6 / 31
王国ヴィダルの森の中 ふたたび
王国ヴィダルの森の中 ふたたび
しおりを挟むさて。
歩き始めたはいいものの、いやそれほど良くもないが、ラシルは自分がどっちへ向かって歩いているのかさっぱり見当もつかない。
(…っていうか、ドラゴンにうっかり遭遇しちゃっても私の力で倒せるわけないし、どっちにしても野垂れ死に…?)
瞬間森の中で息絶えた自分の姿を想像してぞっとする。肩をさすりぶるぶると震え始めた。じわりと涙が浮かんでくる。
(本当に、お師匠様は…私を厄介払いしたいだけなんでしょうか…)
十六年育ててくれたことに感謝はしているけれど、では何故今頃になって、という思いも拭えない。
(ああ、でも一個だけ思い当たるかも…)
ラシルの酷く不器用でどうしようもないドジっ子ぶりは物心着いた頃から発揮されていた。それは生まれ持った視力の悪さにも影響しているとラシル自身は思うのだが、師匠に言わせると目が悪ければ他の機能が発達する筈なのだから、そんなことはないという。
それも一理ある気がして反論できないのだが、何よりも重大なのは。
偉大なる魔女の見習いという肩書きはどうしたものか。
ラシルは、一切の魔法を使えなかった。
師匠にどれだけ指南を乞うても、爪楊枝一つ持ち上げることができなかった。
そして、ラシルはもうじき十六歳になる。
世界魔導協会では、十六歳は一人前なのだ。
それまでに、一人前の魔法使いにならなければ、魔女・魔法使いを名乗ることはできず、見習いの籍も剥奪される。
そうすれば、ラシルはどっちにしても師匠のもとを去らなければいけない。
(…でも、だったら普通に追い出してくれたら、私だってどこかの国でひっそりと生きていくこともできるんじゃないのかなぁ…)
生きることさえ否定されたようで、ラシルは―――転ばないようにゆっくり歩きながら、べそべそと泣き続けていた。
*
あれから師匠はラシルに着替えさせ最低限の荷物だけを持たせると、さっさとツリーハウスを出てアッシュ――世界樹の下へ向かわせる。ラシルは当然玄関のドアを出るまでに何回も転び靴を履くのに手間取りドアを開けた瞬間ツリーハウスの階段から転げ落ちそうになって――実際思い切り落ちて師匠の魔法で地面と激突せずに何とか助かりながらついてきた。
「お、お師匠さまぁ」
大体そもそもドラゴンってなんですか、聞いたことはありますよありますけど見たこともないし伝説のあるいは架空の生き物じゃあないんですかと声を大にして叫びたいところだが、当然偉大なる魔女はそんなことを許してくれるわけもなく。
自分の足で歩いていては何日かかるかわからない森の中を超高速で引っ張られるラシル。
(せめて、せめてメンディスが乗せてくれたらいいのにぃ…)
そんなラシルの心の声を読み取ったようにメンディスが呟く。
「残念ながら、ラシル、俺はリコさましか乗せない」
彼は徹底したリコさま至上主義なのだ。
*
「可哀想にラシル…これで今生の別れかもしれないわね…」
「ええ、何でですか!? どういうことですか!?」
ああ、待って待って、きっとこんな言い方するということは何か引っ掛けだ、とわかるのについ反応してしまう自分が哀しい。こういう意地悪をする時には絶対何か企んでいる。
「いいこと? もう二度と言わないわよ。あなたは王国ヴィダルに行って、森に生息するドラゴンを退治してきて頂戴。それが今回の依頼なの」
「誰からの!?」
「それは王国ヴィダルの王様に決まってるでしょ?」
ドラゴンなんて、ドラゴンなんて、この世にいるとも思ってなかったラシルは動転した。
「そもそも、王国ヴィダルって、どこですか―――!!」
必死で何とか突破口を探そうとするラシルに、師匠はあっさりと壁に貼った地図を指す。そして俄かにその地図が自動的に拡大され王国ヴィダルがクローズアップされた。
ああ、あの辺なんだぁ、と無意識に確認してしまう自分が憎い。
「ここ。わかった?」
「……はい」
でも、何故ラシルがそこに行かなければいけないのか、そして何故ドラゴンを退治せねばならないのか、疑問は尽きない。
しかしラシルより遥かに上を行く師匠はラシルの疑問を全部読んだように更ににっこりと笑った。
「まぁ、要するに、荒療治という奴ね」
「…はあ」
どういう意味だろう。わからないが訊くのも面倒くさい。きっと放っておけばこのまま解説してくれるだろうと踏んで黙っていた。
果たして、師匠は嬉々として自らの案に酔いしれたように語り始めた。
「王国ヴィダルでは森を我が物顔で歩き回るドラゴンに困っている。そこでこの偉大な魔女リコ様に依頼した。確かに私ならあっという間にドラゴンを退治できると思うわ。でも、それでは面白くないし、私には他にもたーっくさん依頼があって、今は手一杯なの。そして私には弟子がいる。ということは師匠ができない依頼をこなすのは弟子の役割ってことはわかるわよね?」
「…わかりますけどぉ、それは普通の弟子の場合ですよね? わたしが行っても何も出来ないの、お師匠様だってわかるじゃないですか!」
そもそも自分が簡単に依頼をこなしたら面白くない、という発想は不謹慎ではないのだろうか。とは思うがもちろん口になんて出さない。
そうなんだけど、と師匠は神妙な顔になる。
「いつまでもあなたを魔法の使えない魔女で置いておいては魔道協会にも示しがつかないし…あなただって、いつまでもただ飯食って役に立ってないなんて居心地悪いでしょ?
だから、つまりね? 命の危険を感じるほどの非常事態になれば、あなたの秘められた魔力も現れてくるんじゃないかって―――そういうことよ!」
ただ飯食って居心地が悪いとは感じたことがなかったので、ラシルはこっそりと首を縮めた。普通の魔女が弟子入りするような手順をラシルたちは踏んでおらず、ラシルは赤子の時にリコに拾われ彼女に育てられたのだ。
だから見た目はともかく、そしておそらくは殆ど魔法で育てたのは明白なので普通の人間のようではないにしろ、ラシルにとっては母親のような感じだと勝手に思っていたのに。怖いとは言え体罰を受けたことはなく、不器用さを呆れられはしても酷い言葉でなじられたりもしていない。びくびくしたりするのはリコさまの感情表現の激しさに、あくまでもラシルがビビリであるが故で、ちょっとだけ、おかあさん、とか思ったこともある――――もちろん、絶対口には出さないが。
(ただ飯食って、役に立ってないと思っていたのかな、お師匠様は)
卑屈になってしまった気持ちが問いかける言葉を変えさせた。
「……秘められてるんでしょうか? わたしの魔力」
「それはわからない!」
自信満々に言われてラシルはがくっと膝をつきそうになって、何とか堪えた。
訊きたくはないが、念のため、訊いてみる。
「何となくですけどわかりました。わかりましたけど…ええと…でも、もしドラゴンを退治できなかったら、どうなるんですか?」
その可能性の方がどう見ても高いと思うけれど。
恐る恐る上目遣いで師匠を見遣ると、見慣れた極上の笑みで彼女は答えた。
「その時は、もう帰ってこなくていいわ、ラシル」
ああ、やっぱり、とラシルは師匠の態度の明るさにも関わらず泣きそうになった。
事実上、馘首を宣告されたようなものだった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
こな
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる