11 / 27
今冬
今冬 4
しおりを挟む翌朝、お正月のまったりした空気の中だらだらこたつでぬくぬくしながら、とりとめもなく話した。こんなに人(ではないけど)と話すの初めてかもしれない、とトク子さんは不思議に思う。
「そういえば、たぬ吉さんたちは、みーくんと一緒に来ない時は何をしてるんですか?」
水希が自分のことを〈みーくん〉と呼んで欲しいと言うので、畏れ多いなと思いつつお言葉に甘えることにしたトク子さんだ。そう言われると慶さんもみーくんと呼んでいるから、まあ、いいか、と納得した。そもそも見た目が子どもなので、神様ー、ははーっ、という感じにはならなくてちょうどいいかもしれない。慶さんが基本敬語で話すのでトク子さんもつられて敬語が多いし。
たぬ吉さんは、何故かちょっと照れながら、トク子さんの質問に答える。
「我々は、こちらのおうちの床下で寝させてもらったり、集落をパトロールしたりしております」
「へぇ……」
それを聞いてトク子さんの脳裏に、床下の土かコンクリートか、冷たい場所で猫のように丸まって眠る二匹の狸のイメージが浮かび、何だかいたたまれなくなった。
「寒くないですか?」
「いいえー、そもそも我々自前の毛皮がありますから、人間みたいには寒くないですが、今は普通の狸でもありませんのでな、それほど寒さは感じません」
「そうなんですか、それならいいけど……」
とはいえ、神様のお付きの狸が床下で寝るのもなぁ、と思ってあれ? とトク子さんは疑問が浮かぶ。
「床下って、通気口狭くないですか?」
「ああ、そうなんですよ、このおうちがきれいになって通気口通れなくなったもので、失礼ながら最近はほれそこの、うっどでっき、って言うんですか? その下で寝ております。ま、我々を襲うような強者もおりませんから安全ですしね」
まあ、それはそうだ。
「じゃあ、今度寝心地の良さそうなベッドか何か、置いておきますね」
猫用とか犬用とか、快適そうなものがある筈だ。
トク子さんが提案すると、たぬ吉さんもたぬ子さんも目を輝かせた。
「まあ、ありがとうございます」
「それはかたじけない」
ふたりがペットベッドで丸まって眠る姿を想像すると、可愛くてにやにやした。狸が猫みたいに寝るかどうかはわからないが。ちなみに昨夜のふたりはこたつでまっすぐ伸びて寝ていたけれど。
「あとは、パトロールって、どんなことを?」
「他の、ええっと普通の狸に、あまり人前に出ないよう注意したり、猪に畑を荒らさないよう説得したり、ですね」
「え、それってすごく偉いのでは?」
そもそも野性動物がそんな簡単に言うことを聞くものなのか。
純粋に浮かんだ疑問にたぬ子さんが敏感に察する。
「もちろん、そんなに簡単じゃないんですよ。野性動物なんて言うことは聞いてくれませんし。なので全然偉くはないです」
「あ、やっぱり……」
うっかり口が滑ったが、たぬ吉夫妻は特に気にしてない様子で、そうなんですよぅ、と訴える。
「言っときますけどね、トク子さん、あいつら言葉がわからないわけじゃないんですよ! 我々が舐められてるんです!」
「え、そっち?」
「そうです! もう馬鹿にしきってて、何を言っても鼻で笑われる感じなんですぅ。あんまり人里に被害を出したら猟師に撃たれますよ! って言ってるのに、ただの脅しだと思ってるんですよぅ」
「……それは、洒落にならないですよね? 脅しと言えば脅しなのかもしれないけど……」
この辺りに猟師がいるのかトク子さんは知らないけれど、田舎で害獣被害を抑えるために猪を捕ったりするのはテレビとかで見聞きしたことがある。そんで、ジビエ料理で村興しとかしてたりもするじゃない?
トク子さんはちょっとだけ、たぬ吉さんたちの言葉に耳を傾けない猪に同情した。いや、まだ撃たれてしまうと決まったわけではないけども。
「もし捕まっても自業自得ですよ」
たぬ吉さんが憤慨している。小さいお口でぷりぷりしてるのはとても可愛い。
だらだらするのが心地よすぎて、このままのんびり寝正月を決め込みたいところだけど、トク子さんは両手を上げて伸びをすると気合いを入れる。
「はあぁぁ、そろそろ片付けないと駄目だよなぁ……」
昨日の夜からの食べ終わった食器類がシンクに溜まっている。
「えー? いいじゃない、お正月ぐらい」
こたつに寝転がってトク子さんが持ってきた漫画を読んでいた水希が神様らしからぬ誘惑をする。
「いや、でもお正月なのに仕事に行った慶さんが帰ってきたら嫌でしょう、きっと」
そう言ってうんしょ、と重い腰を上げる。
慶さんは、いつもよりは時短だが元旦早々仕事なのだ。昨夜はあんなにたくさん飲んだのに、朝はけろっとして雑魚寝しているトク子さんたちを起こさないように静かに出勤していった。
帰ってきて片付いていないからといって、叱ったりする人ではないけれど、だからこそ怠け者のトク子さんもせめて最低限、自分が納得するくらいはやろう、と思う。っていうか、今片付けとかないと夜はもっと嫌になる筈だ。
「じゃあ、僕も手伝うよ」
水希も起き上がってトク子さんの後をついてくる。
「え、神様に手伝ってもらうなんて悪いからいいですよ!」
「いいよー、手伝ったほうが早いし。終わったらコーヒー淹れて」
屈託のない笑顔で言われては止められない。というのは半分嘘で、内心助かります! とトク子さんも笑顔を返した。
「朝は寝過ごしたから、お雑煮はお昼にしましょうかねぇ」
「うん!」
水希と並んでキッチンに立つと、不思議な感覚になった。神様だと頭ではわかっているけれど、普通に子どもと並んでいるみたい。
(子どもが出来たら、こんな感じなのかなぁ)
数ヶ月前までの、真っ黒だった自分が嘘みたいだな、とトク子さんはまた幸せに満たされていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる