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58.願いと行動の狭間にあるもの②

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「その前に……ミアはこの世界の妊娠がどうやって成立するか知ってる?」
「知らない。
 ……え?待って。なんか違うの??」

 あれだけ真実の愛だとか、生々しい恋愛話をしておいて、そこは知らないのか。

「この世界の妊娠の成立はね、女性型の愛の精霊力ラブマナと男性型の愛の精霊力ラブマナが女性の胎内……子宮で融合することで、新たな胚が発生し子が生まれるんだよ」

 つまり、この世界には精子とか卵子は存在しない。

「は?なに、そのファンタジーは」

 うん。この世界は十分ファンタジーなんだよ。
 その化身みたいな力を持っている“恵みの乙女”なんてやってて、今さら何を言ってるんだ。

「性交に伴って女性型の愛の精霊力ラブマナは子宮に高濃度に凝縮される。
 そして、体液の中で最も多く男性型の愛の精霊力ラブマナが含まれている精液が到達すると、そこで胚……赤ちゃんの元が形成される」

 他にも、性行為中の唾液や、女性の愛液にも精液ほどでは無いが、愛の精霊力ラブマナが含まれていることが分かっている。

「……全然…知らなかった………」
「まあ、行為としては変わらないからね」

 性交を必要とする点においては、同じだ。

「極端な話、高濃度の愛の精霊力ラブマナをパートナーに導入することができれば、性行為なしでも妊娠可能なんだよ」

 “ニホン”でいうところの、人工授精のような意味合いだ。

「もっとも、妊娠に必要な愛の精霊力ラブマナは特殊だから、精霊力マナよりさらに不明なことが多くて、拡散が非常に速い。
 まだ精霊医術で操作したり体外で安定化するすべは開発されていないけど……ああ、これは不妊治療に使えるかもしれない……ということは、もっとこの愛の精霊力ラブマナについて研究を——」

「いや、脱線してるから」

 ああ、そうだった。

「つまり、男性が妊娠するために必要なことは、男性型の愛の精霊力ラブマナを女性型に性変換すると共に、子宮にかわる器官をつくらなくちゃいけないわけさ。
『女神の願い』はこの両方を成す精霊薬なんだよ」

「ふーん……なるほど……」

「導入期と変態期では、自身の愛の精霊力ラブマナで薬効が進むんだけど、最終的な完成期では、パートナーの愛の精霊力ラブマナ……つまり、精液が必要なんだ。
 体内で二人の愛の精霊力ラブマナが一緒に『女神の願い』に作用することで、初めて完全な器官の変態と精霊力マナの性変換が可能になる」
「はぁ………なるほど……?」

 変態期で一応妊娠可能な器官は形成されるけれど発達が不十分なため、完成期を経なければ妊孕性は得られない。
 また、パートナーの精霊力マナが得られなければ、胚を形成するための女性型の愛の精霊力ラブマナへの性変換は完了しない。

 おれの話に聞き入って腕組で唸っていたミアが、「つまり」ぽんと手を叩いて、

「二人でたくさん毎日イチャイチャした上で、さらに中○ししないと、妊娠できる身体には変化しない、てことね」

 と、さっぱりした表情でさらりと言う。

「言い方!!」
「え?違うの?」
「いや、違わない。まあ………そうだよ、簡単に言うと」

 年頃の女の子の台詞とは思えないけど……ああ、ミアは前世に恥じらいを忘れてきたんだっけ。

「それって付き合ってる者同士だったら、普通にすることを普通にしてれば、妊娠可能な身体になれる、てことよね?
 それが一番すごいところじゃない!」

 精霊力マナの女性型、男性型の変換だって、男性の体内に胚の成長可能な器官を形成するのだって、これまでにない作用であって。

 すごいことなんだよ?

 うん。でも、まあ。そういうことでいいよ。間違っては無いし。

「問題点は、性的刺激が3~5日あいただけで薬効が失活してしまう、ということかな」

 それなりに励まないといけない。

「3~5日……週2回で達成できるのね。余裕でしょ」
「そ、……そういうもの?」

 そうか……週2は余裕なんだ。ふーん……どこの何基準か知らないけれど。

 動揺するおれをよそに、ミアは何でもないように、質問してくる。

「ねえ、ちなみに……妊娠、出産はどうなの?」
「妊娠経過はほぼ“ニホン”と同じだよ。妊娠期間が8ヶ月と短くて、胎児の精霊力マナが多いと、母体に不調がでるとか、妊娠合併症は多少異なるけれど。
 出産はどういうわけか、こちらの方が安産が多いね」

 安産にも精霊力マナや二神の加護が関わっているのだと考えられている。

「そっか、そうなのね」

 ほっとしたように息を吐くミアを見ながら、おれはミアもいつか子供を産んだりするんだろうか、なんて思いを馳せる。

 ………いや待って。そう言えば、ミア自身の恋愛に関しては聞いたことが無い。というか、そういう気配さえ感じたことも無い。

 え、どうなんだろう。好きな人とか、いるのかな。もしかして、恋人とかいたりする?
 ええー……おれ、何も聞いたこと無いんだけど。

 気が付いてしまえば、めちゃくちゃ気になる。

 これまでのミアの人間関係や、過去の会話を思い出していると、

「でも、薬効が失活してもまた飲めばいいんでしょ?」

 と、ミアはどこか不安気に尋ねてきた。

「いや、それはそうだけど……」

 薬効の過程に関してもっと言えば、変態期から完成期移行の境界は不明瞭で、どの時点で完全な身体の変態と、愛の精霊力ラブマナの性変換が起こるかは点として明確ではない。

 だから、一定期間の変態期を過ごしたら、パートナーの愛の精霊力ラブマナに暴露されないといけないはずだったのだけど……。

 うん。普通は一方的に愛撫されるばかりということはないよね、性行為って。

 これまでの行為の中でテオドールは服を脱いだことすらない。流れ的に、最後まで致すものかと思っていたけれど、そうはならなかった。

 さらに、ここにきて6日間の接触なし、だ。

 おれの作った『女神の願い』の添付文書を、テオドールは隅々まで目を通して記憶しているようだったから……6日も開けば、薬の効果がなくなることは知っているはずで………。

 つまり、そういうことなんだと思う。

 いや、期限の最終日とも言える5日目に外出して、こうして拘束されてしまったのはおれなんだけど。

 だって………もし、あの日もテオドールが来なかったら?

 おれはきっと、耐えられなかった。だから、今感じている胸の痛みは、実に身勝手なもので、本来感じることも許されないものだ。

「あんた見てるとイライラする」

 何かを察したらしいミアが言い放つ。
 相変わらず、一言が鋭利で突き刺さる。

「それ、本人に言っちゃだめなヤツだよ」
「本人に言わなきゃ、ただの陰口じゃない」

 それは、そうだけど。

「ああ、もうっ!いつまで、こうして捕まっておかなきゃいけないのよ!!」

 それに関しては、同感だ。
 おれは、こうして連行された先で、比較的即時にこの集団の代表に対面できる機会を得られると踏んでいた。

 ここにきて、おれたちを上の人間に会わせずに監禁しているあたり、むしろ“恵みの乙女”を拘束してしまった事実を隠蔽しようと考えている節がある。

 それは困る。

「そろそろ、行こうか」
「行こうか、てどこによ。
 え?ていうか、シリルはここがどこか知ってるわけ!?何なのよ、あいつらは!?」

 当然だ。知っていなければこんな秘境?にわざわざ来ない。

「ここは、理と叡智の弟神メーティストの神殿の近くだよ。
『ラブプラ』でいうところの、神災ストロフ神殿。正式にはメーティスト神殿ね」
「は?!?ええええぇぇっ!??」
「つまり、おれたちを捕まえた彼らは闇の教団、ていうことになるのかな、一応。組織としては、即席感満載で、統率も取れていないみたいだけど」

 熱意も仲間意識も無いお金で結びついただけの集団なんて、強行突破は極めて容易だ。

「それって……ゲームの最終ミッションじゃない!!」
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