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バレンタイン・ア・ラ・カルト②プライド

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 バレンタインなんて嫌いだ。
 小学生なのに、女子はざわざわするし、男子は男子で期待するし、めんどくせえ。チョコあげたりもらったりなんて、学校で禁止にすればいい。
 はあ? 別におれがもてなくて、一個もチョコがもらえそうにないから言ってんじゃねーぞ? そうやってもらわなかったらすねるやつも嫌だし、もらって自慢するやつも嫌だ。そんで、もらった、もらわないでからかったりすんのも、ガキくせえ。
 そう思ってたら、ある日担任の先生がこう言った。
「みんな、もうすぐバレンタインデーだけど、誰かにチョコレートあげたい人!」
 女子がわっと手を挙げる。
 大人の世界では逆チョコとか部下チョコ? なんてのまであって、別に今は女子が男子にあげるものって決まってるわけじゃないみたいだけど、何となく男子は手を挙げにくい。
「うふふー、そうだよねー。女子は特にそうかもしれないけど、男子はどう? 好きな女の子でもいいし、お母さんやお父さんとか、お祖母ちゃんでもいいじゃない? ちなみに先生は大好きな旦那さんにあげまーす」
 新婚の先生はのろけ話が大好きだ。けっこう可愛いから、いいけど。
「でね、提案なんだけど、お友達みんなにあげる分を買うと、安いチョコでも結構お金かかっちゃうしね、来週の調理実習は、みんなでチョコレートを作ろうと思います」
 わーっと教室中がざわめいた。女子は大喜びだし、男子もまんざらでもなさそうだ。
「チョコレートを使ったお菓子でもいいけど、何か作りたいものがある人は来週までに言ってね」



 禁止になるどころか学校をあげての行事になってしまった。四年生以上の調理実習の時間は全クラスがチョコを作るって、どんな学校なんだ。
 もちろん、その代わり、高いチョコとか無理して買わないように、って強く言われた。あと、当日は、チョコを入れる容器や包装紙やリボンが家にあったら持って来るといいということだった。
 おれが母ちゃんにそれを伝えると、母ちゃんはすごく嬉しそうに笑って、いそいそと箱から丁寧に畳んだ包装紙やリボンを出す。そんなの取ってんのかよ。
 それから、時々お菓子を作ってくれる母ちゃんだから、新品のアルミの容器が出てきた。小さいカップケーキとか作る時に使うみたいだけど、これにチョコを流して固めてもいいらしい。
「いい先生だねぇ、スバル。楽しんでおいでよ」
 そうかな、と思ったけど、確かに悪くはない。先生は先生で、小学生があまりお金を使ってチョコを買うのをやめさせたいんだろうけど、反対してもきっとみんな隠れてこそこそするから、それなら堂々とすればいいと思ったんだろう。おれも、みんなで一緒に作るなら、バレンタインを好きになってもいい。
「スバルは誰かあげたい子いるの?」
 母ちゃんはにっこり笑って聞いたけど、おれは自信がない。
「……上手に出来たら」
「そっか」 
 それ以上聞かないで、頭をぐりぐり撫でられた。母ちゃんには弱い。
 チョコをあげたい人って聞かれた時、一番最初に浮かんだのは同じクラスのミユキだった。色が白くて可愛い子なんだけど、明るいし勉強も運動もまぁまぁできて、何より気が合うから。女子の中では一番仲がいい、と思う。
 でも、クラスの男子の半分はミユキが好きなんだろうなと思う。だから、チョコをあげるのは迷う。

「じゃあ、みんなやけどしないように気をつけてねー」
 担任の先生は家庭科の先生。だからきっとこの案は先生の案なんだと思う。女子はチョコレートケーキとか難しいの作る子もいるみたいだけど、おれは簡単にチョコを溶かして固めるだけにした。
「本格的なチョコレートはテンパリングって言って温度の調節が難しいから、今日は簡単に好きな型に入れましょう」
 学校で用意してくれた、製菓用? っていうバラバラの大きさのチョコを刻んで、湯せんにかける。溶けたらそれぞれ入れたい容器に流し込んで、カラーチョコとかドライフルーツとか、好きなものをトッピングして冷やしたら出来上がり。
 簡単だけど、溶かすのに結構時間かかったし、みんなでああだこうだ言いながらやってたら二時間の調理実習があっという間だった。
 そのまま冷蔵庫で冷やしておいて、帰る時に持って帰る。
 おれはがっかりと肩を落とした。
「スバル、うまくできた?」
 調理室から教室に戻る途中、同じクラスのカイトが体当たりで聞いてくる。一番嫌なとこついてくるなよ。
「全然、最悪」
「おれもー。ムズいわ、お菓子って」
 笑っておれの背中をばんばん叩いて、カイトは聞いてもないのに続きを話す。
「でも、まぁいいや、別にあげたい女子いないし。ママにあげようっと」
 お前、いい加減ママはやめた方がいんじゃね?
 と思ったけど言わなかった。おれんちは小さい時から母ちゃんなだけで、同級生でもママって言う家は結構あるみたいだし。恥ずかしいと思うのはおれが慣れてないだけだ、多分。
「スバルは? 誰かにあげんの?」
「……おれも、母ちゃんだな」
 何かがっくりと疲れてカイトにそう言った時、教室の前でミユキと目が合った。
 ミユキはちょっとびっくりしたような、がっかりしたような、変な顔をしていた。



 学校帰りに母ちゃんに逢った。
「スバル、お帰り。チョコ作り、どうだった?」
 おれはふるふると首を横に振る。
「そうなんだ……じゃあ、それ、母ちゃんが食べていい?」
 母ちゃんはおれが手に持ってるチョコを入れた袋を指差した。 
 母ちゃんには、何でもお見通しみたいだ。おれは今度はぶんぶんと首を盾に振った。
「見せて見せてー」
 と言ってさっさと袋を開ける母ちゃん。
「ちょ、ちょっと、意外にデリカシーねぇな母ちゃん」
 上手くできなかったから落ち込んでんだろ。もっとそっと開けるとか、家に帰ってからにしろよ。
「あら可愛い! 上手に出来てるじゃない、スバル」
 人の話も聞いてない。それとも、おれを励まそうとしてなのか。
「……そんなこと、ねーよ」
「そんなことあるよ? これ、雪の結晶の形だよね? すっごく綺麗にできてるよ」
 そう言うと、ぱくっと一個食べた。
「うん、美味しい」
「だって、普通のチョコ溶かしただけだし」
 普通のチョコの上に、ホワイトチョコで雪の結晶を描きたかったんだけど、下のチョコが固まるのが待ちきれなくて、混ざってしまったんだ。
「スバルの愛情が入ってるからね」
「……」
 どうして、うちの母ちゃんはこんなに恥ずかしい台詞をばんばん言っちゃう人なのか。おれはほっぺたが熱くなって下を向いた。
 そして母ちゃん、ごめん、と思った。
 失敗したから母ちゃんにあげるなんて、悪いことしたな。
「スバルさ、ちょっと寄り道していい? 買い物付き合ってよ」
 そう言うと母ちゃんは駅前のケーキ屋さんを指差す。そこは近所でも有名なお店だった。
「父ちゃんの分と、今日のお礼も兼ねて、スバルにもチョコ買ってあげるよ?」



 一回家に帰ってから、ランドセルを置いて公園に向かう。カイトたちと約束してたんだ。母ちゃんに買ってもらったチョコも、ポケットに押し込んだ。
 ところが。
「あの! スバル!」
 公園の近くで声をかけられて振り向くと、ミユキが立っていた。
「なに?」
「あの、これ! 今日作った、チョコ……だけど」
「うん」
「スバルに、あげる」
「え!?」
 おれは心底びっくりして、すごく間抜けな顔になってしまったと思う。
「……おれは、母ちゃんにあげたから」
 そして意味のわからないことを口走る。
 ミユキは、ちょっと傷ついたような顔をして、頷いた。
「……うん、知ってる。学校で話してるの聞こえたし」
 でも、と強い目でおれをまっすぐ見た。
「でも、あたしのは、スバルにあげたい。……あたし、スバルが、好きなんだ!」
 うそ。
 俺は頭の中がこんがらがってパニックになってしまった。みんなが好きなミユキがおれのことを好き? マジ? でも。
 ど、どうしよう、どうしよう。思わずジャンパーのポケットの上からぎゅっと握った。手に力が入る。何か変な汗が出てるかも。
 その時、後ろの方で人の声が聞こえた。
 同級生か、同じ学校のやつかもしれない。
 そう思ったら、反射的に叫んでいた。
「おれは……好きじゃねーし!」
 そのまま逃げ出した。
「……スバル!」
 最悪だ。何がって、おれが。
 こういう時、女子には敵わないと思う。ミユキのまっすぐな目を、おれは見ることができなかった。
 急いで公園の中に入って、待ち合わせの場所に行く。まだ誰も来てなかった。
 丸太のイスに座って、まだドキドキする心臓を押さえる。
 学校で逢ったら、どうしよう。
 怒ったかな。みんなに言いふらすかな。女子がみんなでおれを責めるかな。
 それより、何より。
 ミユキは、もうおれのこと嫌いになったかな。
 その時、同じクラスのリキが向こうからやってきた。別に一緒に遊ぶ約束はしてない。
「なぁなぁ、スバル、お前、ミユキに告られたってマジ?」
 にやにや聞いてきたので、おれはぎょっとして立ち上がった。
「……ち、っげーよ! 別に! そんなんじゃねーし」
「だって女子が言ってたぜー? ミユキはスバルにチョコあげるって」
「……っ! もらってねーよ!」
 それは嘘じゃない。
 でも、もう既に噂になってるなんて、おれはさらにパニックになりそうだった。
 そこへカイトがやってきた。よかった、リキからは開放されるかも、と思った瞬間。
「なぁ、今さぁ、ミユキが駅の方へ走ってくの見たんだけどさ。泣いてたぜ? 何かあった?」
「え、マジ?」
 え、マジ? って、おれの台詞だよ!
「スバル……もしかしてお前振ったのかよ?」
「そ、そんなんじゃねーよ!」
 さっきのチョコ、まだ持ってるんだろうか、ふいにそんなことを思っておれはカイトに聞いた。
「な、なぁ、ミユキ、何か持ってなかったか?」
「ううん? 手ぶらだったと思うよ」
 おれは、考えた。ぎゅっと握った手がポケットの中身に当たって、そして次の瞬間、走り出した。
 ミユキ、ごめん! 
 おれ、すげえカッコ悪いやつだ。
 情けないやつだ。
 日頃から、父ちゃんにも母ちゃんにも、女の子を泣かす男にだけはなるなって言われてるのに、まさか小学生で泣かしてしまうなんて思わなかった。父ちゃんにばれたら大変だ。
 からかわれるのが嫌だとか、そんなちっちぇえ男になってた。
 必死で走って駅の方に向かう。人通りが多くなった駅前の、さっき母ちゃんと入った店の前でミユキを見つけた。
 ちゃんと、謝らなくちゃ。
 それに。
 小学生男子のプライドなんて、きっと砂粒よりも小さいぜ。
 捨てたってちっとも恥ずかしくなんかない。
 おれは覚悟を決めて、走りながら叫んだ。
「ミユキ!」



 
   プライド・完

 
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