【完結】真実の愛の物語~転生先の女神の願いはおれと弟の子作りでした?~

べあふら

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66.裏にある気持ち①

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 闇の中で、ふわふわと漂う。
 音もなく、光も無い。完全な闇なのに、不思議と暗くない。怖くない。

 ああ、前世を思い出した瞬間も、こんな浮遊感から引き上げられたんだっけ。



 おれが前世の記憶を思い出したときに、まず初めに感じたのは、絶望か後悔か……とにかく、そんな想いだった。

 その時、おれの身体は精霊力増幅薬によって、苦痛に苛まれ、冷酷な表情で佇む父である男に、見下ろされていたのだけど。

 そんなことは、どうでもいいくらいの、胸の痛みだった。

 おれが、まずありありと思い出した前世の光景は、死ぬ間際、涙を流しおれを呼び止める家族の姿。

 ああ、おれは……あれだけ家族を悲しませておいて。
 また、こうして生きていくのか。だから、こんな風に父に痛めつけられるのも、仕方ないのかもしれない。

 だけど。だからこそ。
 せめて、おれはやりたいことを、全部やろうと。せめて、おれは前世でできなかったことを、やってしまおうと、そう思った。



 テオドールと初めて出会ったとき、受けた衝撃は可愛いから、だけではない。

 おれは、幼い彼の姿に、前世の『おれ』の心をみた。

 テオドールの精霊力マナは怯えと不安の塊で、おれには馴染みのある感情だった。

 まるで、自分を見ているようで、自分の代わりに訴えてくれているようで、まるで共感してもらったような、わかってもらったような、心地よさがそこにはあった。

 前世の『おれ』が得意なことを聞かれて、まず自分で一番にあげることは「あきらめること」
 だ。
 これは、おれが生き抜くためには必要なことだった。何をしても貫く意味や、続ける動機を感じることができなかった『おれ』を、テオドールに重ねたのだった。

 どうにもならないことを、いつまでも強く願っていることは、とてもしんどい。耐えきれなくて、きっと命が尽きる前に心が壊れてしまったと思う。

 だから『おれ』は適度に「あきらめること」が上手くなった。

 きっと、心の中ではいつも『おれ』はテオドールのような顔をしていたに違いない。

 だから、どうすれば、テオドールがおれを好きになってくれるのか、おれには良く分かっていた。

 おれは、テオドールを利用して、縋ったのだ。

 おれはきっとこの子のことを、大好きになる。そして、この子は、おれを殺してくれるかもしれない。

 大好きな人に、殺されるなら、こんな幸せなことは無いと思った。



 やりたいことを、たくさんやろう。
 前世で出来なかった分、いい兄さんになるのだとか、身体を存分に動かせるのは心地よかった。

 毎日が本当に楽しい。充実している。

 でも、どんなにやりたいことをやっても、後悔がないなんてことは、全然ない。どんなに選んで、何をどうやっても、まだ足りない。

 おれは、結局思い知るだけだった。

 前世の『おれ』は、確かに行動制限があって、やりたいことができなかった。
 けれど、実のところ別に不幸でも何でもなかった、と。

 いや、それどころか、『おれ』はずっと幸せだった。
 ものすごく幸せで、初めから最期まで、ずっとずっと幸福だった。

 そして、その大切な人たちを、おれを大切にしてくれた人たちを、自分自身が悲しませて、不幸にしてしまったのだと。

 だから、おれは怖い。
 自分を大切にしてくれる人に、大切にされることが、愛されることが怖い。

 また、おれは……おれが、不幸にしてしまうかもしれない。



 この世界でおれは孤独だ。

 でも、こんなおれが、苦しいと思ってはいけない。

 苦しい。

 悲しいなんて、そんなことない。

 悲しい。

 寂しくて、寒くて、痛くて、怖い。

 だって、この世界で、おれは独りぼっちだ。

 どうして、こんなに思いをしなきゃいけないの?おれが何をしたっていうんだ。そんなに、悪いことをしてきたのか?

 どうして、おれなんだよ。どうして、どうして、どうして!

 おれは、おれは……こんな世界、いらない。壊れてしまえ。無くなってしまえ。

 いや、 この世界に、 おれこそが、 いらない。

 どろどろとした、怨念じみた黒い感情に、苛まれて、それを押し込んで、また駆け回る。

 世界を疎んでも、呪っても、この世界でおれが生きているという現実だけが、そこにはあった。
 いつだって、現実は非情だ。



 思っちゃいけない。こんな思いは感じたくない。認めたくない。
 おれは、こんな……後ろ向きで、現状を人のせいにするような、恨みがましいやつじゃない。

 そう、思いたい。

 だから、こんなことは感じないことに、してしまおう。全部全部、蓋をしよう。見えないように覆ってしまおう。心の奥深く、ずっと、ずっと、深淵に。

 誰にも、みられないように。
 自分にだって、みえないように。

「無かったことには、出来ないよ」

 できるよ。みえなければ、無いことと同じだよ。

 テオに優しくしたのだって、自分が寂しかったからだ。
 テオなら、一緒にいてくれるだろう、て打算があった。子供の孤独に漬け込んだんだ。
 ほら、嫌なやつだろう。

「嫌なやつは、お互い様だよ。僕も同じことを考えていた。
 それに、そうだとしても、あなたの行動が、僕を救ったことにはかわらない」

 おれは……テオを救ってない。テオ、おれがいなくても、救われたはずだ。

「ほら、そうやって……また、僕をおいていこうとする」

「あなたがいないなんて、考えられない」

「それに……汚い気持ちがあったとしても、あなたの優しさは確かにあった。それを否定することには、ならないよ」

 ああ、信じて欲しい。
 優しくしたい気持ちも、楽しい気持ちも、嬉しい気持ちも、本物なんだよ。

「信じるよ。たって、一番近くで、あなたを見てきたもの」

 大切な人のために、その人たちが幸せになれるように、おれはやれることを、何だってやりたい。

「おれは……大好きな人たちを、もっと……大切にしたかった」

 それも、本当なんだ。

 大好きな人たちと、もっと一緒にいたかった。おれだけが、逃れるように死という形で解放された。

 大好きな人たちを、そこに取り残して。

 おれは大好きな人たちを、もっとたくさん笑顔にして、楽しい気持ちにして、幸せにしたかった。
 誰でも無い、おれがそうしたかった。

 苦労をかけるんじゃなくて、悲しませるんじゃなくて。

「大丈夫。全部あわせて、あなただもの。丸ごと全部、愛してるよ」

 こんな、泥々して、汚いものは、誰にもみせたくない。自分も知りたくない。

 大切な人を大切にできなかったおれが、愛されたいなんて、思っちゃいけない。

 でも、どうしても、愛されたい。

「うん、愛してあげる」

 また、大好きな人を悲しませるかもしれない。

 それが、怖い。とても、怖いんだ。

「悲しませても、あなたは一緒に悲しんでくれるでしょう」

 でも、でも、でも!!

「じゃあ、壊してしまおうか」

 そこで、おれの意識ははっとした。
 ふわふわとした浮遊感が消えて、地面に立っている感覚が明確に感じられる。

 どこだかわからない真っ暗闇の空間に、おれとテオドールが二人だけで立っていた。

「そんな人たちのことも、この世界ごと、まとめて全部壊してしまえばいい」
「………え?」
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