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初夏
初夏 1
しおりを挟むそんな平和な日々を過ごし、季節は夏に差しかかろうとしていた、ある日。
トク子さんは、ウッドデッキ下の狸夫妻用のペットベッドを、夏用のひんやり素材の物に替えようとデッキ下を覗き込んだ。
「あれ?」
冬用のもこもこベッドに、何かが乗っている。
「……!」
明らかに狸の茶色とは違う、薄い色の物体だったので、トク子さんは身構える。
(え、野良猫?)
野良猫ならまだいいが、何か得体のしれない生き物だったらどうしようと恐怖心が浮かぶ。
いや、常識外れの存在を見すぎでしょ、と自分に突っ込む。
ぐっすり眠っているようなので起こすのも気が引けるし、野良猫だったら驚いて逃げてしまうかもしれない。どうしよう、と戸惑っていると、その物体がもぞもぞと動いて顔を上げた。
(うわ)
「ニャー……」
まだ半分寝ぼけたような声で鳴いたのは、やはり猫だった。猫だったのだが。
(すっごい、綺麗な子……)
体を起こした姿はまだ少し小さくて、子猫なのかもしれない。トク子さんは猫好きだが飼ったことはないのでよくわからないけれど、大人にはなりきっていないくらいなのかなと何となく思った。
そして、野良猫とは思えないほど美しい、と思った。
毛色は白っぽいが白ではない、グレーでもない、何といえばいいのか、銀色のような不思議な光沢を放ち、右の瞳は金色、左の瞳は青なのか、薄い紫のようにも見える。紫の瞳なんてあるのかな、と疑問に思ったが水色とか青とかそれっぽい色が、紫のように見えているだけなのかもしれない。
(オッドアイ、ってやつですよね)
猫の種類は動画などで見て割と知っているほうだと思うけれど、どれにも当てはまらない気がする。
(雑種なのかもしれないけど……汚れてもいないし綺麗すぎる。どこかから脱走した迷子かな?)
かといって近所の猫を飼っている家なんて知らないし、あまり付き合いのないお宅に聞いて回る勇気がトク子さんにある筈もない。しかし見つけてしまった以上、放っておくのも気が引ける。
(とりあえず慶さんが帰ってきたら相談するとして、保護したほうがいいのでは……)
野良猫なら逃げるかもしれないけれど、とても野良猫には見えない。誰かが探しているかもしれない。
しかし、もし人間に慣れていなければ、ビビりのトク子さんが捕まえたりできるとも思えない。
(ど、ど、ど、どうしよう。どうする?)
どうしてこういう時に、水希や狸夫妻が来てくれないのか、勝手に不満に思ってしまったトク子さんだったが、それも杞憂に終わった。
子猫は、すっと立ち上がるとトク子さんの足許にすり寄ってきて、スルスルっと一週すると、軽やかに走っていってしまった。
「え、あ、ちょ」
トク子さんが反応する間もなく、一度振り返ってニャーンと鳴くと、あっという間に草むらに消えてしまった。
(猫って、早いんですね!)
ほっとしたような、どこか残念なような気持ちでやれやれと思い、とりあえずペットベッドを入れ換えて家に入ろうとすると、声をかけられた。
「あ、トク子ちゃん?」
「はいっ?」
あまり人の姿を見ないのでびくっとして、慌てて声の主を見ると、ほっとして笑顔が出た。
「実和子さん」
それは、地域で比較的歳の近い主婦で、慶さんの同級生だった。
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