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昨冬

昨冬 2

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 その夜、夕飯のカレーが出来上がった頃、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。最近のドアベルはお洒落な(?)メロディーが鳴るものもあるようだけれど、ピンと来なくて来客に気づかない可能性があるから普通のにしてください、と頼んだのはトク子さんだ。

「はーい」

 IHヒーターの電源を切って玄関に向かう。慶さんが帰ってきたのだと信じて疑わなかった。玄関に鍵はかけているけれど、慶さんは一応ピンポンを鳴らした後自分で鍵を開けて入ってくる。急に人が入ってきたら夫であってもビビるであろうトク子さんのことをよく理解している。

 だから出迎えるのは気持ちの問題なのである。新婚だからかもしれないが、ずっと面倒くさいと思わないでいたいな、とトク子さんは思っている。今は。

 でもその日は、トク子さんが玄関に出ても扉は開いていなかった。あれ? とトク子さんはそこで初めて慶さんじゃないのかも? と思う。あ、でも荷物でもあって手がふさがっているのかな、と思い直す。

 でも、それなら何か一言あるだろう。開けてくださいとか何とか、慶さんなら絶対言う筈だ。

 それに、ガラスの入った和風の引き戸に、いつもなら慶さんのシルエットが大体わかるのだけれど、今日は何だかよくわからない。明るい室内から外は見えづらいが、玄関の明かりで影ができる筈なのに、センサー式の玄関ライトがついていないのだ。電球が切れたのだろうか、慶さんに言わないと、と思いながら考える。

(あれ? ということは珍しくお客さん?)

 こんな時間に?

 慶さんの勤める書店は午後十時閉店で、遅い時は十一時ごろに帰宅する。今日は遅番じゃないからそろそろ帰る頃だけれど、時刻は八時半を回っている。人の家を訪問するのに非常識な時間ではないが、くどいようだけれどここは山の中で、陽が沈むと辺りは真っ暗なのである。地元の人は慣れているかもしれないが、街灯も少なく、トク子さんの家からは絶妙にカーブで隠れていて、夜道を歩こうと思うと懐中電灯が必須だし、少なくともトク子さんは夜家の周りを歩くなんて絶対無理、な案件なのである。

(ま、まあ、それは私の問題ですしね……)

 と、気を取り直して玄関を開けてみる。

「はあい」

 普段殆ど来客がないので、インターホンを確認すればよかった、と後から気づき、そうっと、少しだけ引き戸を開けると、そこには小さな影。ん? んんんん?

「こんばんは」

 小柄なトク子さんの視点より下から可愛らしい、子どもの声が聞こえてトク子さんの警戒心は消え、半面違う驚きに戸惑った。

(え、えええええ?)

「こ、こんばんは……?」

 そこには。

 小学生、しかも低学年ぐらいのまだあどけない少年が立っていた。

「え、ええっと、どちらさまで……」

 近隣には小学生以下の子どもはいない、と聞いている。しかも一人でお出かけするにも小さすぎるのでは? と思うようなお年頃だ。

 いや、いやいや、そういう問題だけではない。なにしろ格好が普通でない。

 玄関ホールの明かりに照らされた髪は黒く艶々としていて、腰の辺りまで長さがある。それを襟足のやや上で結んであるけれど、ヘアゴムとかじゃなくて紙のようなもの。そして服装は、平安時代の映画やドラマ、あるいは神社のお祭りの宮司さんとか、あとは、そうそう皇室の大きな行事とか、そういうことでしか見たことのないような装束を身に纏い、頭には帽子みたいな被り物に何かびよんびよんするものがついている。あれは何だっけ、烏帽子? 冠だったかな。それから手には何か持っている。あ、あれはアニメで見たことがある、笏とかいうのだよね、とちょっとオタクなトク子さんは分析し始めて、少年が着ているものが最高位の神職しか着られない色合いではないかと思い当たる。

 絵を描くのが好きなトク子さんは、そういった衣装を描くのに調べてみたことがあるのだ。

 結論。

(えっと、コスプレ? ですよね!)

 大人であればまだしも、子どもが本当に最高位の神職の正装を着るわけがないし、あ、何か子供が参加するお祭りとか、そういうこと? お菓子をくれなきゃ悪戯する的な、いやそれは外国から来た文化だな、それに慶さんに何も聞いてないし、と頭の中でぐるぐるしているが、この間数秒である。

 トク子さんが想像から勝手に答えを出す前に、少年がちゃんと答えてくれた。

「初めまして。僕、水希みずきと言います。えっと……」

 と言いかけて郵便受けのトク子さんの名前を確認したようだ。

「えっと、トク子さん? 今日は、お参りに来てくれてありがとう。僕、龍神です!」

 にっこりと天使(?)のような微笑みで断言されて、トク子さんは今度はたっぷりと三十秒以上固まってから、

「…………はい?」
 と、聞き返さざるを得なかった。
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