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バレンタイン・ア・ラ・カルト④星と雪
しおりを挟むスバルが走り去ってから、あたしは呆然と立っていた。
すごく長い時間のような気がしたけど、たぶん、ほんのちょっとだと思う。
気がついたら、チョコレートの箱をぎゅっとにぎってた。つぶれそう、と思って慌てて力をゆるめる。
ざわざわと人の声が近づいてきたから、あたしもスバルと反対方向に走り出した。
「ミユキ?」
誰かが名前を呼んだ気がするけど、止まれない。だって、泣いてるのを見られたくない。
角を曲がると、大きな人とぶつかりそうになった。急ブレーキをかける。
見上げると、大人の男の人だった。あたしの好みからはちょっと大人すぎる感じがしたけど、すごくカッコイイ。お父さんよりはずっと若そう。
あたしはとっさにチョコの箱を差し出した。
「これ! あげる!」
隣にきれいな女の人がいた気がするけど、まぁいいか。どうせこんな子供なんて、気にしないと思う。
見えなくなるところまで走って、走り疲れて歩き出した。
もっとかなしくなってきた。
一番、仲良しだと思ってたのに。
スバルはあたしのこと嫌いなのかな。
他の女子が好きなのかな。
もっと軽いノリで、友チョコみたいに渡した方がよかった?
考えれば考えるほど、自分が嫌いになりそう。
明日から、スバルはふつうに話してくれるかな。
いつのまにか駅前まで来ていた。人がたくさん出入りしているお店が目に付いて、あたしは立ち止まった。
ここ、お母さんがテレビに出てたって言ってたお店だ。
パティシエって言うんだっけ、お菓子を作る人。それがすごいイケメンだって、言ってた。さっきのお兄さんみたいな感じだろうか。
お菓子の甘い香りが漂ってて、急に、ふいにチョコを手放したことを後悔した。どうしよう、全然知らない人にあげちゃうなんて。
担任の先生の粋な計らい(ってお母さんが言ってた)で、堂々とチョコを作ることができて、それで、チョコチップ入りのカップケーキに挑戦して、先生にも手伝ってもらったけど、我ながらいい出来だったのに。
そりゃあ、スバルに食べてほしかったから、だけどさ。
だめなら自分で食べてもよかったじゃん。
でも、やっぱりちゃんと返事を聞きたいから、もう一回チョコを買おうか、とも思った。
ああ、でもむりだ。
お店の前に写真やイラストで載ってる商品の宣伝を見たら、安いのでも千円ぐらいする。そんなお金持ってないし、学校でもだめって言われたし。
さっきのお兄さんを探して返してもらおうか。でも逢えないかもしれない。
そう思ってたら、背中から声がした。
「ミユキ!」
うわ、今一番逢いたくないかも。
ごめんなさいならいいんだけど、いや、よくないけど。
自分でわけわかんなくなってきちゃった。
でもまさかと思うけど。もしかしたら。
「……ミユキ、さっきは、ごめん!」
「……いいよ、もう」
ああ、何か最悪のパターンかも。
「あの、俺、ほんとは……嬉しかったんだ!」
小学生男子は素直じゃないって知ってるけど、こんなの困る。
「だから、あのチョコ、よかったら……」
どうしてさっき言ってくれなかったの。だってもう、チョコ持ってないんだよ。
またかなしさがぶりかえしてきて、涙がぽろぽろこぼれる。嫌だ、男子は女子はすぐ泣くからずりーって、いつも言うのに。言われたくないのに。
そしたら。
突然、違う声がした。
「お嬢さん、落し物だよ」
振り返ると、頭のでっかいウサギの着ぐるみが手を出す。
「え、え?」
そう言って差し出した手のひらには、チョコレートの箱。さっき、知らないお兄さんに無理矢理あげた、今日の調理実習で作ったもの。正確にはチョコじゃないけど、いちおう、バレンタイン用だから、チョコでいいと思う。
「もう落としちゃ駄目だよ?」
ウサギさんは、にっこりと笑ってくれた、ような気がした。
あたしは、嬉しくなって笑顔になってスバルを見た。スバルは、あたしがこれを落としたと思ったかもしれないけど、ここはその線で通してしまおう。
「あの、あの、あたしも、ごめん。これ! よかったら……!」
そう言ってチョコを差し出した。
これって奇跡?
ウサギさんは、神さまみたい。神さまが、ウサギさんに渡してくれたのかな。
と、思ったら、さっきのお兄さんがスバルの後ろでそっと手を振っていた。
お兄さん、ありがとう。
と、思ったら、奇跡はそれだけで終わらなかった。
「おれも、これ、やるよ!」
そう言ってスバルが差し出したのは、くしゅっとした袋に入ったチョコレート。「パティスリー・ミル」って書いてある。
「これ、このお店の?」
「……母ちゃんに、買ってもらったやつだけど」
袋が透けてて中身が見える。白と茶色とピンクの平べったいチョコレート。
「……これって、雪の結晶の形だよね」
「うん……今日、学校で作ったのも、雪の結晶描こうと思ったんだけど、失敗したから、母ちゃんにあげたんだ。……ごめん」
どういう意味?
あたしがそんな顔をしてたんだろう、スバルは照れくさそうに横を向いて、ぶっきらぼうに言った。
「上手にできたら、ミユキにあげようと思ってたんだよ。美雪の名前って、雪って字がつくじゃん」
「あ」
言われるまで気づかなかった。
「スバルって、意外にロマンチストなんだね」
「意外にって言うな」
真っ赤になったスバルを見たら、きっとあたしも真っ赤になってるんだろうなと思った。
「あたしも、スバルの名前、好きだよ。昴って、星がいっぱいって意味だよね?」
「いっぱいっていうか……プレアデスっていう星の名前。目で見えるのは六個ぐらい?」
「六個あったらいっぱいだよ。……雪と似てるよね」
「そうかな……まぁ、そうかも」
人がたくさん出入りするから、あたしとスバルはお店の前からはなれて、ゆっくり歩き始めた。何気なく空を見上げて、びっくりした。
「雪! スバル、雪降ってる!」
「あ、マジ、すげえ!」
ちらほらと、白い雪が舞い降りてきて、今日は何だか奇跡の日だったなと、あたしは思う。
それから、あたしとスバルは公園まで戻ることにして、人が歩いてない道を、ちょっとだけ、手をつないだ。
星と雪・完
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