そんな泣きそうな顔をするの?

 
「綾瀬を、ずっと探してた。」


 そう言って、あなたは、私を懐かしそうに見た。




 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

仮の彼女

詩織
恋愛
恋人に振られ仕事一本で必死に頑張ったら33歳だった。 周りも結婚してて、完全に乗り遅れてしまった。

処理中です...