2 / 24
第2話
しおりを挟む目を覚ますと、母がベッドの横で私の手を握っていた。
「お母様・・・?」
リリアナが声を出すと、その声は恐ろしくかすれて小さい声だった。
そんな私の顔を食い入るように見つめて、母は、眉をしかめて涙を流した。
「リリアナ!目が覚めたのね!あぁ、良かったわ。リリアナ。」
私にすがりついて、母は取り乱して泣いた。
どうしたのだろう?
何かあったのだろうか?
周囲を見回して、自分の部屋のベッドだと確認する。でも、何か・・・何かが変。
頭はぼうっとして、高熱でも出した後のように、体がだるくて、異常な喉の乾きを感じた。
バタバタと廊下を走ってきて、扉を開けて入ってきたのは、ルナルドだった。メイドから目を覚ましたと知らせを受けて、急いでかけつけたのだ。
ルナルドの顔を見るなり、リリアナは、嬉しそうに笑う。
「お兄様・・・」
その表情を見て、後ろからやってきた父の伯爵も、母も、息を呑み、言葉を飲み込む。
それを感じつつも、ルナルドは、リリアナのベッド脇まで行く。
「リリアナ。気分はどうだ?体は?どこか痛くないか?」
ルナルドの言葉に、自分の記憶を確かめる。でも、体が悪くなった記憶はない。
「私、体調を悪くしていたかしら?昨日は、舞踏会で、少しだけワインを飲んでしまったけれど、体調は特に何も問題ないです。」
そう言った瞬間に、全員が目を見開く。
「リリアナ・・・おまえ・・・」
父の伯爵が、顔を青くして立ち尽くす。
母が、私の両腕を掴んで泣きながら言った。
「リリアナ。あなたは、馬車に乗ったまま、事故にあったのよ。落石に驚いた馬が暴れて、崖の下に落ちたの。」
「・・・え?」
母が、何を言っているのか、すぐには理解できない。
崖から落ちた?
私が?
両腕を見ても、おなかを触ってみても、足を動かしてみても。どこも、なんともない。
「どこも、なんともないわ。・・・でも、崖って、どこの?」
そう言って、母を見ると、顔を突っ伏してワァワァ声を上げて泣き出した。
「リリアナ。舞踏会のことは覚えているんだね?それ以降のことは?」
ルナルドお兄様が、静かな声で私に聞く。
その瞳を見つめてから、母に視線を落として言う。
「お屋敷に帰ってきて、部屋に戻って・・・」
チラリと、兄を見る。
ルナルドも、何か言いたげにリリアナを見ていた。
「・・・そこまでです。それから、目が覚めたら、今です。」
ルナルドお兄様の目が、泣いてしまうのではないかと思う程にゆらめいた。眉をひそめて、唇が震えているように見えた。
私に何か言いたいのだと、そう思った時だった。
父の伯爵が言った。
「1ヵ月間の記憶が無いようだな。」
私は息を飲んだ。
「1ヵ月・・・?」
あれから、1ヵ月がたっている?
そこで、ふと、脳裏に浮かんだ映像があった。
ルナルドお兄様と両想いだと知って、そう、その後だ。お兄様と劇場に行った記憶がある。暗い劇場内でキスをした。
そうだ。あの舞踏会の日から、私たちは、両親の目を盗んで、愛し合って・・・・。
そんなことを思い出している時だった。
開いたままの扉から、コンコンとノックする音。
目を向けると、黒髪の女性が、部屋の中に入ってきた。
「あら、ごきげんよう。目がさめたのね。」
黒髪の女性は、ヒールをコツコツと鳴らせながら、部屋の中に入ってくる。
「・・・どなたですか?」
私が声をかけると、その女性は、ニッコリと笑いながら、兄の隣まで歩いてくると、兄の腕に自分の腕をからめた。
「あなたのお兄様の恋人よ。よろしくね。」
咄嗟に兄の顔を見ると、ルナルドお兄様は視線をそらした。
「うそ・・・」
ポツリと呟くと、黒髪の女性は笑った。
「1ヵ月も記憶が無いとは、驚いたわね。そうとう強く頭を打って、血まみれだったから飛んじゃったかしらね?」
フフフと、女性は笑うと、ずっと持っていたマグカップを、私に差し出した。
「ま、とりあえず、これ飲んでおきなさい。」
女性が差し出したマグカップを、なんとなく受け取る。
「これは何ですか?」
受け取った瞬間に、なにか、異様な匂いがする。
「薬。あんたの為に、この私がわざわざ持って来てやったんだから、さっさと飲みなさいな。」
母や父の伯爵を見ると、無言だった。兄の顔を見るけれども、こちらを向いてはくれなかった。
目を覚ましてから、世界が変わってしまったようで、何が現実なのかわからなくなりながら、カップの中の薬に目をやる。見た目は、コーヒーのような紅茶のような感じに見えるけれども、香りが全く違う。
両親も兄も何も言わないので、とりあえず、飲むことにする。見た目よりも、飲んでみると普通で、全て飲み干した。
母が、私の手からカップをとると、涙を拭きながら言う。
「さぁ、もう少し休むと良いわ。今日はゆっくりしていなさい。」
「じゃあ、私達は学園に行く時間だから、一緒に登校しましょう、ルナルド。」
恋人だと言う女性は、兄の腕を組んだままで、踵を返して扉へ向かう。
兄とその女性は、寄り添ったままで部屋を出て行った。
その2人の後ろ姿を、ただ、呆然と眺めてた。
いったい、自分に何がおきたのか。
私は、全く理解できずにいた。
兄達が学校に行った後、両親に1か月間に、あった事などを教えて欲しいとお願いしたけれども、話すことは無いと言われた。
落ち着いて、1人で部屋に居ると、疑問に思うことがあった。
この王都で、馬車で崖に落ちるとは・・・どこに行こうとしたのだろう?
お兄様と私は、確かに心を通わせて、密かに付き合っていたはず。
あの恋人は・・・お父様が決めた方なのだろうか?学校にいる名家の令嬢は覚えているのに、知らない顔だったと思う。それとも、記憶を失っているから、混乱して抜けているのだろうか?
いずれにしても。
ルナルドお兄様と私は、別れてしまったということなのだろう。
その日の夜。
私は夢を見た。
だけど、それは忘れてしまっていた、私の記憶だった。
社交界デビューした日の夜。私たちは、はじめて体をかさねた。
ベッドで、互いの荒い息づかいを感じながら、抱き合って余韻に浸る。
ルナルドは、リリアナの前髪を撫でて、涙を指で拭って言った。
「ごめん。痛かったよな。・・・焦って、余裕無くて、カッコ悪いな、俺。」
少し顔を赤らめて、照れながら言うルナルドは、少し可愛らしかった。
リリアナは、ふっと笑って首を振る。
「お兄様は、いつだってカッコイイ。はじめては、好きな人とって思ってたから、だから嬉しい。」
ルナルドは、眉を少ししかめて言う。
「お兄様じゃないって言ったろう?2人の時は、名前で呼んで欲しい。」
そう言って、額にキスをされる。そうして、起き上がると、ルナルドはベッドを降りて服を着始めた。
もう行ってしまうのかと、寂しくなる。
2人の時はって、それって、またこうして、2人で会ってくれるということ?
ルナルドは服を着ながら振り返った。
「本当は朝まで一緒にいたいけど、まだ誰にも知られてはまずい。夜が明ける前に部屋に戻るよ。」
ベッドに膝を立てて、私の傍に寄ると、ニッコリを微笑む。私の両肩を掴んで、ルナルドは言った。
「リリアナ。いつか、俺たち、結婚しよう?父上と母上には、卒業して爵位を継ぐ時に言う。必ず説得するから。だから、それまで待っててくれるか?絶対に、誰とも婚約しないでほしい。」
その言葉に、胸がいっぱいになって、私は抱きついて頷いた。
「約束だ。リリアナ。」
あの瞬間まで、私の初恋は、淡い思い出で終わるのだと思っていた。
何も望んでいなかったはずなのに、体を重ねてしまったことで、私の中で大きく変わってしまった。
あなたが欲しい。離れて行かないで。
ずっと傍にいて。
あの時の約束は、どこへ行ってしまったの?
私の事は、もう何とも思っていない?
ルナルドお兄様は、今、何を思っているのだろう。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
サッカー部のイケメンと、ゲーマーオタクと、ギャルのウチ。
寿 退社
恋愛
サッカー部のイケメンとゲーマーオタクに同日に告白された金髪巨乳白ギャルが、結局ゲーマーオタクに堕とされて、チンポハメハメされちゃうお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる