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初夏

初夏 5

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「何にも特に理由はないんだよー。集まってどんちゃん騒ぎするだけで」

「そうなんですか?」

 神々の集いなどというと、もっと厳かなイメージが沸くけれど、日頃の水希の様子を見る限り、神妙にしている姿は確かに想像できない。

「しかし今回の主役は水希さまでしたな」

 誇らしげにちょっと鼻を高くするたぬ吉氏。

「そうなんですか?」

「え、違う違う。僕じゃなくて、言ってみればトク子さんだよ、主役は」

「は?」

 その場にいない人間がどうやって主役を与えられるというのか。

「まあ、そうですな」

「神様方、それはそれはトク子さんがお気に入りでしたねぇ」

 たぬ子さんまでうっとりと思い出しているように呟く。

「……えっと、全然逢ったこともない神様がたくさん、私のことをご存じと、そういうことですよね……?」

 おかしいな、そろそろクーラーを入れようかと思うほど暑くなっているのに、何だか背中に冷たい汗が流れるのは気のせいでしょうか。トク子さんは人間に噂されるのだって考えたら怖いと思うけれど、大勢の神様が自分の話をしているなんて、畏れ多いにもほどがある。

「……あ、嫌だった?」

「いえ、嫌とかそういうスケールの話ではないですね」

 一体何がどうなってそうなったのか、経緯が知りたいところである。知ったところで何も出来ないが。

「あー、でもさ、元々ここの家は神様との縁が強いところで、慶くんのことを知ってる神様も多いから、慶くんのお嫁さんが話題になるのは自然なことかなー」

「あ、ああ、なるほど、それならわからなくもないですね……」

 そうか、トク子さんが個人的に注目されているというよりは、水元家自体が言ってみれば水希に守護されているわけだから、目立ってしまうのは仕方ないのかもしれない。

「でも何だか恥ずかしいというか、こんなズボラな嫁ですいません、って感じですけど」

 まさかと思うけど、いつもゴロゴロしたり家事に翻弄されて一人で慌てたりしているのを見られたりはしていないだろうかと不安になる。

「みんなベタ褒めだったよー」

 はい? と目が点になるトク子さん。

「私の、どこを、どう切り取ったら、ベタ褒めする要素が、あると、いうのですか?」

 動揺しすぎて片言みたいに聞き返してしまう。

「かわいいよねぇって、みんなが口を揃えて言ってた」

 何故か嬉しそうに、にこにこする水希。その横でうんうんと頷く狸夫妻。

「それは、容姿がどうとかいう話ではないですよね?」

 トク子さんがアイドルばりの美少女であれば、容姿を褒められるのもまあわかる。でもトク子さんは自分が美人でないことは十分に承知している。それについて特に卑屈になったこともない。トク子さんは自分の美醜を他人と比較する必要性を感じるほど、人と関わってこなかったからだ。

 それに、神様が美醜について評価を下すようなことはしないだろう。

 でも。

「神様が仰るのは、もっとこう、内面の美しさみたいなことなんでしょうか」

 だとしたら、それこそトク子さんは自信がない。自己否定の塊みたいに育ってきたのに、心が美しいなんてことはあるわけがない、と思っている。

「うーん、そうともいえるけど、ちょっと違うんじゃない? もっと、何ていうかトク子さんの本来の魅力というか、そういうのが可愛いんだと思うんだよね」

 そうか、と急に水希の言葉が胸に入ってきた。

 褒められているのだから、素直に受け取ればいいだけなのだ。事実かどうかなど関係ないのだ。いちいち否定しようとする気持ちが沸くのはトク子さんのコンプレックスもあるけれど、日本人特有の謙遜が過ぎる部分もあるのではないだろうか。

 相手が褒めてくれているのを否定するのは、自分だけでなく相手をも否定する行為ではないか。

(なかなか悪い癖が抜けませんね)

 反省して小さく溜め息をついたトク子さんは、切り替えるように笑顔になった。

「自分ではわかりませんけど、そう言ってもらえるなら嬉しいです。他の神様方にも、また機会があればお礼を言っておいてくださいね」

「うん、わかったー」

 あ、そうだ、と言って水希はキッチンに走っていくと、山盛り野菜のざるの下からごそごそ何かを引っ張り出してきた。

「これ食べようよ、天界温泉まんじゅう。美味しいんだよー」

「……天界に温泉があるんですか?」

「うん」

 あ、待って神様が入るお風呂屋さんのアニメとかありますよね、とトク子さんの脳内で一瞬上映された大ヒット映画を思い出して、一人こっそりにやけてしまった。

 いいな、きっと人間が迷いこんではいけない場所なんだろうけれど、想像するのは楽しそうですね、とトク子さんは楽しい気分になってきた。

「あ、じゃあ今度はお茶入れます。日本茶のほうがいいですよね」

 少し暑いかな、と思いつつ和菓子には日本茶だろうと頂き物のいいお茶を入れて、ほっこりしながらお饅頭をいただいた。

「……何ですかこれ、本当にものすごく美味しいです」

 白いふわふわした不思議な食感のお菓子は、確かにトク子さんが今まで食べたことがない美味しさだった。

「でしょう? 口に合ってよかったー」

 感動するくらい美味しくて、まさに天界の美味なんだな、とトク子さんは味わって食べたのだった。
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