ルート・オブ・アッシュの見習い魔女(王国ヴィダルの森の中)

有栖川 款

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王国ヴィダルの軽薄王子

王国ヴィダルの軽薄王子4

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 食後のコーヒーをゆったりと飲みながら、アシュランはラシルに告げた。
「提案なんだけどさ、どうせドラゴンを退治しなきゃいけないのなら、このまま森にいればいいんじゃない?」
「は? 何でですか?」
「だって城まで行っても父上と話をしたらまた戻ってこなきゃいけないわけでしょ? 二度手間だと思うけど」
 その言葉の裏には、門まで辿り着くのにラシルの足ではどれほど大変かという含みがある。そのくらいはラシルにもわかる。
「でも、王様にお逢いしてご挨拶しないわけにはいきません」
 正式な依頼を受けた者として、王城に向かうのは当然の礼儀だ。
 でも、アシュランはあっさり流した。
「ああ、それは大丈夫。誰かに行ってもらうから」
 さらっと言って森の中のどこというでもない場所を指差す。
 だから! そういう問題じゃない! とは思うが以下略。
「それに、父上は大雑把だから、そういう形式ばった面倒なことは好きじゃないから、大丈夫」
 何が大丈夫なのかさっぱりわからないが、ふと閃いてラシルは問いかけた。
「……それって、わたしのためだけでもないですよねぇ?」
 ラシルにしては勘が働いたというべきか。アシュランは世の中の女性が黄色い悲鳴を上げそうな笑顔で頷いた。
「察しがいいね。俺もいつまで家出してなきゃいけないかわからないし、見習いとはいえ魔女と一緒にいられたら安心だなぁって。いくら家臣がいてくれても野生動物とか怖いし、ましてやドラゴンがいるなら尚更ね」
「……」
 アシュランの言いたいことが見えてきてラシルは背中に冷たい汗をかき始めた。ええっと、それはつまり。
「何かあっても魔法を使える魔女がいるなんて、心強いよね!」
 初めに隠した罰なのか。アシュランの言葉には屈託がなく、ラシルはどうすれば切り抜けられるのか考えもつかない。悩んだ挙句、別のところから踏み込んでみた。
「……あのぅ、王子様はいずれ家出はやめるつもりなんですか?」
「もちろん」
「お城に帰るってことですか?」
「もちろん」
 にこやかに当たり前のように答えられるとどうしていいやら。
「…勘当されてるかも、と仰いませんでしたっけ?」
「言ったね」
「…じゃあ、どうして」
 帰れるんですか? という無言の問いはあっさりと回答された。
「要するにあれだよ、勘当したっていう言い訳でもって、例の姫君の縁談を父上が断ってくれたら、大手を振って帰れるだろう? ってこと」
「―――……そういうの、ありなんですか?」
 疑惑の目を向けたラシルに、アシュランはちょっとだけ困った笑顔になった。
「ありだね。だって俺は一人しかいない貴重な跡継ぎだから。余程のことがなければ本当に勘当なんてできないし…父上だけじゃなく国中に必要とされてるってことだよ」
 それは嬉しいことなのか、ラシルにはわからなかった。人は誰でも誰かに必要とされたいものだが、王子とは国のため、血を繋ぐための存在なのか。
 それは何だかさみしい、と思った。
「……王子様は、ご自分で好きになった女性とか、いなかったんですか?」
 ロマンスノベルでは身分違いの恋も珍しくない。みんな様々な障害を乗り越えて幸せになっている。
 でも、ラシルの何気ない言葉は、きっとアシュランを傷つけた。
 アシュランは、どこか遠くを見る目になったが、アシュランの年齢を考えれば、それはそんなに遠い過去ではない筈だ。
「…何人かいたけど、みんな田舎の純粋な娘さんだったからさぁ…俺の身分がわかると身を引いたり身内が命乞いをしてきたり、家族ぐるみで夜逃げした、なんてこともあったね」
 取って食ったりしないのにね、と苦笑する。
「……」
 王子の身分にこそ目の色を変える貴族の娘たちとは違う、そんな女性にこそアシュランは惹かれ、でもだからこそそんな女の子には王子という身分は重すぎたのだろう。
 ラシルは自分が話題を振ったにも関わらず、アシュランの過去に少し胸が痛み、その理由に悩み、そしてそれはロマンスノベルのようにうまくはいかない現実に憤ったからだと結論付けた。
「……好きな人と結婚できないなんて、そんなの酷い…!」
 言いながら、ぼろぼろと大粒の涙が零れていた。
「ラ、ラシル?」
「王子様…可哀想…!」
 ラシルの涙は一向に止まらず、曇ってしまった眼鏡を外した。
(あ…)
 アシュランは固まってしまった。
 平常であれば同情されるなんてまっぴらだ、と思う筈なのに、ラシルの言葉には素直な気持ちがこもっていて純粋に嬉しかった。
 それに何より。
 ラシルはきっと知らないのだろう。その不恰好で不自然な眼鏡を外したら、自分がどんなに――――美少女なのかということを。
 昨日も見合いの理不尽さに怒ってくれたラシルが、すごく、すごく可愛いと思う。
 だから。
「ラシル、泣かないで。まるで俺が泣かせたみたいじゃないか」
「だって…!」
 向かい合ったテーブルの椅子から立ち上がり、ラシルの傍へ回り込む。泣いたまま、近づいてきたアシュランに気づき何気なく顔を上げたラシルの涙を拭いながら頬を撫で、そのまま唇を―――――重ねようとした。
 その時。
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