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Vol.39・この雨を忘れない
しおりを挟む記憶の最後に残るのは爆発の瞬間。
火花が散りシャトルが破壊され、乗客の乗った救命ポッドがバラバラに散ってゆく姿。赤い炎があちこちで上がる。それはいつしか、星を出てきた戦火の映像と重なり、幼い子どもや赤ん坊の泣き声が響き渡る。実際には聞こえてはいなかったけれど。
夫は、どうなっただろう。星を出てそう時間も距離も行かないうちに、まだ試験段階だったシャトルは不具合を起こした。戦争ばかりの母星から脱出する、というのは聞こえはいいが、遠回りな自死に近い覚悟を、みんな持っていた筈だ。それでも僅かばかりの希望を捨てきれずに。
夫婦一緒にと願ったものの、救命ポッドは一人一台。ほかの家族の小さい子どもでさえ一緒に乗ることは不可能だと言われた。
それならばきっと、次に逢うのは天国だろう、と思っていたのに。
何故か私は今、知らない星に立っている。
「ようこそ、我々の惑星へ。我々は来訪者を新たなこの星の住民として歓迎します」
この星では磁場の問題なのか、漂流船やポッドがよく引き寄せられるらしい。隕石同様地上に墜落しても無事だったのだから、少なくともポッドの性能は優秀のようだ。
言葉の問題、文字の問題、様々な疑問に次々と的確に答えを返されて、よくあるというだけあって随分手馴れているようだ。
なんにせよ私は一命を取り留め、残りの人生をひとり見知らぬ星で過ごすことになった。素直に喜べないことが、少し悲しかった。夫のことを聞いてみたけれど。
「申し訳ありませんが、個人情報の守秘義務がありますのでお答えできません」
知りたければ、自分で来訪者ネットワークに問い合わせるしかないとのことで、それにはまず、この星の生活に慣れることが先であろうとやんわりと微笑まれた。
希望がないわけではない。
一度は諦めた人生を、この平和そうな星でやり直すのだ。
それでも不安は押し寄せる。
来訪者の中に彼の名がなければ。或いは、既に死亡が確認されていたら。
二度と離れないために、母星を抜け出してきたのに。
どう生きてゆけばよいのだろうか。
「こちらの居住区になります」
案内されて訪れたのは同じような集合住宅が並ぶ一角で、うっかり外に出ると迷子になりそうだ。確かに慣れることが何よりも最重要課題だと思われた。
途中、静かに降り出した霧雨がしっとりと心地良い。人工雨だと聞いたが情緒的だと感じる。そこに、住人なのか傘を持って佇む人影が見えた。遠目だが絵になる様だ。
「あら、迎えに来てくれたのですね。あの方は、これからあなたと一緒に住む方ですよ」
どういうこと? ルームシェアなどとは聞いていない。けれど。
「マリア」
近づくにつれ大きくなる人影に目を見開く。やさしい、懐かしい声が私の名を呼ぶ。
私は、もう泣きじゃくりながら駆け出した。言葉が出ない。
この、優しい雨の景色を、二度と忘れないと思った。
Fin
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