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68.本当の気持ち①

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 テオドールが繊細な手つきで、おれの頬を撫でて、耳介を擽る。
 そして、一つに結った髪を一束すくい取って、口づけを落とす。

「だって、僕もこれまで散々好きだと言ってきたのに。シリル兄さんは全然分かってくれなかったから」
「うっ……え、いや……だって…」

 この状況で、おれもそこまでとぼけてない。

「僕の考えている好きで……本当に、あってるのかな?」

 テオドールが悲し気に眉尻を下げて、訴えてくる。

「勘違いじゃ、ないよね?」

 じっと潤んだ瞳で見つめられれば。さすがのおれも、何を求められているのか分かった。

 おれだって、この気持ちをテオに伝えたい。
 でも……いや、でもさ。えーっと……おれ、超初心者なわけで。

 しばらく、何度も躊躇う。

 別に、したくないとかじゃなくて。いや、むしろしたい。ものすごくしたい。超したい。ずっと、ずっとしたかった。それこそ、夢に見る程に。
 
 でも、恥ずかしい。

 何より、どうして良いかわからない。

 うう……ううぅぅぅぅっっ!!ええいっ!ままよ!!

 おれはテオの頬に手を添えて、ぐっと伸びあがり、自分の唇をテオドールのに重ねた。
 初めての感触は、ふに、と柔らかくて、温かくて、どきどきした。だけど何故だか懐かしいような気がした。

 良かった。これで、正解かはわからないけど、唇と唇はくっついた。そして、歯はぶつからなかった。一応、キスとしては成功だ。と、思う。

「ふふ……まるで、重大な任務を成し遂げたみたい」

 テオが笑う。

 その通りだよ。今、おれは未だかつてない、高難易度のミッションを完了したよ。
 はっきりいって、秘薬『女神の願い』を作る方が、何百倍も簡単だった。今、全身が心臓みたいで、おれはどうにかなってしまいそうだ。

 自分でやった行為に、じわり、と熱があがる。顔に血が集まって、かっかと火を噴きそうなほど、熱くなってくる。

「おれのは……こういう好き、だよ」

 これで伝わったよな、と確認のためにテオを見上げれば、

「うん、知ってる。ずっと、前から」

 にこにこと、それは楽しそうに、嬉しそうに言った。

「なっ?!」
「シリル兄さんって、本当に素直でかわいいね」
「っ!!!」

 そして、ぎこちないおれとは全く違い、無駄のない手慣れた動きで、同じようにおれにキスをした。

 ちゅ、と音がして。
 ああ、そう言えば、ただくっつけるだけじゃ、音はしないんだな、なんて思っていたら、さらに唇をぺろり、と舐められる。

「っ…っ………、ぁ……っ」
「大好き。愛してるよ」

 臆面もなく、真実を淡々と告げるその声には、それでもテオドールの甘く熱い熱量が注がれている。

「おれも…愛してるよ…っ」

 その熱に浮かされるように、おれも応えた。

「あの、そろそろいいかしら?」
「ゔあ゛っ!!!」

 聞きなれた彼女の声に、おれはようやく現実に引き戻される。

「黒い霧がはれてみれば、いつの間にか二人でいちゃいちゃして。
 こっちは、オルトロスは出てくるは、床が抜けるは、下に落ちるは。死にかけてるのに………」

 見渡せば、そこは変わらずメーティスト神殿だった。
 あの、鈍色の光を放つ黒い壁と床が見える。そして、上を見上げれば、テオドールが開けたらしい穴が、ぽっかりと真上にあった。

 あの祭壇の下に、こんな空間があったのか。さらに下へ一層下りた所らしい。

「私は、腐っても……いや、腐ってるからこそ“恵みの乙女”よ」

 堂々と、宣言する。

「邪魔しちゃ悪いかな、と思って黙って見ていたけど。いい加減、あんたたちのラブシーン見せつけられるのも、お腹いっぱいていうか、うんざりっていうか……正直、シリルのそういうの見たくない」
「だったら、もっと早く声かけてよね!!?」

 一体どこから見られてたんだよっ?!おれの方こそ、恥ずかし過ぎて、爆発しそうなんだけど!

「信じられないな。
 今まさに真実の愛を確かめ合っている所なのに。“恵みの乙女”は究極に空気が読めないらしい」
「いや、今のあんたたちだけには、言われたくはない。
 テオドールこそ、今の私には嫌がらせでしかないの、わかってやってるわよね?
 ほんと、爆破しようかと思ったわ」

 ミアと、ダニエルの存在を完全に忘れていた。
 というか、あの静かな鎮静化した空間では、その存在は全く感じられなかったのだ。

 そうでなければ、あんなこと……公衆の面前で、できるわけない。

「ああ、そうだね。いっそ、全部消してしまおうか。こんなに可愛い顔を、他の誰の記憶にも残しておきたくない」
「随分と物騒な真実の愛ね」

 ミアは、平然とテオドールに突っ込んだ。

 一方のダニエルはというと。

「………つーかよ……それ、大丈夫なのか?」

 床にしゃがみ込んだまま、震える指先がテオドールの背後を指さす。

 そこには、さっきより気持ち一回り程小さくなった、双頭の狼がいた。特に何をする訳でもなく、大人しくテオドールの後ろに佇んでいる。

 え、それって、すごい。

「へぇ……サイズも自在なんだな」

おれは、オルトロスへと手を伸ばす。触れているのに、温度も感触も感じない。不思議な感触だ。

「これは、神獣と言われているけれど、実質的には膨大な精霊力マナを高濃度に圧縮した塊を媒介にその概念を呼び出しているんだ」
「おれからも、全然逃げない」

 おれは、なぜか生き物から敬遠されることが多くて、中々触れることができない。

 テオドールは、ちらりとダニエルを見下ろすように一瞥し、

「僕の意志と結びついているから、僕が何かをさせようと考えなければ、何もしないよ」

 と、告げる。

「じゃあ、大丈夫だな」

 小さく、「全然大丈夫じゃねぇ」とダニエルの呟きが聞こえて、「しっ……もう、ダニエルは黙っておきなさい」とミアが口を両手でふさいだ。 
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