君の矛先

月野さと

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第8話

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 数日後。
 何事も無かったかのように、ビビアン・シュチュアートのお茶会が開催された。

 ジュリア様は2日後に目を覚ましたけれど、声を発することができなくなっていた。医師によると体には異常が無いので原因は不明だという。そのまま、部屋から出ることも無く、ずっとベッドの上で生活しているとのことだった。
 エドワードが尋問したり調査を行ったけれど、毒を入れた犯人は分からず今に至る。

 しかし、皇太子妃選出は、続行されるのである。
 

「レオノーラ様。」
 ビビアンに後ろから声をかけられて、ハッとする。
 彼女のお茶会は素晴らしいものだった。王妃様もご満悦で、他の貴族たちも絶賛している。

「ビビアン様。とても素晴らしいお茶会ですわ。お天気も良くてガーデンパーティにしたのは、正解ですわね。」
 レオノーラが笑って答えると、ビビアンは少し心配そうにレオノーラを見る。
「お茶が冷めてしまったでしょう?レオノーラ様の為に、特別なブレンドティーを用意しましたの。」
「私の為に?」 
「はい。近頃、お元気が無いようでしたので、元気が出るお茶をご用意しました。」
 そう言うと、ビビアンは新しくお茶を入れなおしてくれた。
「ありがとうございます。頂きますわ。」

 このお茶会には、国の有数たる貴族が参加している。
 王妃様を中心に、貴族たちは候補者の査定をするのである。
 女性が居る家は、令嬢か夫人が出席するが、ウィンチェスター公爵家のように、夫人を早くに亡くし令嬢の居ない家は、子息が参加する。
 エドワードは、令嬢たちに囲まれていた。 
 
「ねぇ、ご覧になって。ウィンチェスター侯爵家のエドワード様よ。」
「素敵ねぇ。19歳で近衛隊に抜擢されて、今は副隊長なんですって!」
「優秀でいらっしゃるのね。それに、あのように美形で・・・。」
「あら、あなた声をかけてらしたら?」
「既に両隣の令嬢に誘われてますもの・・行けないわぁ~」

 目の前の令嬢たちの言う通り、エドワードは両隣の令嬢に詰め寄られている様子だった。何を話しているのかは分からない。でも、分かる事は、令嬢たちの目がウットリしていることだ。

 ・・・エドワードに話しかけたい。傍に行きたい。
 ずっと見ているのに、1度も目が合わない。遠いからだろうけれど、だけど、私がここに居るのに。

 ねぇ、エドワード。私の事が好きなら、どうして1度も目が合わないの?
 ここに居るって解ってるはずなのに、どうして他の令嬢とばかり話をしているの?
 ねぇ、今すぐ聞きたい。
 今すぐに側に行って、聞きたいことがあるの。
 頭の中はグルグル堂々巡りを始めて、辛くて視線を逸らす。

 お城の庭の花をボーーッと見る。
 そして、大きな溜息をつく。

「ねぇ、その辛気臭い顔、なんとかなさい。」
 メアリーが突然、声をかけてきた。
 ずっと隣に座っていたのに、今日は1度も嫌味を言い合っていない。
 メアリーは、澄ました顔でお茶を飲んで、まっすぐ前を見たままで言う。
「誰の事を考えてるのか顔に出過ぎなのよ。そんな顔する位なら、どうして辞退しないのよ?」
 レオノーラは、一瞬口ごもり、メアリーが何を言いたいのか分かったので返答する。
「・・・出来るなら、そうしているわ!」
 小声で言いきると、メアリーはこちらを向いて言った。
「本気なの?」

 無言でメアリーを睨む。
 それを見て、メアリーは目を大きくした。そして言った。
「どうやら私達、ライバルじゃないみたいね。」
 レオノーラに向けるメアリーの目は、初めて優しかった。
「・・・。メアリー、殿下のこと・・・本気なの?」
「当り前でしょう?私はあなたみたいにバカじゃないの。ぜったい王妃になってみせるわ。この国で一番美しく、世界で1番凛々しくて、素敵な殿下を落としてみせるわ。」
 そう言い切ったメアリーを見て、なんだか、フフっと笑ってしまう。
「そうね。そうだわ。メアリー、あなたは、そうでなくちゃ。応援するわ。」
 そう言って笑って、エドワードの方を見ると、席に居なかった。 
「席を外されたみたいね。行ってきたら?」
 メアリーにそう言われて、席を立つ。

 ガーデンエリアから、お城の廊下を歩く。お手洗いはこっちの方、と歩いて行くと、ちょうど戻って来るエドワードが見えた。
 周囲に人がいないことを確認してから、側に行く。真正面から歩いて行くと、エドワードと目が合った。

「エドワード・・・。」
 彼は立ち止まる。
「レオノーラ。大丈夫か?」
「え?」
「ジュリア様のこと・・・お前も怖かっただろう?」
 あぁ、やっぱりエドワードだ。

「エドワード。大好きよ。」

 エドワードは、目を見開いて息を飲む。構わずに、もう1度言った。

「私は、あなたが好き。」
 私の気持ちを、知っていて欲しい。    
 時と場所を選んでなんか居られない。
 またいつ会えるのかわからないから。

 だけど、エドワードは怒った顔になった。 
「バカ。こんな所で言うな!」
「!・・・どうして?誰もいないし、私、」

 エドワードは思った。
 そんなことを言われたら、抱きしめてキスしたくなる!我慢がきかなくなるだろう!
 この無鉄砲な性格に、これからも振り回される予感がした。とにかく、落ち着け!俺!今はダメだ。

「エドワード、お願い。私のこと、どう思ってるか言って?」
 もう1度でいいの。
 好きだって言って欲しい。
 ねぇ、お願い好きだって言って。
 そうすれば、私はエドワードを信じる。
「エドワード。私のこと好き?」
「レオノーラ・・・?」
 縋るように、不安そうな顔をして腕を掴まれて、エドワードは戸惑った。
「どうした?何があった?」
    
 その時、お茶会に来ていた令嬢たちが現れた。
「まぁ!エドワード様!こちらにいらっしゃたのね!」
 ピンクのドレスを着たご令嬢と、赤いドレスの若い令嬢が、まっすぐにこちらへ歩み寄ってくる。 
「今度の夜会、是非エスコートして頂きたいの。」
 女性の甘ったるい声と、香水の香りが迫ってくる。息が詰まる。
 もう1人の女性が、レオノーラに声をかける。
「まぁ、ラッセル伯爵令嬢。おめでとうございます。皇太子妃候補なんて素晴らしいですわ。お城の暮らしはいかがですの?皇太子殿下は、やはりお優しいのかしら?」
「皇太子殿下は、あのように美しい容姿で女性にお優しいものね。あなたもすぐに虜になってしまうでしょうね。」
 その言葉に、エドワードはピクリと眉間に皺を寄せる。
「ラッセル伯爵令嬢、妃候補でありながら、独身男性と2人きりなんて勘違いを生んでしまいますわよ!幼馴染とはいえ、お気を付け下さいませね!」
 レオノーラは、彼女たちから目をそらし、床を見たままドレスの裾を握りしめる。
「お話があっただけです。それでは、私はこれで。」
 そう言い残して、立ち去った。
 
 エドワードは、好きだと言えば、すぐに返してくれると思い込んでた。 
 ・・・だけど、答えてくれなかった。
 
 それだけの事で、不安で怖くなる。
 そのまま、廊下を走って行く。

 そうなんだ。エドワードは優しい。誰にでも誠実だ。
 侯爵家の長男で、家柄も性格も外見も良いから、女性には人気だった。
 私のことは、妹としか見てないって、ずっと思ってた。

 好きだって、言ってくれた時に、どうして言えなかったんだろう?
 そうしていれば、ちゃんと恋人になれて、こんなに不安な気持ちにならなかったのかもしれない。

 廊下を外れて、噴水のある庭に駆け込む。誰も居ない場所。誰も居ない場所に行かなきゃ。

 急に、グイ!っと腕を掴まれる。

 驚いて、振り返る。

「・・・・あ・・・・殿下。」
 目の前に、フィリックス皇太子がいた。

「・・・どうしたんだ?」
 目にたまっていた涙が、ポロリ、ポロリと落ちる。
 気まずくて、下を向く。
「なんでもありません・・・」
「・・・」
 無言のまま、ハンカチを渡される。

 あの時、
 脱衣所でキスをされた時、泣き出した私を見て、殿下は『ごめん』と誤って部屋を出て行った。
 
「殿下は・・・。」
「ん?」
「殿下は、どれが本当の殿下なんですか?」
 人を操って思い通りに動かそうとする嫌なやつ。
 女ったらしのプレイボーイを気取って、本当は愛なんて信じてない。
 でも、今みたいに、ただ優しい所もある。
 
 少しの沈黙の後、フィリックスはふふふと笑った。
「僕の事が知りたいなら、君が皇太子妃になる?」
「ご冗談を!」
 ポカッと胸を叩いて、一歩離れる。
 フィリックス皇太子は、目が赤くなったレオノーラの顔を見て、笑う。
「レオノーラ。いつでも僕の胸を貸すよ?」
「必要ありません。」
「ふふふ。」
 皇太子は、無邪気そうに笑う。

 何を企んでいるのか、沢山の顔を作れる殿下は、平然と何事もなかったように去って行く。
 そんなフィリックス皇太子は、全てが演技なのかもしれないとも思えた。
 
 
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