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王子の求婚
王子の求婚2
しおりを挟む城に帰ると、師匠とメンディスはもう帰り支度をしていた。通されていた客間にいるというので直接そちらに向かうと、今にも出発しそうな準備万端といった態度だ。尤も、魔法か箒かメンディスかでひとっ飛びなわけだから、帰るのは簡単だ。
「お師匠様、もう帰るんですか?」
「そうよー。用事も終わったし、ラシルも片付いたし、早く帰ってロマンスノベルの新作を読まなきゃいけないのよ」
「ええ、そんな理由?」
ラシルも片付いたしって、粗大ゴミみたいに言わないで。とは思うが、以下略。
まあ確かに師匠が何はさておき、メンディス以外で一番大事なのはロマンスノベルだって知ってますけど。
でも本当は。
「あのぅ、お師匠様…わたしはどうしたら…」
「どうしたらって、あなた、結局アシュラン王子の求婚を受けたの?」
「…受けたというか…アシュラン様がみんなに言いふらしちゃったので、何となく決定しちゃったみたいな…」
言葉を濁すと、師匠はええー? と眉を顰めた。
「駄目よそんなの。一生に一度のプロポーズをそんな曖昧にしちゃうなんて私の美意識が許さないわ。王子も私と同類だと思ったのに…何をやってるのかしら?」
ちょっと王子は? などとその辺の侍女などに聞くものだから、みんなビビッてしまっている。
「アシュラン様は、王様のところに寄りましたけど…」
もちろんそれはシルヴァのことを頼みに行ったのと、とりあえずシルヴァを部屋に隠しておくためだ。
師匠の言葉を聞いて、ああ、アシュラン様も口癖のように美意識が美意識がって言ってたな、と思い出しておかしくなった。聞いたことがある気がしたのは師匠の口癖だったからか。そりゃあロマンスノベルが愛読書の師匠ならば、プロポーズのシチュエーションにはこだわりがあるだろう。
(…そう言えば、メンディスとは、どうだったのかな?)
と、今まで気にも留めなかったことが気になった。普通の夫婦とは違うかもしれないけれど、事実上は変わらない大切なパートナーであることは間違いない。
いつか機会があったら聞いてみよう、とラシルは思った。師匠では素直に話さないかもしれないから、駄目ならメンディスに。
「リコ様、お呼びですか?」
アシュランが顔を出して、師匠が食って掛かろうとしたところではたと気づいた。
「あら。まぁ、いいじゃないの。そうよね、そうでなくっちゃ」
「そうでしょう? 義母上、義父上、どうか証人になってくださいね」
「オッケー!」
軽く答える師匠に、ラシルが戸惑う。
(ええっと、今アシュラン様、お師匠様とメンディスのことを、義母上、義父上って言った?)
そしてアシュランを見れば。
さっきまで着ていた、王族にしてはラフな普段着とは違う、白い上下は光り輝くような光沢を放ち。知っているわけではないので自信はないが、おそらく肩に縫い付けられているのは王家の紋章だろう。国を挙げての正式な式典などでしか着ないような正装で、アシュランはラシルの前まで来ると、すっと跪いた。
「え、ええ!?」
そしておもむろに片手でラシルの手を取ると、反対側の手を自分の胸に掲げ、厳かに告げた。
「私、王国ヴィダルの王子、アシュラン・ヴィダルは、ルート・オブ・アッシュの見習い魔女、ラシルに求婚します。――――受けていただけますね?」
最後の最後だけちょっと悪戯っぽく笑って、ラシルを見上げた。
ラシルは―――泣いてしまって、涙でもうアシュランの顔が見えなくなった。
「はい――――お受けします」
ようやく声を発すると、よかった、と素の安堵が聞こえ、それから立ち上がったアシュランがラシルを抱きしめた。
「ありがとう、ラシル。…好きだよ」
ああ、その言葉が聞きたかったんです、とラシルは思った。
「わたしも、アシュラン様が、大好きです」
腕の中でそう言うと、しあわせにする、と力強い言葉が聞こえた。
ゆっくりと腕を離しかけて――――今度こそ、アシュランはラシルの唇にキスをした。
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