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王国ヴィダルの森の中 ふたたび
王国ヴィダルの森の中 ふたたび2
しおりを挟む「あれぇ? 珍しいお客さんだ」
突然聞こえてきた声にラシルはびくっとして飛び起きた。眠っていたわけではないが、泣き疲れてしゃがんでいたので咄嗟に動けない。慌てて立ち上がるが躓きそうになり、おたおたして飛び出した木の根っこに強かに向こう脛を打った。
「あう……っ!」
(い、いた…痛いけど、泣かない!)
泣きそうになった声を必死で堪える。
「あのぅ…! だ…誰ですか?」
自他共に認めるのんびりな性格だが、さすがのラシルも警戒する。森には殆ど人がいない筈で、ラシルのように王国を目指す旅人は稀だし、それ以外であれば―――森を根城にしている逃亡者や罪人、という可能性の方が高い。
「それはこっちの台詞だけど?」
広場の端から顔を出し、爽やかに言って首を傾げたのは、若い男だった。十代後半から二十歳そこそこだろう。
そしてここが肝心だが、非常に美男子であった。
日頃、歳の近い男性を見ることすらないラシルは呆気に取られ、彼に見入ってしまった。
程よい長身は、細身だが引き締まった精悍な体躯。肌は白く滑らかで、麗しいほど艶めくプラチナブロンドの髪に碧の瞳。
そして何より、深い森の中にいるのが不自然なほど、質の良い清潔な服装をしている。
まるで。
(お師匠様の大好きなロマンスノベルに出てくる、王子様みたい…)
ラシルは率直な感想を浮かべた。
彼はラシルが答えないので、つかつかと近づいてきて同じ質問を繰り返した。
「で? 君は誰なの?」
「え、あ、え。…きゃあ!」
素っ頓狂な悲鳴を上げてしまったのは、青年が立ち上がったラシルをそのまま後ろの木に押し付けて―――――触れそうなほど近くまで顔を寄せてきたからだ。
「あ、あ、あの! わたしは! ただの旅の者ですっ! 王国ヴィダルに用があるんです!」
直視できなくて顔を背けながら、でもいきなり名乗るのはよくない、という判断はついた。でもそんなことはお見通しのようだった。
「俺は名前を聞いてるんだけど?」
嘘だ。
誰とは言ったが名前とははっきり言わなかったじゃないの、と思うが反論できない。これは間違いなく脅迫なのだが、それにしては相手が見目麗しすぎた。そしてラシルはまだ恋も知らない十六歳で、滅多にお目にかかれない美しい青年に屈してしまうのは無理もなかった。
「ラシル、ラシルです! ルート・オブ・アッシュから来ましたっ!」
開き直って叫ぶと、彼は一瞬目を見開き―――そしてラシルからゆっくり離れた。
「へえ…君がかの有名なルート・オブ・アッシュの魔女?」
面白そうに言う辺りわかっている筈なのに。完全にラシルをからかう口調だ。
「違います! それはわたしのお師匠様です!」
「知ってるよ。正規の魔女は黒のドレスだし。帽子も被ってないところを見ると、君は見習い?」
「…そうですよぅ…」
ほらみろ、知ってるくせに。心に浮かぶ文句も口には出せない。
彼が美し過ぎるからということを差し引いても、日頃から師匠やメンディスにいじられっぱなしなので、文句を言うという習慣がラシルにはない。心の中で毒づくのが精一杯だ。
そして魔法が使えないということも、わざわざ白状する必要はないと判断した。弱みを見せるだけだ。
「わ、わたしが名乗ったので、あなたも名乗ってくださいよぅ…」
小さな反論を試みる。見た目で人を判断してはいけない。こう見えて極悪非道の犯罪者かもしれないのだ。
返事が返ってくるとは思ってなかったが、彼はあっさりと答えた。
「俺はアシュラン。君がこれから向かう予定の、王国ヴィダルの王子だよ。―――ようこそ、王国ヴィダルへ」
もう、この森は国の敷地内だからね、と優雅な仕草で迎え入れるように手を広げ、にっこりと言われてラシルは面食らった。
しばらく呆然と彼の顔を見ていた。
その言葉の意味を理解するのに時間がかかっただけなのだが、その分綺麗な顔を見つめられたのは役得といえるかもしれない。
だが、やがてはっとして叫んだ。
「ほ、ほ、ほ、本当に、王子様だった――――!」
今度は無意識に叫んでしまった感想は、些かズレているというしかなかった。
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