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Vol.42・星の名前
しおりを挟む「こんばんは」
そんなに夜更けではないが早くもない時間に、何十年も逢っていない人間が来たら不審だろうな、と思いつつ、声をかける。玄関のチャイムを押さなかったのは戸が開いていて既に先客がいたから。
「あれ? 幸?」
「春彦か?」
玄関先で話し込んでいたのは同級生だった。
「美雪ちゃん、覚えてる? こいつも同級生」
幼馴染が移住してると聞いてやってきたのは同じだったようだ。春彦は昔から調子が良くてちゃっかりしてる。その分ムードメーカーだから助かってきた、いい友人ではある。
「覚えてる、覚えてる。幸くん、久しぶりね。こっちにいるんだっけ?」
「いや、僕もUターン組。まさにさっき帰ってきたところなんだよ」
そうなんだ、知ってる人がいて嬉しい、良かった、と朗らかに笑う笑顔は、それなりに年齢は重ねてもまだ三十代、綺麗になった、と見惚れる。昔から美少女だったけれど。
「なんでまたここに?」
「ああ…親がね、もうこの家を処分しようか、みたいな話をしてて、父方は東京だし私には田舎ってここしかないから、それは嫌だなぁと思っちゃったのね」
それで、勢いで自分が住む、と言ってしまったらしい。
「勇気あるなぁ、ひとりで」
春彦が言うと美雪ちゃんは、あ、という顔をして、少し頬を赤らめた。ん? これはもしや。
「一人じゃないんだね?」
苦笑いで確認すると、春彦がえええー? とこの世の終わりみたいな大袈裟な驚き方をする。お前だって半分ぐらいはその可能性もあると思ってただろ。
「うん…彼がね、田舎に住んでもいいって。あっさり仕事辞めてこっち来て探したりして…フットワークが軽いんだよねぇ」
呆れたように言うけれど嬉しそうだ。実際、本当に山奥だから女性の一人暮らしでは寂しさや恐怖心もあるだろう。力強いパートナーがいれば安心だ。
ちょうどそこで、庭先に車を駐める音がして、バタン、とドアが閉じられた。背は高く少々筋肉質っぽい体格のいい男性が降りてきた。
「おかえり、今ね、昔遊んだお友達が来てくれて」
「…んばんは」
ぴょこっと頭を下げたところを見ると、ちょっとシャイボーイか。ボーイって歳ではないけど。
「ああ、そういや表札、名字違うじゃん、今気づいたー」
春彦の悲愴な声。もちろんわざとだから笑い声に包まれる。
「ふふ。夫の昴です、私もだけど、彼にも地域のこととかまた教えてあげてね」
昴。それは星の名前だ。
「いい名前だね。この辺なら肉眼で見れると思うよ」
え、と顔を上げるふたり。なにそれ、と春彦。知らんのか、昴はプレアデスだ。
顔を見合わせて嬉しそうに目を輝かせる。都会では難しいだろう。外に出て探してみようと促す。
彼女が独身じゃなかったのは残念な気持ちがないといえば嘘になるけど、新しい友人ができるのは、遠い星を探すような、幸せな奇跡だと思った。
Fin
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