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今冬
今冬 4
しおりを挟む翌朝、お正月のまったりした空気の中だらだらこたつでぬくぬくしながら、とりとめもなく話した。こんなに人(ではないけど)と話すの初めてかもしれない、とトク子さんは不思議に思う。
「そういえば、たぬ吉さんたちは、みーくんと一緒に来ない時は何をしてるんですか?」
水希が自分のことを〈みーくん〉と呼んで欲しいと言うので、畏れ多いなと思いつつお言葉に甘えることにしたトク子さんだ。そう言われると慶さんもみーくんと呼んでいるから、まあ、いいか、と納得した。そもそも見た目が子どもなので、神様ー、ははーっ、という感じにはならなくてちょうどいいかもしれない。慶さんが基本敬語で話すのでトク子さんもつられて敬語が多いし。
たぬ吉さんは、何故かちょっと照れながら、トク子さんの質問に答える。
「我々は、こちらのおうちの床下で寝させてもらったり、集落をパトロールしたりしております」
「へぇ……」
それを聞いてトク子さんの脳裏に、床下の土かコンクリートか、冷たい場所で猫のように丸まって眠る二匹の狸のイメージが浮かび、何だかいたたまれなくなった。
「寒くないですか?」
「いいえー、そもそも我々自前の毛皮がありますから、人間みたいには寒くないですが、今は普通の狸でもありませんのでな、それほど寒さは感じません」
「そうなんですか、それならいいけど……」
とはいえ、神様のお付きの狸が床下で寝るのもなぁ、と思ってあれ? とトク子さんは疑問が浮かぶ。
「床下って、通気口狭くないですか?」
「ああ、そうなんですよ、このおうちがきれいになって通気口通れなくなったもので、失礼ながら最近はほれそこの、うっどでっき、って言うんですか? その下で寝ております。ま、我々を襲うような強者もおりませんから安全ですしね」
まあ、それはそうだ。
「じゃあ、今度寝心地の良さそうなベッドか何か、置いておきますね」
猫用とか犬用とか、快適そうなものがある筈だ。
トク子さんが提案すると、たぬ吉さんもたぬ子さんも目を輝かせた。
「まあ、ありがとうございます」
「それはかたじけない」
ふたりがペットベッドで丸まって眠る姿を想像すると、可愛くてにやにやした。狸が猫みたいに寝るかどうかはわからないが。ちなみに昨夜のふたりはこたつでまっすぐ伸びて寝ていたけれど。
「あとは、パトロールって、どんなことを?」
「他の、ええっと普通の狸に、あまり人前に出ないよう注意したり、猪に畑を荒らさないよう説得したり、ですね」
「え、それってすごく偉いのでは?」
そもそも野性動物がそんな簡単に言うことを聞くものなのか。
純粋に浮かんだ疑問にたぬ子さんが敏感に察する。
「もちろん、そんなに簡単じゃないんですよ。野性動物なんて言うことは聞いてくれませんし。なので全然偉くはないです」
「あ、やっぱり……」
うっかり口が滑ったが、たぬ吉夫妻は特に気にしてない様子で、そうなんですよぅ、と訴える。
「言っときますけどね、トク子さん、あいつら言葉がわからないわけじゃないんですよ! 我々が舐められてるんです!」
「え、そっち?」
「そうです! もう馬鹿にしきってて、何を言っても鼻で笑われる感じなんですぅ。あんまり人里に被害を出したら猟師に撃たれますよ! って言ってるのに、ただの脅しだと思ってるんですよぅ」
「……それは、洒落にならないですよね? 脅しと言えば脅しなのかもしれないけど……」
この辺りに猟師がいるのかトク子さんは知らないけれど、田舎で害獣被害を抑えるために猪を捕ったりするのはテレビとかで見聞きしたことがある。そんで、ジビエ料理で村興しとかしてたりもするじゃない?
トク子さんはちょっとだけ、たぬ吉さんたちの言葉に耳を傾けない猪に同情した。いや、まだ撃たれてしまうと決まったわけではないけども。
「もし捕まっても自業自得ですよ」
たぬ吉さんが憤慨している。小さいお口でぷりぷりしてるのはとても可愛い。
だらだらするのが心地よすぎて、このままのんびり寝正月を決め込みたいところだけど、トク子さんは両手を上げて伸びをすると気合いを入れる。
「はあぁぁ、そろそろ片付けないと駄目だよなぁ……」
昨日の夜からの食べ終わった食器類がシンクに溜まっている。
「えー? いいじゃない、お正月ぐらい」
こたつに寝転がってトク子さんが持ってきた漫画を読んでいた水希が神様らしからぬ誘惑をする。
「いや、でもお正月なのに仕事に行った慶さんが帰ってきたら嫌でしょう、きっと」
そう言ってうんしょ、と重い腰を上げる。
慶さんは、いつもよりは時短だが元旦早々仕事なのだ。昨夜はあんなにたくさん飲んだのに、朝はけろっとして雑魚寝しているトク子さんたちを起こさないように静かに出勤していった。
帰ってきて片付いていないからといって、叱ったりする人ではないけれど、だからこそ怠け者のトク子さんもせめて最低限、自分が納得するくらいはやろう、と思う。っていうか、今片付けとかないと夜はもっと嫌になる筈だ。
「じゃあ、僕も手伝うよ」
水希も起き上がってトク子さんの後をついてくる。
「え、神様に手伝ってもらうなんて悪いからいいですよ!」
「いいよー、手伝ったほうが早いし。終わったらコーヒー淹れて」
屈託のない笑顔で言われては止められない。というのは半分嘘で、内心助かります! とトク子さんも笑顔を返した。
「朝は寝過ごしたから、お雑煮はお昼にしましょうかねぇ」
「うん!」
水希と並んでキッチンに立つと、不思議な感覚になった。神様だと頭ではわかっているけれど、普通に子どもと並んでいるみたい。
(子どもが出来たら、こんな感じなのかなぁ)
数ヶ月前までの、真っ黒だった自分が嘘みたいだな、とトク子さんはまた幸せに満たされていた。
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