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Vol.35・空の彼方2
しおりを挟む―――――その日、世界は救われた。
燃えるような赤い夕陽に照らされて、私は全身の力が抜け落ちてしまったまま、砂浜に寝転んで呆然と空を見ている。
世界征服を目論む魔道士の支配に苦しめられていた人々は、数少ない正導士たちの力を結集して異界からの救世主を召喚した。
しかし、召喚されたのは何故か現代日本の普通のOLである――私だった。
残業でへとへとになった体を運ぶ終電のドアが開いた瞬間、ぐにゃりと歪んだ空間に取り込まれて、ああ、これはきっと過労死とかいうやつで、終わったな、と思ったものだけれど、たまたま繁忙期だっただけで、過労死するほど働いちゃいませんよね、てへ、と自分に酔ってしまった自覚はあった。
けれど辿り着いたのは天国でも地獄でもなく、全く見たことのない世界だった。
大勢の人に囲まれつつ、言葉も通じないことで、おいおい話が違うじゃないのよ、異世界に飛ばされた人は何故か言葉も理解できるのがお約束でしょ? とか、こういうのは女子高生とかがセオリーでしょう、何が悲しくて二十代も半ばを過ぎた妙齢の女性が呼ばれんといけんのだ、と全身で突っ込んでみたけれど。それで事態が変わるわけでもなく。
言葉を解するのは彼らの方だった。何となく意思疎通ができるようになり、状況把握ができたところで、呼ばれたからには使命があるんだろうな、魔法なんて使えないけど、と妙な責任感と絶望に近い気持ちが交互に訪れた。
が、やはり意味はあったのだ。魔法を習っているうちに、私にしか使えない最強魔法を身につけて、正導士たちと共に魔道士へ戦いを挑んだ。
戦いは均衡を極め、ボロボロになりながらも諦めなかったのは、こんなとこで死んでたまるか、という一心だった。
私にはもったいないくらいの、やさしくて穏やかな芸術家の彼が、繊細な彼がどれだけ心を傷めているか想像するだけで私の胸も痛む。
何が何でも帰ってやる! と放った最強魔法は、過去最大の威力を発し、魔道士は力尽きた。(殺してません。魔力を完全に奪って彼はヨボヨボの爺さんになったよ)
「救世主よ、時は満ちた」
正導士のリーダーが、元の世界に帰れる方法を探してくれていたのだ。私はがばっと体を起こす。
「ほんと!? ありがとう!」
彼が指さす先には、終電で見たような歪んだ空間。ごくり、と息を呑む。本当に帰れるのか不安はあるけれど、帰らないという選択肢はない。
「……本当は、ここに残ってもらいたいのだが…」
名残惜しそうに呟く彼は、うん、ちょっと知ってた。私のことを思ってくれてるみたい。私もほんの少し、ほんのちょっと心が揺らがなかったと言えば嘘になるけど、でもやっぱり、私が帰るのはあの人のところだ。
「ごめんね、でも、ありがとう」
きゅっと手を握って、私は振り返らず飛び込んだ。ちゃんと辿り着けますように。
あの、空の彼方へ。
Fin
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