7 / 31
王国ヴィダルの森の中 ふたたび
王国ヴィダルの森の中 ふたたび2
しおりを挟む「あれぇ? 珍しいお客さんだ」
突然聞こえてきた声にラシルはびくっとして飛び起きた。眠っていたわけではないが、泣き疲れてしゃがんでいたので咄嗟に動けない。慌てて立ち上がるが躓きそうになり、おたおたして飛び出した木の根っこに強かに向こう脛を打った。
「あう……っ!」
(い、いた…痛いけど、泣かない!)
泣きそうになった声を必死で堪える。
「あのぅ…! だ…誰ですか?」
自他共に認めるのんびりな性格だが、さすがのラシルも警戒する。森には殆ど人がいない筈で、ラシルのように王国を目指す旅人は稀だし、それ以外であれば―――森を根城にしている逃亡者や罪人、という可能性の方が高い。
「それはこっちの台詞だけど?」
広場の端から顔を出し、爽やかに言って首を傾げたのは、若い男だった。十代後半から二十歳そこそこだろう。
そしてここが肝心だが、非常に美男子であった。
日頃、歳の近い男性を見ることすらないラシルは呆気に取られ、彼に見入ってしまった。
程よい長身は、細身だが引き締まった精悍な体躯。肌は白く滑らかで、麗しいほど艶めくプラチナブロンドの髪に碧の瞳。
そして何より、深い森の中にいるのが不自然なほど、質の良い清潔な服装をしている。
まるで。
(お師匠様の大好きなロマンスノベルに出てくる、王子様みたい…)
ラシルは率直な感想を浮かべた。
彼はラシルが答えないので、つかつかと近づいてきて同じ質問を繰り返した。
「で? 君は誰なの?」
「え、あ、え。…きゃあ!」
素っ頓狂な悲鳴を上げてしまったのは、青年が立ち上がったラシルをそのまま後ろの木に押し付けて―――――触れそうなほど近くまで顔を寄せてきたからだ。
「あ、あ、あの! わたしは! ただの旅の者ですっ! 王国ヴィダルに用があるんです!」
直視できなくて顔を背けながら、でもいきなり名乗るのはよくない、という判断はついた。でもそんなことはお見通しのようだった。
「俺は名前を聞いてるんだけど?」
嘘だ。
誰とは言ったが名前とははっきり言わなかったじゃないの、と思うが反論できない。これは間違いなく脅迫なのだが、それにしては相手が見目麗しすぎた。そしてラシルはまだ恋も知らない十六歳で、滅多にお目にかかれない美しい青年に屈してしまうのは無理もなかった。
「ラシル、ラシルです! ルート・オブ・アッシュから来ましたっ!」
開き直って叫ぶと、彼は一瞬目を見開き―――そしてラシルからゆっくり離れた。
「へえ…君がかの有名なルート・オブ・アッシュの魔女?」
面白そうに言う辺りわかっている筈なのに。完全にラシルをからかう口調だ。
「違います! それはわたしのお師匠様です!」
「知ってるよ。正規の魔女は黒のドレスだし。帽子も被ってないところを見ると、君は見習い?」
「…そうですよぅ…」
ほらみろ、知ってるくせに。心に浮かぶ文句も口には出せない。
彼が美し過ぎるからということを差し引いても、日頃から師匠やメンディスにいじられっぱなしなので、文句を言うという習慣がラシルにはない。心の中で毒づくのが精一杯だ。
そして魔法が使えないということも、わざわざ白状する必要はないと判断した。弱みを見せるだけだ。
「わ、わたしが名乗ったので、あなたも名乗ってくださいよぅ…」
小さな反論を試みる。見た目で人を判断してはいけない。こう見えて極悪非道の犯罪者かもしれないのだ。
返事が返ってくるとは思ってなかったが、彼はあっさりと答えた。
「俺はアシュラン。君がこれから向かう予定の、王国ヴィダルの王子だよ。―――ようこそ、王国ヴィダルへ」
もう、この森は国の敷地内だからね、と優雅な仕草で迎え入れるように手を広げ、にっこりと言われてラシルは面食らった。
しばらく呆然と彼の顔を見ていた。
その言葉の意味を理解するのに時間がかかっただけなのだが、その分綺麗な顔を見つめられたのは役得といえるかもしれない。
だが、やがてはっとして叫んだ。
「ほ、ほ、ほ、本当に、王子様だった――――!」
今度は無意識に叫んでしまった感想は、些かズレているというしかなかった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
こな
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる