1000文字の小宇宙

Vol.55・働く人々③

　疲れたなぁ。

　土曜日の夜、おれはバイトから帰ってシャワーを浴びると、コンビニで買ってきた惣菜やつまみをテーブルに並べ、缶ビールを開ける。

　プシュッ、といい音が一日の疲れを少しだけましにして、喉を通る清々しさと苦味が何故か、体を癒すような気がする。

　子どもの頃から周りに馴染めないタイプだった。今で言うと社会不適合とかいうんだろうか。社会に出ても同じで何をしてもうまく行かない、どこで働いてもうまくやれない自分に辟易して、そのうち適度な働き方を身につけた。

　短期のアルバイトやパート、日雇いの仕事を数ヶ月、そんな繰り返しで何とか生きてきた。ずっと実家にいたのも何とかなった理由だろう。

　若いうちは少し金があると飲みに行ったりギャンブルにつぎ込んだり、すぐになくなって困ったもんだが、さすがに歳を取って無理はできなくなったし、それなりに遊んだから満足したのか遊興にふける興味も薄れた。

　両親もとうに亡くなり、誰もいない実家でのんびり暮らしている。離れて暮らす兄弟姉妹も昔は定職につけ、ちゃんとしろと説教してきたもんだが、お互い還暦を過ぎ、僅かながらも年金が入るようになったし、貯金はないが借金もない、誰かに迷惑をかけるわけじゃないと何も言わなくなった。

　今は地元の小さな工場で、繁忙期だけのアルバイトに行っている。時給は最低賃金で、ほぼほぼ毎日残業の上に休みも少ない。

　でも、おれにはこのくらいがちょうどいい。年金だけでは生活が立ち行かないが、一年の内の数ヶ月働けば、何とか生きていける。家を遺してくれた両親にも、それぞれ家を構えて実家に住むことを許してくれている兄弟姉妹にも感謝だ。

　うだつの上がらない老人。

　結婚もしないで。

　まともに働いてもいない。

　周りは好き勝手な陰口を叩いているんだろうが、そしてそんな批判的な評価に心を痛めたこともあったが、すっかり気にならなくなった。

　何故なら、何物にも替えがたい自由がある。

　もっと金がなければ本当に自由にやりたいことはできないと言う人間もいるかもしれんが、そんなにやりたいこともないんだ。これは決して歳のせいじゃねぇ。

　にゃあん、と声がしたので縁側の窓を小さく開けてやると、灰色の大きな猫がするりと入ってきた。

　いつからかうちに居着いてしまった野良猫だが、びっくりするくらい不細工で、そこが憎めない。自分と重ねたのかもしれんな。

　今時は猫は家で飼うべきと聞いたが、おれが死んでも自由になれるように、去勢手術だけして半野良生活を謳歌している。

　労働して、汗を流して、ビールを飲む。至福の時間。

　誰にもわからなくてもいい。

　おれの幸せはおれが決める。






　　　　　　　　Fin