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夏 1

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 暑い。

 暑い、と思いながらトク子さんは着ている服を脱ぎ始めた。

 どうしてこんなに暑いんだろう、夏だから? 確かにそうですけども、と何やらぼやきながら服を脱ぐ。

 脱ぎながら頭の片隅で裸になったら恥ずかしいじゃないですかと突っ込む自分もいるのだけれど、暑さに耐えきれずトク子さんは脱ぎ続ける。

 不思議なことに、脱いでも脱いでも全裸になることはなかった。

 最後、何故か白いワンピース一枚になって、やっと脱ぐのをやめると、目の前に山盛りの服が積み重なっていて、まるで数日さぼっていた洗濯物の山のようで、トク子さんはおかしいな、と首を傾げる。

(こんなに服、着てたっけ?)

 でも、脱いだお陰で涼しくなった、と嬉しくなって小躍りしていると、トク子さんの体が少しずつ宙に浮き始めた。

「え、え、ちょ、ちょっと待って、待ってください……!」

 慌ててじたばた手足を動かして地面に足をつけようとするのだが、降りられない。

「無理だよ」

 聞き慣れた声に、はっとして顔を上げると、そこには水希が立っていた。否。トク子さんと同じように宙に浮いている。

「みーくん」

 いつもなら水希に逢えて嬉しい気持ちが沸くけど、何だか様子がおかしい。

 そうだ、水希が無理だとか、否定的な言葉を言う筈がない。

「無理って、何がですか?」

 すると水希は満面の笑みを浮かべて、トク子さんに手を差し出した。

「トク子さん、天界の食べ物を食べたから、もう僕たちの仲間になっちゃったの。だから、一緒に行こうよ」

「はい!?」

 天界の食べ物? そんなもの食べた覚えがない、と思いかけて、ちょっと前に水希が持ってきた天界温泉まんじゅうを思い出して青ざめる。

「え、でもあれは、みーくんが勧めてくれたんじゃないですか! そんな、人間が食べちゃいけないものなら、どうして私にくれたんですか?」

 すると水希は、嬉しそうにくすくす笑いながら、ぺろっと舌を出す。

「ごめんねぇ、トク子さんに言っちゃうと断られると思って。僕らトク子さんともっと仲良くなりたくて、トク子さんも神様になればいいんじゃん、って思ったの、だから」

「いやいやいやいや、そんな簡単に神様になんてなれないでしょう? それに、駄目ですよ、慶さんを置いて神様になんてなれるわけがないじゃないですか!」

 必死に叫んでいるのに水希は聞いていない。トク子さんの手を取って、

「さあ、行こうよ。他の神様たちも楽しみにしてるからさー」

 と、更に上に昇っていく気配。

「いや、駄目です、無理です。駄目ですって、みーくん、みーくん!?」

 水希は振り返って何かを言ったようだったが、その言葉はトク子さんには聞き取れなかった。




 トク子さんは、ハッとして目を開けた。

「ゆ、夢オチ……?」

 暑くて目が覚めたようで、額や首筋にまあまあ汗をかいている。

(暑かったのと、温泉まんじゅう、気になってたからかな……)

 この世のものではない美味しさの饅頭は、それはそれは美味しくて幸せな気分になったのだけれど、後から、天界の食べ物を人間が食べてはいけないのではないだろうかと、不安になって悶々としていたのだ。

(でも、慶さんも食べましたよね……)

 普通にその辺のお土産屋さんで売っているような箱に入っていて、残ったものは二人で食べてねと水希が置いていったので、その通り夜になって慶さんと食べたのだった。この美味しさを慶さんにも分かち合わなければ、と使命感にすら駆られたのだけれど。

(……豚になるならともかく、神様になるというのは、逆に都合がよすぎですね……)

 起きただけなのに酷く疲れた気分で、のろのろと起き上がる。

「夜もエアコン入れてないと、もう無理ですねぇ……」

 山の上はもっと涼しいかと思ったけれど(実際冬は寒かった)、夏は夏でしっかり暑いようだ。




「あっははははははは!」

 その日、いつものようにやって来た水希に夢の話をすると、それはもうお腹を抱えて大爆笑だった。

「トク子さん、それ、アニメとかの影響受けすぎだよー」

「ですよね、自覚はあります……」

 アニメはアニメ。漫画だって小説だって、基本的に創作なのだから、同じことが起こるわけではないのは、トク子さんだってわかっている。

「そりゃあさ、ああいうものは、何かしらインスピレーションを受けて創られてるんだろうから、真理が描かれてることは多いだろうけどね」

 一頻り笑った後、ちょっと真面目な顔になって水希がトク子さんを諭すように、慰めるように言を継ぐ。

「天界温泉まんじゅうは、人間が食べても豚にも神様にもなったりしないから」

「……安心しました」

「大体そんなこと言ったらさあ、慶くんなんか子どもの頃からいろいろ食べてるよ?」

「え、そうなんですか?」

「うん」

 慶くんに限らないけどね、と思い出すようにふふふっと笑った顔は、何代にも渡る水元家や、この集落の子どもだった人たちとの思い出を浮かべているのかもしれない、とトク子さんは思った。

 子どもの頃に逢えていたら人生違ったかも、と思うけれど、今この時点で出逢えただけでも、とても幸せなことだな、と自分を納得させた。

 それはきっと、奇跡のような出逢いなのだ。
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