ルート・オブ・アッシュの見習い魔女(王国ヴィダルの森の中)

有栖川 款

文字の大きさ
上 下
11 / 31
王国ヴィダルの軽薄王子

王国ヴィダルの軽薄王子

しおりを挟む


 王子という身分でたまに付き合っている近衛騎士団の訓練を終えると、アシュランはその日珍しく王に呼び出された。
「アシュラン王子、陛下がお呼びです」
「え? 珍しいな、父上が俺を呼び出すなんて」
 一番の側近にとぼけたように言ってみせると、彼もまた小さく微笑んだ。
「あれじゃないですか? またお見合いの話」
「あー、そうか。有り得るなぁ」
 アシュラン王子は現在十九歳。そろそろ妃を持っておかしくない。それでなくても一人息子で王には王女もいないのだから、早く妃を迎え世継ぎを、というのは王としては自然な願いであろうし国としても重大な問題である。
「面倒だなぁ…お嫁さんなんて来ちゃったら遊べないじゃない。ねぇ?」
「そういうことを仰るから国の者が皆、あなたをチャラ王子とか言うんですよ?」
 巷でまことしやかに流れる噂話を、アシュラン本人も知らないわけではない。
「言いたい人には言わせておけばいいんじゃない? 遊ぶのは好きだしね。可愛い女の子も大好きだし」
 悪びれた様子もない。
 側近は呆れたように肩を竦めた。半ば諦めている。
「王子が気になさらなければ結構ですが。陛下もそのような瑣末なことは気にされないでしょうし」
「うん、理解のある王でよかったよね」
 と、どこまでも他人事のようなアシュランだった。
 執務室の前に立つとドアをノックする。
「父上、アシュランです」
「おう、入れ」
 ざっくばらんな口調の王の声が聞こえ、アシュランはドアを開けて中へ入った。側近は外で待機だ。
「父上、何か用ですか」
「お前は本当にあっさりしてるな。もう少し何とかならんのか」
 父としても息子は可愛いので構ってほしいことを言外に訴えているが、アシュランはいつもそっけない。
「はあ…でも俺ももういい年なんで、あまり子供扱いされても困ります」
 当然のように突き放すと王はむぅ、とむくれた。正論なだけに反論できない。気を取り直したように引き出しの中から本のようなものを取り出した。―――例の肖像画の装丁のようだ。
「あー…やっぱりお見合いの話ですか?」
「やっぱりとは何だ、こんな辺境に来てくれる妃を探すのは大変なんだぞ」
 とにかく見てみろ、と乱暴に差し出す。
「…そうかもしれませんけど、俺だって誰でもいいというわけでは……」
 渋々といった体で表紙を開いて、アシュランは目を見開いた。
 問いかける視線で王を見る。
 王も慎重に口を開いた。
「…これには理由がある」
 聞くだろう? という無言の問いに、アシュランは珍しく真面目な顔をして頷いた。


   *


 しばらくして王の執務室を出てきたアシュランは、側近ににっこりと微笑んだ。
「待たせたね」
 いつもより少し長かった気がするのは、気のせいだろうか。
「お話は終わられたんですか」
「うん、終わったよ。それでね、ベルナール」
 今日のおやつは何かなぁと、その後に続きそうな話し振りで側近の名を呼ぶ。
「何でしょう」
「俺は、家出することにしたよ」
 たっぷり一分は沈黙していたかもしれない。終始笑顔のアシュランと何とも言えない表情で眉を歪ませているベルナール。
 やがて、意を決したように問いかけた。
「――――――――……はあ?」
 それは問いにすらなってはいなかったが。
 側近たるもの主人の命には絶対服従、などと思っているわけではない。むしろ主人が道を踏み外しそうな時にこそ手綱を取る役だと思っている。
 だから、優秀な側近であるベルナールは、痛む頭を抑えながら、小さく声を振り絞った。
「…もちろん、理由をお聞かせ願えますよね?」
 やだなあ、当たり前だろ? とアシュランの苦笑に、あまり信用できません、と冷酷に告げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

こな
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...