上 下
22 / 27
初夏

初夏 1

しおりを挟む

 そんな平和な日々を過ごし、季節は夏に差しかかろうとしていた、ある日。

 トク子さんは、ウッドデッキ下の狸夫妻用のペットベッドを、夏用のひんやり素材の物に替えようとデッキ下を覗き込んだ。

「あれ?」

 冬用のもこもこベッドに、何かが乗っている。

「……!」

 明らかに狸の茶色とは違う、薄い色の物体だったので、トク子さんは身構える。

(え、野良猫?)

 野良猫ならまだいいが、何か得体のしれない生き物だったらどうしようと恐怖心が浮かぶ。

 いや、常識外れの存在を見すぎでしょ、と自分に突っ込む。

 ぐっすり眠っているようなので起こすのも気が引けるし、野良猫だったら驚いて逃げてしまうかもしれない。どうしよう、と戸惑っていると、その物体がもぞもぞと動いて顔を上げた。

(うわ)

「ニャー……」

 まだ半分寝ぼけたような声で鳴いたのは、やはり猫だった。猫だったのだが。

(すっごい、綺麗な子……)

 体を起こした姿はまだ少し小さくて、子猫なのかもしれない。トク子さんは猫好きだが飼ったことはないのでよくわからないけれど、大人にはなりきっていないくらいなのかなと何となく思った。

 そして、野良猫とは思えないほど美しい、と思った。

 毛色は白っぽいが白ではない、グレーでもない、何といえばいいのか、銀色のような不思議な光沢を放ち、右の瞳は金色、左の瞳は青なのか、薄い紫のようにも見える。紫の瞳なんてあるのかな、と疑問に思ったが水色とか青とかそれっぽい色が、紫のように見えているだけなのかもしれない。

(オッドアイ、ってやつですよね)

 猫の種類は動画などで見て割と知っているほうだと思うけれど、どれにも当てはまらない気がする。

(雑種なのかもしれないけど……汚れてもいないし綺麗すぎる。どこかから脱走した迷子かな?)

 かといって近所の猫を飼っている家なんて知らないし、あまり付き合いのないお宅に聞いて回る勇気がトク子さんにある筈もない。しかし見つけてしまった以上、放っておくのも気が引ける。

(とりあえず慶さんが帰ってきたら相談するとして、保護したほうがいいのでは……)

 野良猫なら逃げるかもしれないけれど、とても野良猫には見えない。誰かが探しているかもしれない。

 しかし、もし人間に慣れていなければ、ビビりのトク子さんが捕まえたりできるとも思えない。

(ど、ど、ど、どうしよう。どうする?)

 どうしてこういう時に、水希や狸夫妻が来てくれないのか、勝手に不満に思ってしまったトク子さんだったが、それも杞憂に終わった。

 子猫は、すっと立ち上がるとトク子さんの足許にすり寄ってきて、スルスルっと一週すると、軽やかに走っていってしまった。

「え、あ、ちょ」

 トク子さんが反応する間もなく、一度振り返ってニャーンと鳴くと、あっという間に草むらに消えてしまった。

(猫って、早いんですね!)

 ほっとしたような、どこか残念なような気持ちでやれやれと思い、とりあえずペットベッドを入れ換えて家に入ろうとすると、声をかけられた。

「あ、トク子ちゃん?」

「はいっ?」

 あまり人の姿を見ないのでびくっとして、慌てて声の主を見ると、ほっとして笑顔が出た。

「実和子さん」

 それは、地域で比較的歳の近い主婦で、慶さんの同級生だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

処理中です...