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初夏
初夏 2
しおりを挟むトク子さんは、それはもう致命的に人の顔と名前が覚えられないのだが、似たような年代の高齢者たち、トク子さんの両親より少し上の世代の人たちは特に見分けがつきづらく、数回しか逢ったことがないと尚更わからない。
その中で実和子さんは数少ない三十代なので間違えようがなく、慶さんの同級生ということもあって、ちゃんと知ってる、と言える唯一の地元民だ。
敬老会を兼ねた集まりで逢って、慶さんがトク子さんトク子さんと呼ぶものだから、私もトク子ちゃんて呼んでいい? と言ってくれた。
爽やかで気さくな人で、人見知りコミュ障のトク子さんだが、ちょっと仲良くなれたらいいな、と秘かに期待している人でもある。ちょっと、というところがみそである。
「実和子さん、歩いてここまで来たんですか? 何かありました?」
具体的な場所は知らないが、集落は奥のほうに民家が集中しているので、歩いてくるには結構な距離がある。いつもは車に乗っている時しか見かけたことがない。
「そうなの。あのね、猫見なかった? 白っぽい猫、オッドアイ……目の色が左右違ってるの」
「!」
見たも何も、今この場から去ったばかりである。
「見ました。というか、あの、今ここにいたんですけど、あっちに走って行っちゃって」
草むらのほうを指差すと、
「あああー、そっかー」
残念、と肩を竦めて、そんなに本気でがっかりしてるようではない。
「実和子さんちの猫なんですか?」
逃げ出した猫を捜しているなら、こんな反応はしないだろうな、と思いつつ聞いてみる。
「ううん、最近うろうろしてて、あんまり綺麗な子だから、どっかの飼い猫かもしれないと思ったんだけど、近所の人たちは誰も知らないって言うから、やっぱり野良猫なのかも」
「そうなんですか、確かにすごく綺麗な子でした」
「でしょう? うちで飼ってもいいかなと思ったんだけど、窓越しにうちの子たちと、それはそれは相性悪そうだったから無理かなーとは思ったんだけどね」
実和子さんの家には三頭の先住猫がいるらしい。
「そうなんですか」
そうなの、と言いつつ実和子さんはトク子さんが持っているペットベッドに注目している。
(ああ、動物飼ってる人は目が行っちゃいますよね)
「トク子ちゃん、それ……猫か犬か飼ってるの?」
「いえいえー、これはあの、ここのウッドデッキの下に、た……」
たぬきの夫婦が、なんてさらっと言いそうになって慌てる。
「そ、それこそたまに野良猫でも休んでもらったらいいなーと思って置いてるんです。暑くなってきたから夏用のに換えたところで」
ドキドキドキドキ。不自然じゃなかったかしら? そもそもトク子さんの挙動は微妙に不審なので大丈夫じゃないかなとか自虐的に思ってみたり。
いや、もしかしたら、集落で育った人には狸夫妻もお馴染みかもしれないが、確認してからでも話すのは遅くない。
「そうなの? やさしいのねぇ」
「そ、そんなことはないですけど、さっきの猫ちゃんもここで寝てたんですよー」
「へえ」
よかった、それは間違いなく事実だからトク子さんは自信満々に伝えることが出来る。嘘も方便、時と場合によりけりで、何でも正直に言えばいいというものではない。
わかっちゃいるが、トク子さんは嘘をつくのが苦手で、嘘じゃなくても言わなくていいことまで言ってしまったりする、ばか正直なところがあって、たくさん失敗してきたのである。
(ぼろが出る前に撤退すべし)
経験則から脳内警報が鳴り始めたので、トク子さんはじゃあ、と話を切り上げる。
「また、あの猫ちゃん見かけたら連絡しますね」
「ああ、うん、そうね」
ありがとう、と手を振って実和子さんは帰っていき、トク子さんはやれやれと家に入った。
洗おうと思った冬用のペットベッドは、先ほどの猫の毛らしきものは少し付いていたけれど、狸夫妻のものらしい毛は一切なくて、外に置いてあったのに地面に触れたところ以外は殆ど汚れていなくて、そのまま洗濯機に放り込んだ。
どういう仕組みなのか全くの謎だけれど、神様のお付き恐るべし……と戦慄したのだった。
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