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86.解釈違いはおそろしい

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 テオドールが、おれに『女神の願い』の作成依頼をしてきたのは、もう半年以上前だ。つまり、少なくともそれ以上前から、テオドールは色々と計画していたということになる。

「テオは、随分前から、側近を辞めようと思ってたってこと?」
「そうだね。
 職種としては、僕の地盤や人脈作りには、最適だった。権限は多いけれど、フォレスター当主と比べて勝るかと言えば、そうでもない。
 もう、必要なことを成してしまえば、ただ雑事の多い、面倒な仕事でしかない。誰にでもできる」

 いや、誰にでもはできない。

「テオだから、これまで上手くいったんだよ」
「代わりはいる、て意味だよ。僕じゃなくてもいい」
「地位も名誉もある憧れのエリート職を、バッサリいくわね」
「そもそも、シリル兄さんのしたいことを傍で支援するのが、僕の目的なのに。
 忙し過ぎて、シリル兄さんとの時間が奪われるならば、本末転倒なんだよ。そういう意味では、最悪の職種だ」

 テオドールはそう言って、おれの髪をすくい取り、口づけた。

 テオは、こうしてよく、おれの髪に触れる。
 以前から、こうして髪に触れてくるから、本当は本人も髪を伸ばしたいのかと思っていたくらいなのに。

 テオって、もしかして……おれの髪の毛が好きなのかな。
 こんな、麦わらみたいな色だけど。おれも、テオのしっとりつやつやの髪が好きだから、少しでもそうなら、同じみたいで嬉しい。

 …………これ、髪のトリートメントの開発が急務だな。

 そう言えば。

 以前、テオドールが、「少し処理することがあって」とか、「もうすぐ業務が落ち着けば、もっとシリル兄さんと一緒にいれるから」、とか。そんなことを言っていたことを思い出す。

 まさか、仕事を辞めてくるとは思わなかったけど。

 こうなると、次にすることも、かなり前から考えてそうな気が……。

「テオは、これから、何をするつもりなんだ?」
「来月から、王立学園の教師に採用されてる」

 やっぱり。もう、決まってた。

「へぇ……先生か。いいな」

 テオドール自身は、天才型というか、それこそ一度見聞きしたことは忘れない、みたいな、超人的頭脳の持ち主なのだけど。

 教え方は非常に丁寧で、知識も広く深いから、相手が興味を持つ引き出しも多くて、どんどん惹きつけていくのだ。

 ていうか、あれじゃん。王立学園といえば、イグレシアス王国の最高学府だよ。
 そこの教師って、どうやって採用されるんだ?試験とかあるのか?誰かの推薦とか?……それすら、おれは知らないけど。

「授業以外は拘束されないし、研究の一環として、シリル兄さんと一緒に活動もできる。
 5年……いや、3年もすれば、卒業生が一巡するから。
 学園で教師として、一定の実績をあげることができると思うんだ」
「へぇ……テオは、本当にしっかりしてるな」

 おれなんかより、先々のことまで、よく考えてる。

 穏やかに微笑むテオドールの瞳は、おれには見えない先を確かに見据えているようだった。
 そして、テオの見ている未来には、きっとおれも一緒にいる。そんな安心感を、テオの瞳は与えてくれる。

「テオドールが……教師?えぇー……それ、本気?」
「なんでだよ。テオは教えるのも上手いし、合ってるじゃないか。ミアだって知ってるよね?」

 救済院の子供たちに、勉強を教えてもらうことも多いし、皆テオに懐いている。

「いや、それは……そうだけど。なんでまた……」

 何をそんなに疑問に思うことがあるのか。テオが教師になるのって、そんなに不思議なことなのか?

「シリルと違って、特別子供が好き、教えるの好き、てわけでもないでしょうに」

 ぶつぶつと、不可解そうに続けるミアに、テオドールが平静に返す。

「別に、特別子供が好きだということは無いけど。少なくとも、面倒な大人よりは、好ましく思っているよ。
 それに、こちらの言うことに素直に耳を傾ける姿勢は、可愛いと思う」

 わかるっ!!

「だよな!本当に、一生懸命で、可愛いよな!!」

 多少スレた子もいるけれど、基本的には皆ハングリー精神が旺盛で、懸命に努めているのだ。その姿に、おれは、いつも元気をもらう。

 同意するおれに、ミアは嘆息混じりに言う。

「いや、今のはそういうんじゃなくて。子供は扱いやすくて洗の——」
「君がこそこそしている布教活動の方がよっぽど洗の——」
「ちょっええっっ?!なぜ、それをテオドールが知ってるの!?」

 互いに言葉を遮り合って、言葉の応酬を繰り返す二人。

 せんの、てなに?
 ミアの布教活動って……女神シュリアーズのことじゃなくて?何をそんなに慌ててるんだろう。

「子供は、素直だからね。“恵みの乙女”が最も情熱を注いでいるのが『ふかつ』だって、子供たちが教えてくれたよ」
「いやぁ~!はははっ!子供たちって、ホント素直で、いい感じに導けるわよねっ!!」
 
 ふかつって……?まさか、腐活??
 ミア、何やってるんだ。でも、それってこの世界では、普通に他人の恋バナで盛り上がるのと、大して変わらないんじゃ。

 何にしても、やっぱり、二人はとっても仲が良いと思う。

  王族の登場を告げるファンファーレが鳴り響き、王宮のバルコニーに王太子殿下とギルバートが姿を見せた。ちょっと後ろに離れ、付き従うようにソフィが見える。

 ソフィの視線が、すぐにこちらを見て……いや、正確にはミアの方を見て、微笑む。ちらり、とミアを見れば、満面の笑みをたたえ、胸の前で小さく手を振っていた。

 ラブラブか。ラブラブだな、おい。

 二人の関係性は、交わされる甘い視線からも、ひしひしと伝わってきて。どうしてこれに、今まで気づかなかったんだろう。不思議で仕方ない。

 はぁ……。
 喜びの席に不似合いな溜息は、王太子殿下とギルバートの登場で盛り上がる民衆に、幸いにも搔き消された。

 改めて、バルコニーを仰ぎ見て、その姿を確認する。
 金髪碧眼の精悍な顔立ちの王子が、指先まで神経の行き届いた美しい佇まいで堂々と民衆に手を振っている。
 これまでは、当然のように後方に控えていた赤い燃えるような髪の剛健で屈強な騎士ギルバート。王太子殿下に促され、対等であることを証明するかのように、真横に並んだ。

 いっそう盛り上がる民衆の喜びの声。

 ああ、結婚式なんかの行事は、子供が生まれた後になるのかな、なんて、二人を見て。

 おれは、しっかりと感じ取った。確かな、新たな命を意味する精霊力マナの気配を。

「…………………ん?」

 おれは、またもや自分の目を疑う。
 ごしごしと眼を擦り、さらに呼吸を整えて、一旦自分の精霊力マナを落ち着ける。

「どうしたの?シリル兄さん、目にゴミでも入ったの?」

 ゴミは入ってない。テオには悪いけど、今は、それどころじゃない。

 再度バルコニーを見て。やっぱり、おれにはしっかりと見えた。

 宿、二人の愛の結晶が。

「え?……ええ?……うえええぇぇぇっっ!!!」

 そっち?!?!そっちなの??!!

 おれの混乱など当然関係なく、王太子殿下は、心からの笑顔を浮かべ民衆に応え、緊張しぎこちない動作のギルバートに寄り添っている。
 ギルバートの腰に腕を回し、その身体を気遣うように。

 そして、ギルバートも嬉しそうに、恥ずかしそうに、笑って、自身のお腹を守るように愛おしそうに触れていて。

 あれが、母性。……じゃなくて。

 ああ、マジか。そうか。いや、そうか。

 そこで、おれは初めて気づいた。疑う余地なく、王太子殿下が『女神の願い』を飲む方だと、思い込んでいたことに。

「ちょっと、シリル煩いわね。何を叫んでるの?」
「……………『女神の願い』を、王族の直系に飲ませるわけにいかないから、とかではないんだよね?」
「え?………もしかして、まさかの、解釈違い?
 いや、無い。無いでしょ。私は……リバもアリな方だけど。あの二人に関しては絶対無い。
 不動の、腹黒美形攻め×堅物ガチムチ受け、よっ!」
「あ、そう」

 いや、別に、おれはどっちがどっちでも、何でもいいんだ。ただ、想定外すぎて、驚いただけで。

 むしろ、自分の無意識だった思い込みの方に、衝撃を受けているといる。ほら、こういう思い込みで、知らないうちに人を傷つけることってあるじゃん?

 おれ、何かしでかしてないかな……。

「シリルたちは、間違いなく、執着美人攻め×流され不憫受け、ね!!」

 流され不憫……て、おれのこと?
 くっ…あながち間違ってもいないから、反論もできない。

「おれの生々しい話は、聞きたくないんじゃなかったの?」
「これは、現実を基にした、創作だから!全然平気!!むしろ、大好物っ!!」

 おれには違いが判らない。
 ただ、ミアは、その内、お腹を壊すと思う。
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