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王国の秘密
王国の秘密2
しおりを挟む突然、ばさばさっと大きな羽音が聞こえて、天上から勢いよく降りてきたのは―――師匠、リコとメンディスだ。
リコは自身のトネリコの杖から魔法を使い、ドリーの雷と相殺した。
「…お師匠様!!」
「はあい、ラシル。情けない顔してるわねぇ」
ええ? 今そういうこと言うんですか。もうちょっとやさしい言葉がほしかったと思うのは我儘だろうか。
「久しぶりね、ドリー」
「…本当ね、リコ。相変わらず、ちんちくりんね」
「な、何ですってー!!」
ちんちくりん、と言われて怒りに身を震わせたリコは、黒のベロアのドレスは短めで、三角帽子も小さめだ。その下に見える髪は艶やかな黒で、肩の辺りでくるんとウェーヴを描いている。まだあどけなくさえ見える肌は滑らかに白く、目鼻立ちも整って菫色の瞳がくるくると忙しく動く。文句なしに美しい人形のような造形なのだが、いかんせんドリーと比べると確かにちんちくりんと言われても無理はないほど幼く見える。
「私は、私を気に入ってるんだから、あんたにとやかく言われる筋合いはないっ!!」
叫んで、それからきっとラシルを見た。
「ラシル、早くあのドラゴンたちを助けなさい!」
「え、ええ!? わ、わたしがですか!」
どうやって、と叫んだラシルに師匠はぴっと指を差した。
差した場所は――――ドリーが狙っていた、胸のペンダント――笛だ。
「これ……」
そう言えば、さっきこの笛を吹いたらドラゴンがおとなしくなったのだ。深く考えていなかったが、この笛は。
「それはドラゴンの笛。その笛があればドラゴンを自由自在に扱えるのよ」
「!」
上空を見上げると、親子ドラゴンがきゅうきゅうと鳴き続けている。
ラシルは笛を手に取るとやさしく吹いた。どのように吹けばいいのかなんてわからなかったが、気持ちを込めようと思った。
その音に反応してドラゴンは前脚を大きく動かし、切れた網がひゅるり、と魔法が解けたように消え、彼らは解放された。
「ふん、最大の武器を手に入れちゃったわけね」
「…ラシル、あんたはどうしたいの?」
師匠に静かに問われて、ラシルはえ、と顔を上げた。
「ドラゴンはあんたの言うことなら何でも聞くわよ? あの目障りな魔女をやっつけることもね」
言われてドリーは目を瞠った。
「…お鉢が回ってきちゃったわ」
いやあねぇ、とあまり動じてもいないようではあったが。
えっと、お師匠様。それは個人的な怨恨ではないんですか。とは思ったが、もちろんこの場で言うことでもない。
「……ラシル」
アシュランが、一瞬咎めるような声になる。報復をするという選択肢はないのだろう。それだけ魔女は世界でも貴重で大切に扱われる存在でもある。何より、アシュランは王国のドラゴンが誰かを傷つけるような、そんな手段を使ってほしくないと思っていることが感じられた。
(アシュラン様、でも、それはわたしをちょっと見くびってます)
ラシルは、笛を口にして、静かに吹いた。
親ドラゴンがすっと浮き上がり、ドリーの前に立つ。
「ラシル!」
ぐわっと子供とは比べられない大きさの口を開いて、そこから巨大な火を噴いた。
「きゃ…!」
逃げようとしたのだろうが、その炎はドリーの体だけを包み込み―――――収まった時には服だけが焦げたドリーが立っていた。
「あら、いい姿になったじゃない」
リコは嬉しそうにからかう。ドリーは予想外だったのか憤然として、踵を返した。
「今日のところは帰ってあげるわよ! 覚えてなさいよ、リコ!」
「えー? 私なの?」
師匠は納得いかない口調で追いすがるが、もうドリーには聞こえてはいないだろう。魔法でか、或いは箒に乗ったか、師匠のように翼を持つ使い魔であれば、それか――あっという間に森から去っていったことは間違いない。
「ラシル!」
呆然と立ち尽くすラシルに、アシュランが近づいて抱きしめた。
「アシュラン様…」
「少しでも疑ってごめん」
君はちゃんと森を、ドラゴンを守ってくれたのに。
「いいえ、わたしの方こそ、大切なドラゴンを退治するなんて…知らなかったとはいえすみませんでした」
「…いいよ、ラシルに退治できるとは思ってなかったし」
えー、それはどうなの、と釈然としない気がしたが、アシュランも照れているのだと気づいた。…どうして?
「アシュラン様、顔が赤いですよ?」
指摘するとええっと顔を押さえて、それから訝しげにラシルをまじまじと見た。
「ラシル…目、見えてるの?」
「……あ!」
ベルナールに外されたままの眼鏡は手元にはない。なのにラシルにはアシュランの顔も―――周りの人や物も鮮明に見えている。
笛が浮き上がった時、何かが弾けたような気がしたのは、これだったのか、と思った。
「ああ…封印が解けたわね」
師匠がにこやかに歩いてきてラシルの前に立った。今頃気づいたが、ラシルはいつの間に師匠の背を追い越していたんだろう。ラシルもそれほど大きいわけではないが、師匠はこんなに小さかったのか、と思った。
「封印、ですか」
「そう。あなたねぇ、年頃になって急に綺麗になっていくから目障りだったのよねぇ」
「え、ええ!? そ、そういう理由なんですか!?」
ラシルは愕然として、でも問い質す口調になった。
しかし師匠は眉を顰めたまま。
「ルート・オブ・アッシュの森には、強大な魔力が働いているでしょ? だからあなたに目をつける輩も多かったのよ。美しくなればそれだけ注目も集めるしね。だから、あの眼鏡で封印してたの」
「……」
ああ、やっぱり。この意地っ張りで素直じゃない魔女は、ラシルには結構甘いのだ。
守ってくれていたのだ、と思うと涙が出そうになった。
「…ラシルが魔法を使えないのも封印のせいですか?」
ラシルの肩を抱いたまま、アシュランが師匠に問いかける。
「いいえ?」
師匠はにっこりと微笑んだ。可愛い女の子が好きな男性には効果覿面の笑顔だ。
「ラシルが魔法を使えないのは当たり前よ。だってラシルは魔女じゃないもの」
「え、ええ!? そ、それはわたしが…お師匠様に拾われた捨て子だったからですか?」
魔女になるには血がいる。血筋である。素質がなければ魔女にはなれない。だからこそ、師匠が拾って見習いとして育ててくれた以上、ラシルにも魔女の血が流れているものだと思っていたのに。
「まあ、そう言えばそうね」
「…じゃ、じゃあ、どうしてわたしを拾ったんですか?」
まさか可愛かったから、なんて答えは期待してはいないが、何の素質もない子供だったら拾われていたとは思えない。放置まではせずとも、然るべき養子先を探すなりしたであろう。
ルート・オブ・アッシュの森は、師匠でなければ住めない場所なのだ。
「まだ気づいてないの?」
「何がですか」
「その、ドラゴンの笛。どうしてあなたが使えると思うの?」
「――――…わかりません」
師匠はふう、と溜息をつくと仕方なさそうに頷いた。
「まあ、そうね。いろんなことをわざと教えなかったことは否定しないわ」
そして、アシュランとラシルを交互に見て、もう一度笛を指差して告げた。
「ラシルが魔法を使えないのは当たり前。それはあなたが魔女じゃないから。ラシル、あなたはね―――――ドラゴン使いなのよ」
いろんなことが急激に襲い掛かってきて、ラシルはそこで限界を迎えた。
師匠のその台詞を最後に、気を失ってしまったのだった。
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