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王子の求婚
王子の求婚
しおりを挟む城門の衛兵は万一ドラゴンが現れても大丈夫なように、アシュランの隠密行動をしていた、例の家出中の黒子たちに交代していたので、事情を説明するとあっさりと外に出ることができた。
「…どこにいるんだろう…」
目の前にはすぐ森が広がってはいるが、ドラゴンの姿は見当たらない。
ラシルはそっと胸元のペンダントに触れてみた。
「これ…使ってみてもいいですかね?」
アシュランを見上げて問うと、アシュランはやさしい顔になって微笑んだ。
「いいんじゃない? それはラシルにしか使えないんだから、使うかどうかの判断もラシルじゃなきゃできないよ」
ラシルは、そっと笛を持ち上げて口元に持っていく。ふ、と軽い息を込めた。
それは何の音に一番近いだろう。
ラシルが今までに聴いたことのある楽器などたかが知れてはいるが、どこかで聴いたような懐かしい響き。
(ああ…そうだ。ルート・オブ・アッシュの地下水脈かも)
ラシルが拾われたという世界樹の根元の地下を脈々と流れる水流は、やわらかくやさしく心地よくて、子供の頃からよく聴きに行っていたことを思い出した。
「きゅうっ!」
可愛い声が響いて、目を開けると―――森の中から子供ドラゴンが飛び出してきた。
「…あーやっぱり可愛いー」
「…そうだね」
相変わらずまっすぐラシルにしか向かわないのがアシュランには少々面白くないが、ラシルがドラゴン使いの末裔と知っては致し方ない。
「えっと、お前だけ? お父さんかお母さんは?」
「きゅ」
と答えるように森の中に顔を向けると、さすがに姿を現すのはまずいと思ったのか親ドラゴンがひっそりと森に同化していた。
「アシュラン様、あっち行ってもいいですか?」
「俺がラシルの行くところについていくだけだよ」
ラシルは軽やかに歩き出して、やっぱり枯れ枝に足を取られてつんのめり、寸でのところでアシュランに腕を掴まれた。
「ここまで来るのに、何回転んで何回転びかけたか、言おうか?」
「いやー、やめてください、わかってます、わたしがドジっ子なのは! 追い討ちかけないでー」
顔を隠すようにして叫んだのは、赤くなってしまうからのようだった。ほんの二、三日前まではあまり気にしていなかったようなのに、と思うと可愛くておかしかった。
ラシルは、親ドラゴンに近づくと、擦り寄ってきたドラゴンを抱きしめるように両手を伸ばした。
あ、ああ、いいなぁそれ。俺もしてほしい、などとアシュランが思ったのは余談だ。
「ドラゴンさん、昨日は助けてくれてありがとう」
ラシルが告げると、きゅ、と笑ったように見えた。まるでどういたしまして、とでも言うように。
「あのね、あなたたちの姿が見えると、よくないことを考える人もいるらしくて…おうちに帰っていいんですよ? わたしはもう、大丈夫だから」
本当に? と言うように、
「きゅ?」
と首を傾げる。
「本当に大丈夫です。あの、アシュラン王子様が、わたしを守ってくださるから…」
(うわあ、ふいうち!)
突然のラシルの言葉に、アシュランはその場に崩れそうになった。いやいや、ラシルがあんなふうに言ってくれるのだから、もっとしっかりしなければ。と自分を叱咤する。
子供ドラゴンが、しれっとした顔でアシュランを見ている。
(あ、口が利けたら、ほんとかー? なんて言ってる顔だな)
あいつ、やっぱりむかつく、と内心毒づいた。或いはそれはライバル意識のようなものか。
「はい。何かあったら呼びますね。それから、あなたのお友達はまだいるんですか? …そう、ではいつか逢わせてもらえますか? …ありがとう」
それだけ言うと、ラシルはドラゴンから離れた。いつの間にか、ちゃんと会話ができるようになっているようでアシュランは単純に感心した。
「…言葉が通じるの?」
「ああ…はい、何となくですけど、言語ではなくて何か理解できるような…うまく言えないんですけど」
それが、血というものなのだろう。アシュランの中にも僅かにドラゴン使いの血は流れている筈だが、王族の中にもドラゴン使いは現れる時と現われない時があるのだ。血の濃さはあまり関係がないのかもしれなかった。
「まだ仲間がいるって?」
「はい、そんなに多くは残っていないそうですけど…いつか逢わせてもらえるそうです」
ドラゴンは名残惜しそうにきゅうっと一鳴きして、静かに羽根を広げると森の奥へ帰っていった。
そこに残されたのはラシルと、アシュランと――――子供ドラゴン。
「あれ、お前は帰らないのかよ!」
「ほ、本当ですよ!」
憎らしいライバルが消えると喜んでいたのに、とアシュランは苦い顔だ。
「一緒に、来たいんですか?」
ラシルが訊くと、嬉しそうにきゅ! と鳴いた。
「っていうか、そんなちっちゃくてもドラゴンはドラゴンなんだから、城壁の中へ入れるわけにいかないだろう!?」
「いかない…ですよねぇ…」
ラシルまで残念そうに言い始めたので、アシュランは戸惑った。
「いや、ラシル、こいつ、さっきのドラゴンの子供じゃないのかな?」
親と引き離すわけにはいかないとか何とか、言い訳になると思ったのだが。
「それが…違うみたいですよ。この子が言うには、さっきのドラゴンとは種類が違うんですって。だから、大きくなってもサイズが変わらないらしくて…」
ラシルはもう目を輝かせている。
「まさかと思うけど…飼う気?」
「駄目ですか…?」
そんな上目遣いで訴えるように俺を見ないで! と今度はアシュランが心の中で叫ぶが、当然ラシルに聞こえるわけもなく。
「…父上に、相談してみよう」
「ありがとうございます!」
とりあえず子供ドラゴンを隠して城内に持ち込むことにした。初めはラシルがドレスのスカートの中に隠すと言うのを全力で却下して、アシュランのマントの中に隠した。ドラゴンは大層嫌そうだったが、ラシルのためを思ってか渋々従った。
「あのさ、こいつの名前だけど…」
「はい」
名づけを頼まれていたことを、忘れていたわけではない。
「シルヴァ、とか、どうかな? ラシルの名前からと―――ちょっと銀色っぽいし」
「…素敵です! いいと思います! シルヴァ、シルヴァだって! よかったね!」
アシュランのマントの中で、シルヴァはきゅう、と小さく鳴き、嬉しいのか不満なのか判断がつきかねたアシュランに、ラシルはこっそり、
「気に入ったみたいですよ」
と耳打ちした。
可愛いところもあるじゃないか、とアシュランも破顔した。
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