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65.裁きの御子②
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「ここは、とても僕の精霊力が馴染む場所なんだ。
女神シュリアーズの法則に抗う必要なく、純粋に力を放出、行使できる。つまり、ここでは僕は弟神メーティストに等しく、世界を創造すらできる………そして、無に帰すことも簡単なんだよ」
さらに、「シリル兄さんなら、わかるよね」と続ける。
テオドールの言葉の一音一音が、まるで合図のように、周囲の壁がさらさらと音もなく、気配も無く虚空に消失していく。
はじめから、そこには何もなかったかのように。
「いいよね?もう、こんな世界。シリル兄さんがいらない世界はなら、要らない」
「何を……せっかく、……」
「うん、わかってるよ。
シリル兄さんが、僕のために、メーティストへの思想を、一生懸命正そうとしてくれていたこと」
テオドールがフォレスター領主になることに賛同したのだって、王太子殿下の側近になるのを応援したのだって、テオドールの存在を際立たせるためだ。
そして、同時に自らストロフ対策に尽力する姿を印象づけて、テオドールの並外れた手腕と、良い意味での異端さを周知させるためだった。
『ラブプラ』と同じ状況の方が、テオドールが幸せになる可能性が高いと思った。
さらに、おれ自身が精霊医薬師として、メーティストを掲げた組織の知名度と功績、そして公正さを触れ回ることで、世間一般の価値観に変容をもたらそうと考えていた。
いわば、メーティストイメージアップ大作戦!からの、テオドールハッピー計画、だ。
メーティストが畏れられることが無くなれば……少なくとも、迫害を受けない程度に、受け入れられれば、テオドールが例え“裁きの御子”と知られても……テオドール自身の名声が勝れば、無意味に排除されることは無くなるはずだ。
「テオは……皆に、認められて……」
今も、テオドールはイグレシアス王国に無くてはならない存在になっているはずだ。
「皆……て、誰?
そんな、個人の顔も浮かばないような人たちは、どうでもいいんだよ」
どうでもいい、なんて。
「あなたはいつも、人のことばかりだ」
「そんなこと、ない………そんなこと、絶対にないよ」
おれは、自己中心的で身勝手だ。すべてはおれの自己満足だ。
おれは自分がそんなに綺麗じゃないことを、良く知っている。
「僕は、この世界が、シリル兄さんの苦しみの上に、成り立っている気がして、ならないんだよ」
悲しませたくない。心配をかけたくない。
おれは、一見、相手を慮る思いを理由に、この汚い気持ちを隠すことを、肯定している。許してもらおうと思ってる。
そんな善意にもならない気持ちは、全部張りぼてで、本当はエゴの塊だ。
「だって、シリル兄さんは……あなた自身は、自分の場所を……どこにも、置かないでしょう。
シリル兄さんは、たくさんのことを、本当に楽しそうにやっているけれど……どこにも、依存しない。根づかない。身を置かない
僕どころか、この世界の、どこにも自分自身を委ねていない」
「それは……」
ぎくり、と心臓が跳ねて、止まるかと思った。核心をつく、その言葉は、おれの生き方をそのまま言い表している。
「いつ、どこに行っても……この世界から、いなくなってもいいみたいに、生きている」
だって、おれは……この世界において、異質な存在だから。本来は、ここにいない存在だから。
むせ返るように濃いテオドールの精霊力が一帯を包み、彼の立っている床が淡く光った。
かつて見た、どす黒く禍々しいものとは違う、神秘的な黒い光が辺り一面に溢れて、その光が急速に収束し、実体化する。
そこには、神聖な神の使いが君臨していた。
太い四つ足で地を踏みしめて、大きな体幹と、二つの頭。大きな耳はぴんと天に伸び、ふわりと大きな尾が揺らめいた。
硬そうにも柔らかそうにも見える毛並みは、波打つたびに月明かりのように白く煌めいて。神々しくそれは降り立っていた。
その圧倒的な存在感に、おれは息を飲む。不思議と恐怖は感じなかった。崇高な存在に対する、衝撃がぐっと胸に迫る。これは、感動だ。
これが、真のオルトロスなのだ。
「シリル兄さんは……いなくなりたいんでしょう。この世界から、消えてしまいたいんでしょう。解放されたいのでしょう」
奇妙に凪いだ心が、嘘をつくことを拒む。
そうだよ。おれは、この世界から、いつだって、解放されたかった。
テオはかつて、自分がおれを殺すかもしれないなんて、ありえない心配をしていたけれど。
おれが……おれこそが、大切な人を不幸にする。
大好きで、相手もおれを大好きであるほど、おれはその人を悲しませ、不幸にする。
だから、おれは怖い。何よりも、それこそ自分が死ぬことよりも。自分を大切にしてくれる人に、大切にされることが、愛されることが怖い。
いや、正確には違う。
大切な人が、おれのせいで悲しむ姿を、おれがもう見たくない。
「ずっと一緒にいると言ったのは、あなたなのに。
どこかに、いなくなるつもり?僕を、また置いていくの?」
はらはらと銀色の瞳から次から次へと雫が零れていく。白い肌を伝ってぽたぽたと落ちるそれは、どんな宝石よりもとても綺麗で、美しかった。
「僕をこの世界に生かしておいて、今更、独りおいていこうとするなんて。本当にあなたは酷い人だ」
こんなに綺麗な涙を流してもらえる価値なんて、おれには無い。
おれはこんなに汚いのに。ひたすらに覆い隠してきた。見なくて良いように、自分自身を含むすべてから、誤魔化してきた。
自分を知られたくなくて、それ以上におれ自身が、汚い自分を見たくなくて。
「シリル兄さんがいない世界なんて、あっても無くても同じだよ。
滅ぼしたって、何の問題も無い」
テオドールが、そう言った瞬間に、音もなく足場がさらさらと崩れ、身体が傾き重力によって落下する。
奈落の底に落ちる。そんな心地がした。
周囲から悲鳴のようなものが聞こえたようにも思うけど、それも一瞬で、聴覚が遮られる。
真っ黒な靄に覆われて、視界が黒く染まる中、ああ、まるでおれの心みたいだな、と思った。
この世界に、おれなんていなくなってしまえばいい。そうすれば、おれの真っ黒な心ごと、一緒に無くなってしまえるから。
女神シュリアーズの法則に抗う必要なく、純粋に力を放出、行使できる。つまり、ここでは僕は弟神メーティストに等しく、世界を創造すらできる………そして、無に帰すことも簡単なんだよ」
さらに、「シリル兄さんなら、わかるよね」と続ける。
テオドールの言葉の一音一音が、まるで合図のように、周囲の壁がさらさらと音もなく、気配も無く虚空に消失していく。
はじめから、そこには何もなかったかのように。
「いいよね?もう、こんな世界。シリル兄さんがいらない世界はなら、要らない」
「何を……せっかく、……」
「うん、わかってるよ。
シリル兄さんが、僕のために、メーティストへの思想を、一生懸命正そうとしてくれていたこと」
テオドールがフォレスター領主になることに賛同したのだって、王太子殿下の側近になるのを応援したのだって、テオドールの存在を際立たせるためだ。
そして、同時に自らストロフ対策に尽力する姿を印象づけて、テオドールの並外れた手腕と、良い意味での異端さを周知させるためだった。
『ラブプラ』と同じ状況の方が、テオドールが幸せになる可能性が高いと思った。
さらに、おれ自身が精霊医薬師として、メーティストを掲げた組織の知名度と功績、そして公正さを触れ回ることで、世間一般の価値観に変容をもたらそうと考えていた。
いわば、メーティストイメージアップ大作戦!からの、テオドールハッピー計画、だ。
メーティストが畏れられることが無くなれば……少なくとも、迫害を受けない程度に、受け入れられれば、テオドールが例え“裁きの御子”と知られても……テオドール自身の名声が勝れば、無意味に排除されることは無くなるはずだ。
「テオは……皆に、認められて……」
今も、テオドールはイグレシアス王国に無くてはならない存在になっているはずだ。
「皆……て、誰?
そんな、個人の顔も浮かばないような人たちは、どうでもいいんだよ」
どうでもいい、なんて。
「あなたはいつも、人のことばかりだ」
「そんなこと、ない………そんなこと、絶対にないよ」
おれは、自己中心的で身勝手だ。すべてはおれの自己満足だ。
おれは自分がそんなに綺麗じゃないことを、良く知っている。
「僕は、この世界が、シリル兄さんの苦しみの上に、成り立っている気がして、ならないんだよ」
悲しませたくない。心配をかけたくない。
おれは、一見、相手を慮る思いを理由に、この汚い気持ちを隠すことを、肯定している。許してもらおうと思ってる。
そんな善意にもならない気持ちは、全部張りぼてで、本当はエゴの塊だ。
「だって、シリル兄さんは……あなた自身は、自分の場所を……どこにも、置かないでしょう。
シリル兄さんは、たくさんのことを、本当に楽しそうにやっているけれど……どこにも、依存しない。根づかない。身を置かない
僕どころか、この世界の、どこにも自分自身を委ねていない」
「それは……」
ぎくり、と心臓が跳ねて、止まるかと思った。核心をつく、その言葉は、おれの生き方をそのまま言い表している。
「いつ、どこに行っても……この世界から、いなくなってもいいみたいに、生きている」
だって、おれは……この世界において、異質な存在だから。本来は、ここにいない存在だから。
むせ返るように濃いテオドールの精霊力が一帯を包み、彼の立っている床が淡く光った。
かつて見た、どす黒く禍々しいものとは違う、神秘的な黒い光が辺り一面に溢れて、その光が急速に収束し、実体化する。
そこには、神聖な神の使いが君臨していた。
太い四つ足で地を踏みしめて、大きな体幹と、二つの頭。大きな耳はぴんと天に伸び、ふわりと大きな尾が揺らめいた。
硬そうにも柔らかそうにも見える毛並みは、波打つたびに月明かりのように白く煌めいて。神々しくそれは降り立っていた。
その圧倒的な存在感に、おれは息を飲む。不思議と恐怖は感じなかった。崇高な存在に対する、衝撃がぐっと胸に迫る。これは、感動だ。
これが、真のオルトロスなのだ。
「シリル兄さんは……いなくなりたいんでしょう。この世界から、消えてしまいたいんでしょう。解放されたいのでしょう」
奇妙に凪いだ心が、嘘をつくことを拒む。
そうだよ。おれは、この世界から、いつだって、解放されたかった。
テオはかつて、自分がおれを殺すかもしれないなんて、ありえない心配をしていたけれど。
おれが……おれこそが、大切な人を不幸にする。
大好きで、相手もおれを大好きであるほど、おれはその人を悲しませ、不幸にする。
だから、おれは怖い。何よりも、それこそ自分が死ぬことよりも。自分を大切にしてくれる人に、大切にされることが、愛されることが怖い。
いや、正確には違う。
大切な人が、おれのせいで悲しむ姿を、おれがもう見たくない。
「ずっと一緒にいると言ったのは、あなたなのに。
どこかに、いなくなるつもり?僕を、また置いていくの?」
はらはらと銀色の瞳から次から次へと雫が零れていく。白い肌を伝ってぽたぽたと落ちるそれは、どんな宝石よりもとても綺麗で、美しかった。
「僕をこの世界に生かしておいて、今更、独りおいていこうとするなんて。本当にあなたは酷い人だ」
こんなに綺麗な涙を流してもらえる価値なんて、おれには無い。
おれはこんなに汚いのに。ひたすらに覆い隠してきた。見なくて良いように、自分自身を含むすべてから、誤魔化してきた。
自分を知られたくなくて、それ以上におれ自身が、汚い自分を見たくなくて。
「シリル兄さんがいない世界なんて、あっても無くても同じだよ。
滅ぼしたって、何の問題も無い」
テオドールが、そう言った瞬間に、音もなく足場がさらさらと崩れ、身体が傾き重力によって落下する。
奈落の底に落ちる。そんな心地がした。
周囲から悲鳴のようなものが聞こえたようにも思うけど、それも一瞬で、聴覚が遮られる。
真っ黒な靄に覆われて、視界が黒く染まる中、ああ、まるでおれの心みたいだな、と思った。
この世界に、おれなんていなくなってしまえばいい。そうすれば、おれの真っ黒な心ごと、一緒に無くなってしまえるから。
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