ルート・オブ・アッシュの見習い魔女(王国ヴィダルの森の中)

有栖川 款

文字の大きさ
上 下
25 / 31
真実の縁談

真実の縁談

しおりを挟む

 ラシルの居心地の悪さをものともせずに、みんながみんな一頻り笑い倒してから、息も絶え絶えになったイシュタス王が口火を切った。
「いや、実に面白いお嬢さんだ」
「…面白さなんて追求してません!」
 ラシルはぶすっとするが、
「そんな顔も可愛いね」
 とアシュランがのたまったのでひっくり返りそうになった。
「オークの魔女が言っていただろう? その笛は、持っている本人じゃないと扱えないって」
 アシュランが記憶を辿るように問いかけてラシルも思い出した。
「…そういえば、言ってたかも…」
「正確には本人というよりは、ドラゴン使いの血筋の者、ということだけどね。誰のものかもわからないものを、王国の歴代のドラゴン使いは使ってたわけだから」
 だから、とアシュランはラシルを安心させるように続けた。
「だから、それはラシルにしか使えないんだよ。笛だけ返してもらっても意味はないんだよね」
「じゃあ、どういう、ことなんですか」
 ラシルがドラゴン使いで、そしてそれをどうすればいいのか、さっぱり理解も想像もできない。
「これを、見たことがあるね?」
 王が机の引き出しから取り出したのは、冊子のような―――お見合い用の肖像画だということはすぐにわかった。
「はい。あの、お見合いの肖像画ですよね? えっと、メデルのリリアナ姫の」
「うん、途中までは合ってるけどね」
 まあ見てご覧、と差し出されて、体を起こして受け取る。
「ええと…あのお姫様の絵を見るのは、正直気が進まないんですけど…」
 でも王様に言われちゃったら断れない。そう思って覚悟を決めて表紙を開いた。
「……あれ?」
 恐る恐る目を開けてみると、封印が解けて視力が上がったラシルの目に映ったのは―――わたし?
「あ、あれ、これ、わたしですか? ど、どうして」
 ああ、確かに今見たら、この眼鏡は有り得ないかも。ダサすぎるかも。肖像画で見たら尚更どうにもこうにも恥ずかしい。だって。
 視力がよくなって初めてラシルは自分の顔をまともに見た。さっき、王の執務室へ来る途中の廊下の巨大な鏡で。
 ラシルが覚えている最終的な自分、思春期前後のにきびが多かったり瞼が腫れぼったかったり、何だかぱっとしない味噌っかすだと感じていた自分はどこにもいなくて。
 蛹が蝶になった、という表現を自分に当てはめるのはおこがましいとは思うけれど、一番当てはまっていると感じられるほど――――か、可愛くなってるんじゃないですか? わたし。と思うとかなりにやけた。
 そしてそれは、アシュランと並んでも少しは釣り合いが取れるだろうか、という気持ちにも直結していた。
 で。
「あの、わたし、こんな絵描いてもらった覚えはないですけど、お師匠様!」
 そもそもルート・オブ・アッシュの森には三人しかいないのだ。絵描きが来た記憶などないし、たまの街へのお遣いでもそんな人に逢ってもなければ場所にも行っていない。
「それは俺が描いたんだ」
 しれっと、出された紅茶を優雅に飲みながら、答えたのはメンディスだった。
「ええ? そうなんですか? メンディス、絵がお上手なんですね、知らなかった…じゃなくて!」
 そりゃあ、同じ家に暮らしていたらいつでも描く時間は作れるだろう。いつもポーズをとらなければいけないわけでなし。でもそういうことじゃない。
「どうして、わたしの肖像画がここにあるんですか!」
「それは、ラシルが俺のお見合い相手だからだよ」
 にっこりと、そして間近でアシュランに告げられて、ラシルは絶句した。
 見合い用肖像画は見合いをするために描くものだ、それはわかっている。
 そしてルート・オブ・アッシュのような辺鄙なところにいた時はわからなかったが、アシュランと出逢って自分もそういう年齢なのだということはわかってきた。わかってはきたが、それはあくまでも一般論でしかなかった筈で。
 だからといって、何故ラシルが一国の王子の縁談になど上がっているのか。
「まあ、落ち着きなさいよラシル」
 ずっとぶつぶつ小言を言う以外は黙っていた師匠が、これまた優雅に紅茶を啜りながらやっと口を開いた。
「…初めから、お師匠様がちゃんと説明してくれたらよかったんじゃないですかぁ?」
 図星を刺されて気まずかったのか、師匠はごほん、とわざとらしく咳をして話し始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

こな
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

処理中です...