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桜100% ①
しおりを挟む満開の桜の下、あの人に出逢った。
県外から入学した高校には、当たり前といえば当たり前だけど知っている人は一人もいなくて、あたしは記念すべき入学式をぼーっとして過ごした。
本当は入学式の後、教科書類を一式買わなければいけなくて、まぁもちろんそれだけじゃなくて入学式なわけだから、当然のことのように殆どの生徒は誰か保護者がついて来ていたんだけど、仕事で忙しい両親を煩わせるのも気が引けて、お金だけ預かって一人で来たのはあたしぐらいだったかもしれない。
昔からあまり友達づきあいをしない方だったから、一人は全然平気だ。
「君、一人なの? 結構重いけど大丈夫?」
教科書購入のために特設された教室の中で、手伝いをしているらしい上級生が心配してくれたけど、あたしは曖昧に笑った。
「大丈夫です。自転車なんで」
そう言って大きな紙袋を抱えて教室を出る。
全教科の教科書や副教材を合わせると、結構な量になるのは目に見えている。おまけに本というものは大体重い物と相場が決まっている。
でもいかんせん、性分というのはなかなか変わらない。そう簡単に人に頼れるのなら、初めから両親のどちらかでも連れてきているだろう。
校舎裏の駐輪場に行くまではそれほど距離があるわけじゃないけど、あんまり、人には見られたくないな、とちょっと思った。
「……さ、さすがに……お、重い」
しばらく歩いて人気がなくなったので、一旦荷物を降ろして息をつく。ふう、とまるで溜息みたいに吐き出された空気の反動で無意識に顔を上げた。
そこには。
「―――――……う、わ」
満開の桜があたしを見下ろしていた。
あたしは呆然とその光景に見入ってしまった。
桜の花びらが舞い踊る、幻想的な天井。
朝は反対側から校舎に向かったから、ここに桜がこんなに咲いていることには気づかなかった。樹齢何年なのか、かなり幹も太く背の高い桜の木。
「あ、君!」
いた、という声が聞こえたのはその次の瞬間。
あたしのこと? と振り返るその目に飛び込んできたのは、一人の男子生徒だった。
「ああ、良かった、間に合って」
(……この人)
桜の花びらが舞い散る中、少女漫画か女子が好きそうなラノベにでも出てくるような爽やかなイケメンが突然現われるなんて出来過ぎ。あたしはちょっとびっくりしたけど、すぐにその顔に思い当たった。
ぼんやり過ごした入学式で、挨拶をしていた生徒会長、だった。
ぼんやりしていたのに覚えてるのは、彼が壇上に上がった途端、在校生からは盛大な歓声が上がり、新入生からはざわめきが起こったから、さすがのあたしも意識を引き戻されたんだった。
(確かに、すごくカッコイイ)
近くで見ると、キラキラとオーラを放っているようにさえ見える。
どうしてこの人がここに、と思って、そう言えばさっきの教室の隅っこにいたかもしれないと思い出す。あたしの荷物を気にして追いかけてきてくれたんだろうか。
「それ、重いでしょ? 自転車置き場まで持ってくよ」
そう言うと紙袋を持ち上げさっさと駐輪場まで歩いていく。あたしは慌てて追いかけた。
「あ、あの、ありがとうございます!」
「あ、いや別に気にしなくていいよ。まぁ……これが仕事みたいなもんだから」
照れたように、わざとぶっきらぼうな言い方をするあたり、見た目とは少し違う人かも、とちょっと思った。チャラチャラした感じではない。
「あの、生徒会長さん、ですよね」
「はい。三年A組の佐倉光です。よろしくね」
「……」
黙ってしまったあたしを見て、光先輩はちょっと慌てた顔になる。
「あ、あれ? 別によろしくしたくない?」
言い方が軽かったかと気にしたようだ。
勿論その言葉が社交辞令だってことぐらいはわかっているけど、あたしが黙ったのはそういう意味じゃない。
「いえ、違うんです。あの、あたしも『さくら』っていうんで……一年C組の、長谷川桜です」
名字と名前だから字も違うしイメージもだいぶ違うけど。気持ちの問題だ。
「あぁ、そうなんだ。偶然だね」
光先輩はちょっとほっとしたような顔をして、それから面白いことを思いついた子供みたいに、にやっと笑った。
「じゃあ、俺と君が結婚したら、さくらさくら、になっちゃうね」
「……」
冗談なんだろうけど、高校生がそういう冗談を言うのはどうかと思う。でもここで黙ってしまうともっと気まずい空気が流れてしまいそうだったので、あたしはとっさに乗ってみることにした。
「あはは、ほんとですね!」
せんぱいおもしろーい、と大袈裟に笑ってみせた。
「ありがとうございました」
「いえいえ、じゃあ気をつけて帰ってね」
自転車の籠には乗り切らなかったので、残りの教科書を持ってきていたサブバッグに入れて、後ろの荷台に括りつけるところまで光先輩は手伝ってくれ、じゃあ、と手を振って校舎に戻っていった。
(あの人……天然だよね)
間違いなくもてるだろうけど、あんまり自覚はないかもしれない。でも、そういうところが尚更人気の理由なのかも。
颯爽と走っていく後ろ姿も、背が高くて、スタイルがよくて、おまけに生徒会長なんて、神さまって不公平と思う人がどれだけいるだろう。
そしてまんまとその出逢いとシチュエーションに、あたしも見事に嵌められてしまった。
一目惚れ、という春の病だ。
全部、桜のせいだ。
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