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70.ダニエルの事情

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べあふら

*****


「シリル兄さんは、なぜ今回わざわざ拉致監禁されるなんて、潜入捜査みたいな方法をとったの?
こんなことになる前に、普段通り、拠点を襲撃して殲滅すれば良かったのに」

 と、テオドールが言う。

「それに関しては、全く同感だわ。
 まどろっこしい。いつもみたいに、ガっといってボカンとやつければよかったのに」

 と、ミアがうんざりしたように嘆息した。

「二人とも結局同じこと言ってるよね?」

 待ってほしい。人聞きが悪すぎる。
 聞き捨てならない言い草だ。いつ誰がそんなことをしたというのか。

 ミアとテオドールは、仲が悪いようでこうして気が合うことが良くある。
 おれを仲間外れに、二人で分かり合っていることもあるくらいだ。

 今がまさに、そうである。

「そんなこと、したこと無い。
 不穏な気配を感じたら、きちんとその組織を調査の上、証拠をもって本拠地に赴き、代表の人と話し合って理解してもらってただけだよ」

「同じじゃないか」
「同じじゃないの」

「全然違う」

 いいか、二人とも。決して同じでは無い。

 何も悪いことしてない人たちを、証拠も無しに一方的に襲撃したら、おれは単なるテロリストだ。

 ………え。もしかして、テオの今回の行動……おれを、お手本にしたとか言わないよね??

 そりゃあ、話し合いにおいて多少は武力を行使したことは否定しない。

 だって、あっちは大勢で、おれは一人だよ?
 多勢に無勢の状態でこちらの話を聞いてもらおうと思えば、あちらに一旦落ち着いてもらい、状況を理解してもらわないと話し合えない。

 でもさ。闇の教団の拠点はメーティスト神殿だからな?この世界の二神を祀っているうちの一つだから。いつもみたいに襲撃、破壊するなんてできないよ。

「今回の件は……深刻な害はないものの、被害や影響が広範だった。さらにメーティストや神災ストロフが関係するとなれば、慎重に背後を調査しないと、と思って」

 神災ストロフに対する評価は、いずれテオドールが“裁きの御子”であると周知されるようなことがあったときに、直結する事柄だ。

 どれだけ慎重に、かつ迅速に対応したとしても、やり過ぎなんてことは無い。

「やっていることは大胆なのに、確固たる証拠が全くつかめなかった。まるで、計算高い誰かが全てを計画通りに巧妙に整えているみたいに。
 だって、多くの人が精霊力マナを提供しているのに、足が全くつかないなんて……こんなことは、何か特殊な力の関与を疑うしかない」

 あれだけのことをしておいて、その痕跡を隠蔽できるなんて。

「……例えば、情報操作に特化した精霊術みたいな」

 おれの視線は、ずっとダニエルを捉えていた。

「ねえ、ダニエル。あなたも、そう思うよね?」
「ま、そうだな」

 答えるダニエルも、真っ直ぐにおれを見ている。

「あなたは、知っていたんだよね?闇の教団の存在を。そして、彼らが神災ストロフと称して、様々な悪事を行っていることを」
「まあ、そういう情報こそ、俺の武器だからな」
「知っていて、燻ぶっている彼らに、敢えて精霊力マナの蓄積器の存在を、ちらつかせたのでは無くて?」
「…………」
「そして、まんまと盗ませた。膨大な精霊力マナは、それ自体が、この世界のバランスを崩す……つまり、災害を容易に引き起こせるから」

 ダニエルは、ただ沈黙で答える。沈黙は、肯定だった。

 今回の、この騒動。
 闇の教団が精霊力蓄積器を手にしたことに端を発する。
 精霊力マナの収集と、神災ストロフが起こるという予言の流布に関していえば、あまりにも足跡が無すぎる。

 それこそが、情報の操作を得意とする、風の精霊力マナの関与を示唆していた。
 
「でも……その教団が、このメーティスト神殿を拠点とし、さらにオルトロスを召喚しようと目論んでると知っては、さすがに慌てただろうね」
 
 だから、テオドールを連れて、ここまで来た。
 おれにその情報の片鱗をちらつかせ、ここに来るように誘導した。

 闇の組織にとっても……いや、教祖の男と言うべきか。メーティスト神殿の情報は、ここぞというときの奥の手だったのだろう。

 テオは優しいから、おれが巻き込まれるとなれば、きっと黙っていない。おれだって、自身の関与を知れば、放置する選択肢はない。

 そうしてダニエルは、オルトロスの脅威に対してテオドールという防御と共に、もしもに備え精霊力蓄積器の操作ができるおれを担保した。

「そんなことして、もし、本当に神災ストロフが起こったら、どうするのよっ!
 オルトロスの召喚だって……可能な量の精霊力マナが、貯められているのでしょう?
 単なる噂じゃなくて、災害や飢饉だって起こっても全然おかしくなかったじゃない!!」

 おれの説明に、ミアが声を荒げた。
 ミアの言っていることは、まさに『ラブプラ』のバッドエンドだ。

「ダニエルは神災ストロフが起こっても良かったんじゃないかな。
 ……いや、むしろ起こすつもりだったのかも」

 前世の世界でも、戦争特需という言葉があった。紛争や災害では、大きなお金が動くのだ。特に、裏家業も担っているヴァン家からすれば、ある程度の争いは歓迎すべきことなのでは無いか。

 細く、長く息を吐き、ダニエルは頭を掻いて、

「で、話はそれだけか?」

 ぶっきらぼうに言い放つ。

「俺がシリルの言うようなことをしていたとして、何が変わる。
 今回の精霊力マナ欠乏の原因も、神災ストロフが起こるっていう噂も、全部、闇の教団の仕業だったのは事実だろうが。
 そして、俺の保持していた貴重な精霊力マナの蓄積器を盗み、人々の精霊力マナを搾取し悪用しようとした。
 さらに“恵みの乙女”及び、シリル・フォレスターを誘拐したわけだ。
 全部が教団の罪状で、証拠も揃っている。異論はあるか?」

 異論なんて、ない。

「それに、お前らにとっても悪い話ばかりじゃねえだろ?」
「今後、神災ストロフ対策に文句を言う人は減るだろうし、精霊力マナの扱いに関する法整備も早急に整備されるだろうね」

 ダニエルにとっては、それも目的の一つだったのだろう。

「もっとも、シリルの精霊力マナ蓄積器が悪用されたのは、俺にも責任がある。
 それに、ここしばらくの天候不良も、メーティスト神殿の破壊も……全部、こいつらのせいだ、てことで、おれは納得してるんだが……」

 これは……つまり、脅迫だ。

 ダニエルの台詞はつまり、一連の事象におれの開発した精霊力マナ蓄積器が関与していること、さらに“恵みの乙女”の過失と、テオドールが“裁きの御子”である事実、これらを秘匿とする代わりに、ダニエルの事情も黙っておけ、という脅しなのだ。
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