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Vol.6・泣きたくなるのは病気
しおりを挟む風邪かもしれない。
今朝から咳が出るし喉も痛いし肩凝りは酷いし頭痛もして、機嫌が悪くてついには寒気までしてきた気がする。
それに。
何だか酷く、泣きたくなるし。
体と心の機能が正しく動いていないまま、何とか一日の仕事を終えると、帰ろうとした私の前を課長が遮った。
「進藤さん、これから暇? 高谷くんの前祝いで飲みに行こうって言ってるんだけど」
びくっと驚いてしまったのは、突然話しかけられたからだと思ってもらえるだろうか。
「そんなこと言って課長が飲みたいだけでしょう?」
周囲から突っ込みが入る。
「いいじゃないか、ね、行こうよ!」
それぞれ帰り支度をしながらも誰も本当には帰ろうとしていないところを見ると、小さい部署のメンバーはみんな参加らしい。断りづらい雰囲気だ。
でも。
高谷係長の顔がちょっと歪んでいて、私も泣きそうになる。
「駄目ですよ、課長。進藤さん今日熱があるから」
「え?」
「え!?」
ざわつく部署内で、頓狂な声をあげたのは課長だけじゃなく私もだった。
「さっきすれ違った時、手が当たったらすごく熱かったんで」
そういえばトイレに行く時に、荷物が置かれた狭い廊下を誰かとすれ違ったかもしれない。でも、それが後輩の夏木くんだとは認識していなかった。
「俺、送ってきますから、みなさん先行っててください。後で合流するんで」
そう言って私の手をつかむとさっさと歩き出してしまう。
営業用の車を借りて送ってくれた夏木くんは何も言わずにハンドルを握っている。
ああ、そっか。彼は知ってるんだ。
結婚が決まった高谷係長を、私が好きだったこと。係長もそれを知っていたこと。彼女がいることを知らずに告白したのは最近で、見事に玉砕したこと。
「…知ってたんだね。だから助けてくれたの?」
自嘲気味にそう言うと、夏木くんは心外という顔で眉を上げてみせた。
「何を言ってるんですか、そんな熱があって飲みに行かないでしょ」
当たり前だとでも言うように。
「それに……それだけじゃないし」
運転席を見ると、夏木くんも熱があるみたいに赤くなっている。
「ごめん、今思考回路が働いてないみたい」
「いいですよ考えなくて! ってか、そんな弱ってる時につけこむような真似しません」
それよりも、と彼は真顔になる。
「泣きたくないですか? 泣いていいですよ。今なら誰もいないんで」
そう言って私の涙腺を壊した。
Fin
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