上 下
3 / 10

しおりを挟む

「やあ、随分若い騎士団員だね、いくつだい?」
 爽やかな笑顔を浮かべたのは、公爵家の跡取り息子フランツ氏。何を隠そう、ソフィア姫のかつての許婚であり、魔法使いに姫を攫われた本人である。
「は、私は、今年十六であります!」
「若いなぁ。察するに、君が今年の捜索隊というわけだ」
「は、はぁ…」
 随分察しがいい。拍子抜けしていると彼は種明かしをするように話してくれた。
「毎年、捜索隊に選ばれた者は何故か必ず私を訪ねてくるんだよ。よほど婚約者に逃げられた男の顔が見たいのかな」
「いえ、け、決してそんなことは!」
 図星を指されたようで恐縮するが、私が彼を訪ねたのはそれだけではない。何と言っても第一回の捜索隊は婚約者であった彼なのだから、詳しい事情や、結局彼が諦めて王国に帰り、別の女性と結婚して家庭を持った理由を、知りたいと思ったのだ。
「あの、失礼とは思いますが…何故ソフィア姫を取り戻すことが出来なかったのでしょうか?」
 フランツ氏は私の顔を凝視し、若いなぁと呟くとにっこり笑った。
「そうだね…強いて言うならば、魔法の力が思った以上に強力だったということかな?」
「は? …はぁ」
「君にもいつかわかる時が来るよ」
 フランツ氏はそう言うとさみしそうに微笑み、それきり口を閉ざした。



 次に訪れたのは、エルベール氏。かつては自身も実力のある騎士で、現役を退いてからは近衛騎士団や辺境の騎士団をも統べる国防大臣を務めていた人物だ。今は高齢のため一線を退いてはいるが、その屈強な体格と力強い表情は衰えを知らない青年のように瑞々しい。
 私は彼なら違う答えを聞けるのではと期待したのだが、
「姫を連れて帰れなかった理由? そうさのう、やはり、魔法というものは我々の力ではどうしようもないと、そういうことじゃな」
 と、これまたフランツ氏と幾分違わないような答えで、がっかりしてしまった。



 それから私は歴代の捜索隊を務めた人物を一人ひとり当たっていったが、誰も彼もが皆一様に同じことを言い、まるで要領を得ない。言っている言葉は聞こえてはいるがすべて意味がわからないような、そんな気分になった。
(魔法使いの力が強いのはわかりきっていることではないか。それならばもっと悔しそうにする筈だろうに、何故)
 皆一様に嬉しそうな、懐かしそうな顔をするのは何故だろう。
(…最後の一人)
 それは昨年の捜索隊だ。
 小さな家の呼び鈴を押すと、やわらかい返事が返ってくる。
「はぁい、あら…?」
 玄関を出たのは肩までの髪を後ろで小さく結んだ、若い女性だった。一瞬、間違えたかとメモ書きを読み返す。
「あの、失礼ですが元騎士団員のジュリアン・モールさんは・・・」
「私よ? 小さな騎士団員さん」
 私ははっとして敬礼する。女性とはいえ、自分の先輩に当たるわけだ。それはそうだ、王国は男女平等であるゆえ、よほど特殊なものでない限り、すべての職業において男女どちらにも選択の自由がある。
「うふふ、どうやらあなたが今年の捜索隊に選ばれたのね」
「…はい」
 やはり全部お見通しだ。
「気をつけて行ってらっしゃい。ああ、それから、楽しんでね」
「楽しんで、ですか?」
 任務に楽しいもなかろう、と思ったがモール氏は真剣そうだ。笑ってはいるが、その視線は一年前の自分のことを見ているような気もした。
「そう言えば…モールさんは何故…」
 捜索隊に出た後、騎士団を退団してしまったのか、と問おうとした。まだ何年も現役でやれる年齢なのに。
 その時、部屋の奥から泣き声が聞こえてきた。聞き慣れない、盛りのついた猫のような泣き声。鳴き声か?
「あら、ごめんなさい泣き出しちゃった。ちょっと待ってね」
 そう言うと一度引っ込んで、何かを抱いてきた。猫だろうかと思ったそれは―――人間の、赤ん坊だった。
「まだ生まれたばかりだから、首が据わってないんだけど。抱いてみる?」
「え、ええ? 私がですか?」
「そうよ、いつかはあなたも子供を持つかもしれないんだから、練習練習」
 そう言われ恐る恐る抱かせてもらった赤ん坊は、とても小さく、柔らかくて、とても暖かい。そして何とも言えない甘い、ミルクの匂いがした。
「可愛いですね」
「そうでしょ?」
 しばし赤ん坊の顔を見つめて、モール氏はふと真面目な顔で呟いた。
「騎士団を退団した理由は、今の旦那さんと恋をしたからよ」
「…そう、なんですか?」
 結婚のため辞めるのは珍しくはないが、恋をしたから、という表現は珍しい気がした。
「そうよ、世界を敵に回してもいいと思っちゃったのよね」
 そんなものだろうか。恋をしたことがない私には、よくわからなかった。
「それに、今はこの子のためにも、世界を敵に回してもいいと思ってるわ」
「……」
 モール氏は私が固まってしまったのを見て、くすっと苦笑いをした。
「陛下には陛下のお考えがあって捜索隊を厳選しているみたい。だから、あなたが果たすべき役割が、きっとあると思うわ。私も昨年の捜索隊を通して、大事なことに気づいたの」
 理解は出来なかったが、その言葉には言いようのない重みがあった。
 結局のところ姫君や魔法使いのことは何一つわからずじまいだが、かつての捜索隊を務めた者にはきっと納得する理由があったのだろう。だから行けばわかるということだ。
 寮に帰って旅の支度をし、翌朝正門前に行くと、ローリィ騎士は既に到着していた。
「おはようございます、ディラン騎士」
 朝から随分爽やかな笑顔だ。
「おはよう」
「天気良くてよかったですね、行きましょうか」
 能天気な言葉に、私はかえって気を引き締める。
「何を言ってるんだ、天気が良くても森の中は霧が出て視界も悪い。足許に十分気をつけるように」
「了解です」
 そして私たちは正門を出た。門番は事情を心得ていて、快く送り出してくれた。
「行ってらっしゃいませ、騎士どの!」
「お気をつけて!」
 目の前に広がる鬱蒼とした森の中へ、ゆっくりと歩き出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

白の魔女の世界救済譚

月乃彰
ファンタジー
 ※当作品は「小説家になろう」と「カクヨム」にも投稿されています。  白の魔女、エスト。彼女はその六百年間、『欲望』を叶えるべく過ごしていた。  しかしある日、700年前、大陸の中央部の国々を滅ぼしたとされる黒の魔女が復活した報せを聞き、エストは自らの『欲望』のため、黒の魔女を打倒することを決意した。  そしてそんな時、ウェレール王国は異世界人の召喚を行おうとしていた。黒の魔女であれば、他者の支配など簡単ということを知らずに──。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

僕と精霊

一般人
ファンタジー
 ある戦争から100年、魔法と科学は別々の道を歩みながらも共に発展したこの世界。  ジャン・バーン(15歳)は魔法学校通う普通の高校生。    魔法学校でジャンは様々な人や精霊と巡り会い心を成長させる。  初めて書いた小説なので、誤字や日本語がおかしい文があると思いますので、遠慮なくご指摘ください。 ご質問や感想、ご自由にどうぞ

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...