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Episode 15 交差する思い
しおりを挟むジャンの食事が終わると、婆やが片付けてくれた。
「ありがとう。簡単に片づけて、そのまま休んで良い。」
ジャンがそう言うと、婆やは「かしこまりました」と言って、部屋を出て行った。
それを見届けて、私はジャンに向き合う。
「ジャン、あのね、今日あったことを話したいの。」
そう切り出すと、口の端で笑ってジャンは言った。
「あぁ、その事なら、だいたいはポールの目を通して見ていたよ。」
お城でポールが言っていた通り、どうやら、ポールの目を通して同じものが見聞きできるらしい。
「見ようと思った時にしか見えないから、途切れ途切れにだが、見ていた。それに、さっき入浴中に、ポールから話も聞いたから、私が不在の間に何があったのかは把握した。」
それを聞いて、私は頭を下げた。
「ごめんなさい!」
そして、そうっと頭を上げて、ジャンの顔を恐る恐る見る。
もう、とにかく謝るしかできない。私のした事は、ジャンにとって最悪のことだ。
「竜の玉を割ってしまって、ごめんなさい!竜の玉がジャンを飛べるようにしてくれたのかもしれないのに!!」
彼の怒りも悲しみも、受け取れるように、私は彼から目を離さなかった。だけど、ジャンの表情は、怒りでも悲しみでもなく、ふっと笑うだけだった。
「いいよ。・・・いや、むしろ、ありがとう。ルナ。」
思いもしない反応だった。
「え?」
ジャンは笑っていた。それは、おかしそうに。
「おまえ、鬼の形相で国王に言い返した上に、目の前で叩き割るとか、爽快だった。」
あはははっと、声に出して笑うジャンは、本当に愉快そうだ。
私は、それが本心だなんて思えなかった。その笑い声も、その言葉も、素直には受け取れない。だって、私だったら、笑えない。
「どうして?・・・なんで笑えるの?!」
私は奥歯に力を入れながら、息が詰まりそうになるのを耐えて言った。
「これで・・・これで、本当に帰れなくなっちゃったんだよ?!もう、ジャンは家に帰れないんだよ?!全然笑えないよ!もう・・・だって、あたしが悪いんだけど、だけど、私がジャンだったら、許せない!!笑えないよ!!」
パタパタッ・・・と、自分の頬を伝った涙が、服に落ちる。
それを見て、ゆっくりと近づいてきたジャンが、私の頬をなぞる。その指が、私の涙を拭う。その指を目で追っていくと、その指についた涙を、彼は舐めた。
その表情は、優しく微笑んでいた。
「もう5年も取り返せなかったんだ。あの宝珠があれば、私は戦うしか無かっただろう。だが、おまえのおかげで、私は自由になれたんだ。」
「自由・・・?」
ジャンは、微笑んだままで頷く。
なだめるように、私の髪を耳にかけて、そのまま頬に手を置いて、親指で涙をぬぐう。
「おまえが、私を解放してくれた。もう、煩わしい思いをすることも無い。何も恐れる物など無い。失うモノが無ければ、何ものにも縛られないということだ。もう、人間どもの言いなりになどなりはしない。自由に生きるさ。」
子供をなだめるように、彼は私の頭を撫でる。
「ありがとう。ルナ。」
優しくて大きな手。天使のように優しく微笑む瞳。
もう、何も言えなくて、その胸に飛び込んだ。
彼の大きな胸に飛び込んで、大きな背中をしっかりと掴んだ。謝っても謝り切れない謝罪の気持ちと、表現のしようがない、熱いものが、心の奥底から湧き上がる。
ジャンは何も言わずに、ただ、ふわりと抱きしめ返してくれる。
あまりにも優しすぎて、やっぱり罪悪感が消えなくて「ごめんね、ごめんね」と、何度も言いながら、ジャンに抱きついていた。
そんな私を、包みこむ様に抱きしめたままで、何度も何度も優しく撫でてくれる。それが酷く眠気を誘う。
きっとまた、貴方は私を小動物のように思っているんでしょう?
暫くそうしていると、ジャンはヒョイっと私を抱き上げて、ベッドに運ぶ。
「眠くなっただろう?もう深夜だしな。今日は色々なことがあったから、もう休め。」
そう言って、ベッドに私を下ろすと、布団をかけてくれた。
「ジャンは?寝ないの?」
少しの間があって、彼は言った。
「・・・これからは、自分の部屋で休むことにするよ。もう、夫婦のフリは終わりだ。」
そう言われて、急に寂しくなる。この世界に来て、ずっと一緒に寝ていたのに・・・。彼は、スタスタと歩いてベッドから離れて、部屋の出入り口にまで行ってしまう。
「どうして?」
呼び止めるように言うと、ジャンは振り返った。
「もう、私は自由だからな。だから、この婚姻関係も解消する。」
この関係を解消する・・・?
最初は、あんなに嫌だったのに、別の部屋で寝るってだけで、どうしてこんなに不安になるんだろう?どうして、こんなに・・・心細い。
「じゃぁ、お休み。」
そう言って、ジャンはドアに手をかけた。
瞬間。
とんっ・・・と、ベッドから飛び降りて、部屋から出て行こうとする、ジャンの上着を掴んで、引っ張った。
扉を少しだけ開けた所だった、ジャンの手が止まる。
「・・・」
「・・・」
行かないで。とか、
寂しい。とか、
心の中で言葉は浮かぶのに、口に出しては言えなくて、開いた唇から息を吸うばかりで・・・。ギュウっと服を握りしめて、その目を見ていたら、ジャンは真剣な顔になった。
私の方に向きなおると、腕を引いて、おでこにキスをくれた。
「お休み。」
そう言って、部屋を出て行ってしまった。
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ジャンが扉を閉めて、廊下に出ると、そこにはポールが居た。
咳ばらいをして、早くなってしまった鼓動を押さえつけるように胸に手を当てて言った。
「なんだ?どうした?もう遅いから休んでていいぞ?」
言いながら、振り切るように速足で歩き始める。
すると、ポールは平然と後ろをついて歩きながら言う。
「主、あの娘が気に入ったのなら本当に番にしてしまえばよいのでは?」
その言葉に、ジャンはポールを睨んだ。
「急に何を言う?それは出来ない。」
「何故です?我々は、これから先も、この地上で生きていくしかありません。それならば、番を持ち、生活をしていくことも・・・」
「私が番を持つことは、生涯無い!」
ジャンは、ポールの言葉を遮り断言した。そして、続けてこう吐き捨てるように言う。
「おまえが、ルナを気に入っているのも解る。しかし、ルナは元の世界に帰す。あいつは、帰りたがっていたじゃないか!」
どんどんと、突き放す様にジャンは歩いて行く。
その姿を、悲し気に見守りながら、ポールは言った。
「しかし・・・主は、それでいいのですか?」
ジャンは、あえて聞こえないフリをした。
これから先、この地上で生きていくしかない。
今までに、こうなることも予測しなかったわけでは無い。ただ・・・ただ・・・あいつと出会ってしまった。
ルナの優しい涙に触れて、燃えるような強い怒りに触れて、心が熱くなる。
あいつに抱きしめられて、空を飛べるような軽い気持ちになった。
欲しくないと言えば嘘になる。
傍にいたい。傍にいて欲しい。こんな地上でも、おまえが居てくれるなら。
・・・でも、ダメだ。
引き止めてはいけない。縛りつけたくはない。守ってやりたいと思った。おまえが大切だからこそ、こんな世界につなぎ留めたくはない。おまえの願いを叶えてやりたいんだ。
おまえを育んだ世界は、おそらく、とても平和で美しいのだろう?そこへ、おまえを帰してやりたい。
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