1000文字の小宇宙

有栖川 款

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Vol.8・赤の情景

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 燃えるような赤。
 情熱の炎。
 暮れ行く秋の夕景に激しいほどの色が踊っている。
 空。
 君がもう、いないから。
 すべてが哀しみにしか見えない。

 引き篭もっていた家から悪友に連れ出されて、外の空気を吸ったのは何日振りだっただろう。いつの間にか空の色も風の音も違う季節を告げている。
 海沿いの道を延々と走り、目的もなく彷徨っている。誰も何も言わない。ただハイブリッドの最新の車だけが静かに滑るように路面を流れていく。
 この海は、君と見た海だ。
 いつか二人で眩しい夏を過ごした。
 何年も、何度も、いくつもの季節を越えて。
 ずっと愛し合っていたのに、君はいなくなってしまった。
 ほんの少し体調が悪いと言い始めてから、大きな病が見つかると、あっという間に進行して、見る見る弱り消えてしまった。
 僕は哀しむ暇もなかったけれど、君も苦しむ時間が少なかったのは、わずかばかりの救いだろうか。
 そしてそれから僕は筆を握れなくなった。
 新進気鋭と言われた画家の僕の人生は真っ暗な闇の中へ向かい、そこから抜け出せずにいた。
 変人と言われることも多く、ろくに築かなかった人間関係でさえ、見捨てずにいてくれた人たちがいたようだ。そのことに驚きを隠せなかったのも事実だ。
 時折、休憩を入れ、ぼんやりしたまま食事をし、一言も発しないまま帰途に着く。
 行きも通った海沿いの道に出ると、まっすぐに視線を焼いた――――赤。
 燃えるような、赤。
 情熱の、炎のように。
 暮れ行く秋の夕景に激しいほどの色が踊っている。
 空。
 君がもう、いないから。
 すべてが哀しみにしか見えない。
 見えない、のに。
 心が、動いた。
 いつしか僕の目からは涙がとめどなく溢れ、気づいた友人がそっと箱と、スケッチブックを差し出した。僕の絵の具や筆が入った箱だ。
 僕は慌てて箱を開け道具を取り出すと、筆を握って描き殴り始めた。
 ただ、見える景色をそのままに、この美しい地球の色が出せるように。がむしゃらになって描いた。
 短い時間だっただろうけれど、描き終わった時には肩で息をしていた。
 僕が描いたこの空の中に、きっと、君がいるのだと思った。



            Fin
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