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王国ヴィダルの森の中 ふたたび
王国ヴィダルの森の中 ふたたび
しおりを挟むさて。
歩き始めたはいいものの、いやそれほど良くもないが、ラシルは自分がどっちへ向かって歩いているのかさっぱり見当もつかない。
(…っていうか、ドラゴンにうっかり遭遇しちゃっても私の力で倒せるわけないし、どっちにしても野垂れ死に…?)
瞬間森の中で息絶えた自分の姿を想像してぞっとする。肩をさすりぶるぶると震え始めた。じわりと涙が浮かんでくる。
(本当に、お師匠様は…私を厄介払いしたいだけなんでしょうか…)
十六年育ててくれたことに感謝はしているけれど、では何故今頃になって、という思いも拭えない。
(ああ、でも一個だけ思い当たるかも…)
ラシルの酷く不器用でどうしようもないドジっ子ぶりは物心着いた頃から発揮されていた。それは生まれ持った視力の悪さにも影響しているとラシル自身は思うのだが、師匠に言わせると目が悪ければ他の機能が発達する筈なのだから、そんなことはないという。
それも一理ある気がして反論できないのだが、何よりも重大なのは。
偉大なる魔女の見習いという肩書きはどうしたものか。
ラシルは、一切の魔法を使えなかった。
師匠にどれだけ指南を乞うても、爪楊枝一つ持ち上げることができなかった。
そして、ラシルはもうじき十六歳になる。
世界魔導協会では、十六歳は一人前なのだ。
それまでに、一人前の魔法使いにならなければ、魔女・魔法使いを名乗ることはできず、見習いの籍も剥奪される。
そうすれば、ラシルはどっちにしても師匠のもとを去らなければいけない。
(…でも、だったら普通に追い出してくれたら、私だってどこかの国でひっそりと生きていくこともできるんじゃないのかなぁ…)
生きることさえ否定されたようで、ラシルは―――転ばないようにゆっくり歩きながら、べそべそと泣き続けていた。
*
あれから師匠はラシルに着替えさせ最低限の荷物だけを持たせると、さっさとツリーハウスを出てアッシュ――世界樹の下へ向かわせる。ラシルは当然玄関のドアを出るまでに何回も転び靴を履くのに手間取りドアを開けた瞬間ツリーハウスの階段から転げ落ちそうになって――実際思い切り落ちて師匠の魔法で地面と激突せずに何とか助かりながらついてきた。
「お、お師匠さまぁ」
大体そもそもドラゴンってなんですか、聞いたことはありますよありますけど見たこともないし伝説のあるいは架空の生き物じゃあないんですかと声を大にして叫びたいところだが、当然偉大なる魔女はそんなことを許してくれるわけもなく。
自分の足で歩いていては何日かかるかわからない森の中を超高速で引っ張られるラシル。
(せめて、せめてメンディスが乗せてくれたらいいのにぃ…)
そんなラシルの心の声を読み取ったようにメンディスが呟く。
「残念ながら、ラシル、俺はリコさましか乗せない」
彼は徹底したリコさま至上主義なのだ。
*
「可哀想にラシル…これで今生の別れかもしれないわね…」
「ええ、何でですか!? どういうことですか!?」
ああ、待って待って、きっとこんな言い方するということは何か引っ掛けだ、とわかるのについ反応してしまう自分が哀しい。こういう意地悪をする時には絶対何か企んでいる。
「いいこと? もう二度と言わないわよ。あなたは王国ヴィダルに行って、森に生息するドラゴンを退治してきて頂戴。それが今回の依頼なの」
「誰からの!?」
「それは王国ヴィダルの王様に決まってるでしょ?」
ドラゴンなんて、ドラゴンなんて、この世にいるとも思ってなかったラシルは動転した。
「そもそも、王国ヴィダルって、どこですか―――!!」
必死で何とか突破口を探そうとするラシルに、師匠はあっさりと壁に貼った地図を指す。そして俄かにその地図が自動的に拡大され王国ヴィダルがクローズアップされた。
ああ、あの辺なんだぁ、と無意識に確認してしまう自分が憎い。
「ここ。わかった?」
「……はい」
でも、何故ラシルがそこに行かなければいけないのか、そして何故ドラゴンを退治せねばならないのか、疑問は尽きない。
しかしラシルより遥かに上を行く師匠はラシルの疑問を全部読んだように更ににっこりと笑った。
「まぁ、要するに、荒療治という奴ね」
「…はあ」
どういう意味だろう。わからないが訊くのも面倒くさい。きっと放っておけばこのまま解説してくれるだろうと踏んで黙っていた。
果たして、師匠は嬉々として自らの案に酔いしれたように語り始めた。
「王国ヴィダルでは森を我が物顔で歩き回るドラゴンに困っている。そこでこの偉大な魔女リコ様に依頼した。確かに私ならあっという間にドラゴンを退治できると思うわ。でも、それでは面白くないし、私には他にもたーっくさん依頼があって、今は手一杯なの。そして私には弟子がいる。ということは師匠ができない依頼をこなすのは弟子の役割ってことはわかるわよね?」
「…わかりますけどぉ、それは普通の弟子の場合ですよね? わたしが行っても何も出来ないの、お師匠様だってわかるじゃないですか!」
そもそも自分が簡単に依頼をこなしたら面白くない、という発想は不謹慎ではないのだろうか。とは思うがもちろん口になんて出さない。
そうなんだけど、と師匠は神妙な顔になる。
「いつまでもあなたを魔法の使えない魔女で置いておいては魔道協会にも示しがつかないし…あなただって、いつまでもただ飯食って役に立ってないなんて居心地悪いでしょ?
だから、つまりね? 命の危険を感じるほどの非常事態になれば、あなたの秘められた魔力も現れてくるんじゃないかって―――そういうことよ!」
ただ飯食って居心地が悪いとは感じたことがなかったので、ラシルはこっそりと首を縮めた。普通の魔女が弟子入りするような手順をラシルたちは踏んでおらず、ラシルは赤子の時にリコに拾われ彼女に育てられたのだ。
だから見た目はともかく、そしておそらくは殆ど魔法で育てたのは明白なので普通の人間のようではないにしろ、ラシルにとっては母親のような感じだと勝手に思っていたのに。怖いとは言え体罰を受けたことはなく、不器用さを呆れられはしても酷い言葉でなじられたりもしていない。びくびくしたりするのはリコさまの感情表現の激しさに、あくまでもラシルがビビリであるが故で、ちょっとだけ、おかあさん、とか思ったこともある――――もちろん、絶対口には出さないが。
(ただ飯食って、役に立ってないと思っていたのかな、お師匠様は)
卑屈になってしまった気持ちが問いかける言葉を変えさせた。
「……秘められてるんでしょうか? わたしの魔力」
「それはわからない!」
自信満々に言われてラシルはがくっと膝をつきそうになって、何とか堪えた。
訊きたくはないが、念のため、訊いてみる。
「何となくですけどわかりました。わかりましたけど…ええと…でも、もしドラゴンを退治できなかったら、どうなるんですか?」
その可能性の方がどう見ても高いと思うけれど。
恐る恐る上目遣いで師匠を見遣ると、見慣れた極上の笑みで彼女は答えた。
「その時は、もう帰ってこなくていいわ、ラシル」
ああ、やっぱり、とラシルは師匠の態度の明るさにも関わらず泣きそうになった。
事実上、馘首を宣告されたようなものだった。
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