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スウィート・ホーム・ケーキ
しおりを挟むスウィートホーム。
その言葉を聞くと、何故かお菓子の家を連想する。物語の内容とは別に、子供心や或いは女心をくすぐる、甘い、甘いおうち。
甘いものは人の心を幸せに満たすから、お菓子の家は幸せの象徴なのかもしれない。
甘くて幸せな家庭を築けると、いいよね。
きっと、君となら。
お花見シーズンが過ぎて、五月のメインスウィーツはどうしようかなと模索しているところに、姪っ子のハルカとある意味姪っ子みたいなヒナコちゃんが店にやってきた。
「チトセ叔父さん!」
「チトセさん……」
ハルカは何故か眉間にしわを寄せて、ヒナコちゃんは恐る恐るといった顔で、俺はおや、と思う。
「いらっしゃい。っていうか、どうかした?」
俺が首を傾げると、二人とも意を決したように叫んだ。
「チトセ叔父さん、結婚するって本当!?」
「しかも、十歳下の人って、本当ですか!?」
あー、その話か。
噂というのは光より早い。店のスタッフには昨日話していたから動揺はないが、みんな同じような感想を抱いたようでくすくすと笑いが起こった。
「本当だけど、姉さんたちにはきちんと挨拶に行こうとは思ってたんだけどね」
「そうなんだ……じゃあ、もうチトセ叔父さんの肩書き、独身カリスマイケメンパティシエ、の『独身』が取れちゃうんだね…」
いやいや、それは俺の肩書きじゃない。俺の職業はただのパティシエだ。
「俺が結婚するのがそんなに駄目なのかな君たちは。ちょっと失礼じゃないかい?」
もちろん本気で怒ってるわけじゃないけど、食いつくのがそこって、テレビのリポーターかコメンテーターか。
「ううん、そんなことないよ! おめでとう、チョコちゃんも喜ぶよ! 末の弟がいくら仕事で成功しても、やっぱりちょっとは心配してたからね」
「ありがとう、ハルカ。ほんと、今晩にでも挨拶に行くから、姉さんにはよろしく言っといて」
「うん、わかった」
そこで俺は疑問を口にする。
「お前、そういえば子供は?」
ハルカはほんの一ヶ月前に赤ん坊を産んだばかりだ。
「ミューちゃんが見てくれてる。あ、実家でチョコちゃんも一緒だけどね。父さんは仕事だしヒロトは学校だから、真相を確かめてこいって追い出されたんだよ」
「……あの人たちらしい……」
チョコちゃんというのは俺の姉でハルカの母親。歳の離れたきょうだいなので、俺にはこんなに大きな姪がいる。ミューちゃんというのはヒナコちゃんの母親で、ハルカの姑。ハルカはヒナコちゃんの兄のヒカルくんと結婚している。ちなみにヒロトはハルカの弟だ。
紛らわしいが、チョコちゃんとミューちゃんが大親友だったのでお互いの結婚後も家族ぐるみの付き合いを続けた結果、ヒカルくんとハルカは結婚して、ヒナコちゃんとヒロトも付き合っているらしい。ヒナコちゃんちにはもう一人女の子がいて、俺もどっちがどっちかわからなくなりそうなほど、まとめて甥と姪みたいなものだ。
「……で、ヒナコちゃんは?」
ヒロトは病気で倒れた姉さんの後を継いでパティシエになると製菓学校に通ってるが、ヒナコちゃんは地元の短大生だ。
「あの、あたしは学校の友達に頼まれちゃって……」
てへへ、と照れ笑いするのが謎だが、どっちもどっちな理由らしい。俺は愕然と肩を落とした。今日のワイドショーやスポーツ新聞の隅に、いつの間にか出ていたらしい。マスコミの情報力に今更ながら脱帽する。芸能人じゃないから公表するつもりはなかったんだけど。
「アラフォーまで独身でいると、結婚話も面白おかしいネタにされるんだなぁ……」
わざとらしく嘆いてみせると、さすがに二人とも慌てて弁解を始めた。
「そ、そういうわけじゃないよ! チトセ叔父さんが人気者だからだよ!」
「そうですよ! チトセさんが誰かのものになっちゃうなんて、みんな残念がってるってことですよ!」
言えば言うほど言い訳くさい気がして、かえって情けなくなってしまった。
「まぁいいよ。いくらでもネタにしてくれ」
やけになって呟くと、死角から質問が飛んできた。
「で? カリスマイケメンパティシエを射止めたのは、どんな女性なの?」
興味津々、を顔に描いてハルカが犬みたいにうきうきと聞いてきた。
結局、それが本題だったらしい。
話は十年前に遡る。
当時、俺はまだ駆け出しのパティシエで、パティシエなんて名前も日本ではまだ浸透してなくて、決して表には出ない裏方のただの菓子職人だった。
当時は大手のケーキ屋で修行中だったけれど、二十代後半、一生誰かに雇われの職人を貫くのか、それともいずれ独立するのか将来の不安と格闘していた。
いい商品を作っても店の評価にしかならない。それが悪いわけではないが、どこか納得できない、もっと自分の実力を試してみたい気持ちもあった。
クリスマス・イヴの夜、大売出しで帰宅が深夜になった。
駅からの道を、疲れてとぼとぼと歩いていると、背後から女のすすり泣く声がする。
俺はぎょっとして、思わず早足になった。
急いで歩くと、泣き声は少し遠くなり、そこではたと気づいた。大丈夫、幽霊じゃない、人だ。
ほっとしたが、同時に嫌な予感にも駆られた。クリスマス・イヴの夜に泣いている女の子なんて大体想像がつきそうなもんだ。
仕方なく街灯の下で待ってみる。案の定、やってきたのは女の子。でも予想以上に若い。高校生くらいだろうか。
これは、泣いてるだけでなく明らかに未成年の、しかも女子高生がこんな時間に外を歩いてるのはまずいんじゃないか?
「どうしたの?」
こういうシチュエーションで話しかけると、俺もかなり怪しい人に見られる危険性は大だけど、放っておくわけにもいかない。そのまま彼女の歩幅に合わせて歩き出した。
「……あ、スイマセン。暗くて怖かったから後ろ歩いてたんですけど、あなたの方が怖かったですよね」
女子高生は鼻をすすりながら丁寧に詫びる。意外に冷静に分析されてる。
「うん、最初はちょっとね。出たかと思った」
正直に白状すると女子高生はふふっと笑った。泣いたままの顔で笑うってのは、ちょっと卑怯だよなぁ。
「あはは、ほんとごめんなさい。ええっとぉ、大体想像つくかと思うんですけど、今日振られちゃって」
見ず知らずの人間に根掘り葉掘り聞かれるのが嫌だったのか、それとも変に気を遣われるのが嫌だったのか、彼女は先に事情を話し始めた。
「こんな時間までどこにいたの?」
「何か帰りたくなくて、うろうろ……友達にも頼りたくなくてぐずぐずしてたんです。家には電車のトラブルで遅くなったって電話しちゃった」
一人で時間を過ごしたから少し落ち着いたのだろうか。振られた理由を聞くのは野暮だよな、と思ってると。
「今日ね、クリスマスだからケーキを焼いたんです。でも彼は、手作りのものが嫌いな上に甘いものも駄目で……ちゃんと調べておけばよかったんだけど、私お菓子作りは好きで割と自信があったから、絶対美味しいって思ってもらえると思って……でも、嫌いな人だっているんですよね」
えへへ、と笑いながらまた涙を浮かべてる。俺はむっとした。
世の中には甘いものが全然食べられない人がいるのはわかってるが、一生懸命作ったケーキをないがしろにするのはやっぱりちょっと許せない。これは俺のエゴだ、わかってる。でも。
「本当は、多分、彼はケーキじゃなくて私のことが好きじゃないんだけど、はっきり嫌いって言えなかったんだよね……」
彼女の方がずっと冷静だった。いかん、ちょっと落ち着け、俺。
「持って帰ると家族にばれちゃうし、かといって捨てるなんてできなくて、ぐずぐずしてたんですよ……」
それでこんな遅くまで、手も顔も真っ赤にして、きっと人に見られないように歩いていたんだろう。
(可愛い子なのにな)
ふと思って、慌てて否定する。いや、可愛いのは事実だが女子高生にときめくな俺。犯罪だ犯罪。
「じゃあ、俺がもらってあげるよ、そのケーキ」
ついそう言ってしまうと、彼女はえ、と顔を上げた。
「え、本当ですか?」
「うん、俺も今日は一人でさみしいクリスマスだからね、ありがたくいただきます」
「……ありがとう、ございます」
彼女の手からケーキの箱を受け取って、それから家の近くまで送った。心配して外に出てきていた母親に完全に彼氏だと勘違いされたけど、ケーキの箱を持っている手前強く否定もできず、適当に誤魔化して帰った。
名前を聞くのを忘れたと思ったけど、きっともう逢うこともないだろう。
ケーキ屋がケーキをもらってどうするよ、と自分に激しく突っ込みを入れたけど、これも研究、と言い聞かせた。
急いで風呂に入り、コンビニで買ってきたチキン代わりのから揚げと、ビールを開けてから冷蔵庫にしまっておいた女子高生作のケーキを開けてみる。五号ぐらいか、十五センチぐらいの小振りのホール。よかった、巨大なケーキじゃなくて。どんなに美味しくても一人暮らしで大きいサイズはちょっと困る。それでなくても明日にはきっと店での売れ残りをもらってくるだろうから。
一日持ち歩かれたせいもあるだろうが、生クリームが揺れ動いていた。デコレーションはやっぱりというか微妙な、いかにも素人が作りました、という感じ。
ところがフォークで一口切りとって食べてみると、これが予想外に美味しかった。
「美味い…」
思わず声が出たほど、それは本当に美味しかった。自信があると言っていただけはある。生地のきめは細かいし滑らかでやわらかい。クリームもデコレーションは今一つだけど、味は悪くなかった。簡単に生クリームを混ぜただけじゃない、プロっぽい味がする。
素人と侮って悪かった。俺は純粋に通りすがりの女子高生を尊敬した。
同時に、まったく別のことを思い出していた。
子供の頃、製菓学校に通っていた姉さんが魔法のように作ってくれたお菓子の数々に憧れて、中学生ぐらいで自分でもこそこそとお菓子作りを始めた頃のことを。
当時はまだ男がお菓子作りなんて、という風潮が強かったから誰にも内緒でやっていた。家族は気づいてはいただろうけど見て見ぬ振りをしてくれた。
その年のクリスマスに、初めて大きなホールケーキを作ったんだ。
姉さんはもう結婚して家を出ていたし、両親を喜ばせたい一心だった。
自分では不恰好だと思ったけれど、みんなが喜んでくれて褒めてくれた。父さんは写真まで撮って後で姉さんに見せたくらいだ。
あの時の味に、似ている。
実際の味がどうだったかではなくて、俺の原点の味だ。
俺は寒い一人暮らしのアパートで思わず涙ぐんでしまった。
それは忘れかけていた自分の原点に立ち返って、未来を見据えるきっかけになった。
だから、その女子高生にもらったケーキが、俺の背中を押してくれたといっても過言ではない。
それからフランスやベルギーに留学して、日本に帰ってからは自分の店を出してようやく軌道に乗った。スウィーツやパティシエといった言葉が流行り始めたのも追い風になった。
でも、あの時のケーキの味と、彼女の泣き笑いの顔を忘れたことは一度もなかった。
それから十年の月日が流れて、去年のクリスマス・イヴのことだった。
うちの店のクリスマスケーキは完全予約制だから、イヴであろうと営業は通常時間で終わる。八時きっかりに店を閉めてケーキの箱を二つ持ってハルカの家に向かう。
いつもはハルカが店まで取りに来るんだけど、今は身重なので今日は勝手に配達を承った。たまには遠回りも悪くない。
ところが、寄り道ついでに公園のイルミネーションでも見ようと、ハルカの家の近くにある公園内を横切っていると、旦那のヒカルくんにばったり逢った。
「ヒカルくん?」
「あれ、チトセさん。こんばんは」
どうしたの、と聞こうとして何やら公園の中が騒がしいことにやっと気づく。向こうの方に明かりが洩れている。グラウンドからだろうか。
「何かイベント?」
「そう、シークレットライヴなんですよ今日。椎名カホの」
「え、マジ? 観たかったなぁ」
「チトセさん、知ってるの?」
「そりゃ、地元の人気者だもん知ってるよ。売れてよかったよなぁ」
ヒカルくんはちょっと溜息をついた。
「チトセさん若い、と思ってたけど、そういう言い方する辺り親父くさい……」
「うるさいよ。で、お前さんは警備にでも借り出されてんの?」
ヒカルくんは警察署にお勤めだけど、刑事でも警察官でもないからまさかそんなことはないだろうとは思いつつ聞いてみる。
「違いますけど、人手不足らしくて何かあった時のための連絡要員です。家が近いからってだけの理由で」
「ああ、そう……ご苦労さん」
クリスマス・イヴなのに、という怒りが感じ取られたのでそれ以上追求はしないことにする。
俺はふと好奇心が沸いて聞いてみた。
「なあ、ライヴって今からじゃ観れないの?」
まさかヒカルくんがチケットを持ってるとも思えないけど。
「時間的にもう終わるとは思いますけど、観るのは観れますよ。フリーライヴなんで」
「え、そうなんだ、ラッキー。じゃあ、俺ちょっと行ってくる。あ、これお前んちのケーキね。ハルカに渡しといて」
そう言ってケーキをヒカルくんに押し付けると、背後からのブーイングを気づかない振りで俺は走り出した。
何か、予感があったのかもしれない。
椎名カホっていうのは、長年地元の人気バンドで歌ってたボーカリストなんだけど、バンドが解散してソロアーティストとしてデビューした。今二十七、ぐらいかな? 今時のアイドルと間違いそうな若い子たちとは毛色が違うけれど、実力派アーティストとして人気上昇中だ。
お客さんや若い友人の誘いでアマチュア時代のライヴも何度か見たことがあるし、声質も歌の感じも結構好きで、秘かに応援している。
公園の奥のグラウンドに設えた特設ステージで、ライヴは最高潮だった。シークレットとはいえ当然噂を聞きつけたファンや地元の仲間が大勢駆けつけたようだ。
それは奇跡かもしれなかった。
でも必然なのかもしれなかった。
いつでもどこでも世界には必要なことしか起こらない。
俺がステージの横側から中に滑り込んだ時には、もうライヴは殆ど終わりで、カホがお世話になったスタッフやメンバーを紹介しつつお礼を言っているところだった。
「そしてドラムはー、バンド時代からお世話になってます、ロウくん! ありがとう!!」
盛大なドラムロールが鳴り響き、客がわーっと盛り上がる。
「そしてそして! ずっと一緒に働いてきたぜ! 愛しのリョウコちゃん、ありがとう、愛してるー!!」
最前列を指差して手を振るカホの視線の先に、一番前で泣き崩れてる女の子が見えた。
(何か、泣いてる顔ばっかり見てるな、俺)
そして俺は、初めて彼女の名前を知ったのだった。
ライヴが終わっても人ごみを掻き分けて、見失わないようにずっと目線で彼女の動向を追う。案の定、スタッフらしき人と話をしていたからやばい、打ち上げにでも連れて行かれるかも、という不安に慌てて走った。
「あの、ちょっと待って! えっと、リョウコちゃん!」
いきなり不審な男に声をかけられたら訝しがるだろうけれど、少しは顔が知られてる俺でよかった、とこの時ばかりはちょっと思った。
「え、あれって、駅前のお店の人じゃね?」
「イケメンパティシエー」
などと周囲でざわつく声は無視するとして、リョウコちゃんは果たして振り返ってくれた。
「あ、あの!」
いきなり話しかけたところで話題がさっぱり思いつかない。今頃、俺のこと覚えてますかって言うのも何だかなぁ。
「あ! ……パティシエ・チトセ! さん……」
ところがリョウコちゃんは俺のことを知っていたらしく、小さく叫んで、それから見る見る真っ赤になった。あ、あれ? この反応は。
「あの……覚えてる?」
何を、とは言わなくても通じるようだ、と思った。
「ごめんなさい!」
リョウコちゃんはいきなり九十度に頭を下げた。え、俺もう振られてるの?
と思ってると、リョウコちゃんはまくし立てた。
「あの時は本当にスイマセン! まさかパティシエの方に、ケーキを食べさせるなんて……!」
ああ、そっちか。
俺は一人で内心一喜一憂して、それからやっとずっと大人になったリョウコちゃんを見つめた。
「ケーキ、美味しかったよ」
やっと言えたその言葉に自分自身が何よりほっとしているんだと気付いた。
「ありがとう。十年も経っちゃったけど」
リョウコちゃんはびっくりした顔で俺を見て、それから呆れたように苦笑いをした。
「チトセさんのお店が出来てから、もしかしてって思ってたんですけど、テレビでも観るようになって確信しちゃって……恥ずかしくてお店にも行けなかったんです」
だから、こんな近くにいるのに逢えなかったのか。時々送っていった家の近くも歩いてみたけれど、あの辺りは団地や集合住宅が多くて、自宅を特定するのは無理があった。おかしな真似をすればそれこそ不審者で通報されてしまう。
「ずっと、お礼を言いたかったんだ。ケーキの味だけじゃなくて、大事なことをたくさん教えてくれたから」
だから今の俺があるんだ。
そう言うと、リョウコちゃんはまた目を潤ませた。
どうしよう、これから、どうすればいい?
いい歳した大人が情けないなと思うけれど、俺の心の中は右往左往という言葉がピッタリだった。だって今更、リョウコちゃんが独身であるかもわからないし彼氏がいないとも言い切れない、微妙なお年頃だ。
そこで俺は手にしたもう一つのケーキを思い出す。何となくイヴぐらいは、と自分用に持って帰る気になったのも気まぐれに近い。それだって必然だというのなら。
「とりあえず、あの時のお礼を、させてくれませんか?」
ケーキの箱を持ち上げてみせる。
きっと走ったせいで、生クリームは揺れ動いてると思うけど。
リョウコちゃんは、初めて、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「……何それ? 結局イケメンの勝ちって感じ?」
仕事上がりに姉さんの家で、学校を終えて帰宅したヒロトが物凄く嫌そうな顔をした。
「っていうか! それってあたしとヒカルちゃんのおかげじゃないの? ねぇチトセ叔父さん! あたしたちもっと感謝されてもよくない?」
「本当ですよ」
赤ん坊を抱いて、あの時は仕事中なのにケーキ持たされてとぶつぶつ言ってるヒカルくん。
「じゃあチトセさん、椎名カホに逢えるかもしれないですよねぇ、いいなぁ」
呑気な声をあげるのはヒナコちゃんだ。
うん、すべて君たちの言う通り。
だから俺は、大人しくそれぞれの欲しいものリクエストをお伺いすることにした。本当はヒカルくんとハルカの分だけでいい筈だけど、この家で不公平は通じない。今はそこそこ稼いでいるし、パティシエとしての俺を育ててもらった姉さんと実家に対する恩返しの意味もある。
リハビリ中の姉さんはあまり言葉を発することはできないけれど、終始にこにこしていた。
「よかったね、チトセ」
「ありがとう、姉さん」
リクエストが通って満足したのか、赤ん坊を抱くのを交代して、ハルカが結婚の先輩としてちょっと生意気な顔になった。
「まあ、とにかく、幸せになってよね、チトセ叔父さん」
上から目線の言い方だったが腹は立たなかった。
「そうだな、お前たちみたいにね」
そう言うとハルカは満足そうに微笑んだ。
それは本当に満たされた笑顔だった。
俺もこんな風にリョウコちゃんを笑わせてあげられるかな。
白いケーキの上に乗っかった、お菓子の家を思い出した。
中学生の俺が作ったケーキにはなかったけど、十年前のリョウコちゃんのケーキには乗っていた。
幸せの象徴みたいなお菓子のおうち。
二人で築いていけますように。
スウィートホーム・ケーキ 完
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