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54.早く大人になりたかった頃⑥(テオドール視点)
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どっと、脱力する身体をなんとか保つ。まだ、大事なことが残っている。
シリル兄さんの胸元にかけられた、『エリクサー』を取り出して、僕は自身の口に含む。そして、気を失ったシリル兄さんに口移しでそれを押し込み、ごくり、と嚥下させた。
これだけの精霊薬を、今こうして自身の精霊力を操作できない無防備なこの人に与えたら、きっと崩壊してしまう。
そのまま口づけしたままで、シリル兄さんの精霊力を記憶に沿って循環させる。
これは、医療行為だ。
同時に心が歓喜し、僕の中には別の思いが在ることは、間違いなかったとしても。
しばらく、そうやっていると、徐々に『エリクサー』の効果が安定し、定着するのを感じる。
そっと、名残惜しく、僕は唇を離した。
顔色が戻り、呼吸も安定してる。もう、大丈夫そうだ。
シリル兄さんを僕の上着の上に横たえて、無残な姿でがたがたと震える男へと僕は歩み寄る。シリル兄さんを床に置くことは、不本意ながら、この男には極力近づけたくなかった。
この人は、こんなにも小さな男だったのか。
髪は乱れ、涙と鼻汁、流延で汚れた顔には血がこびりつき、上質であった服はぼろぼろで、あちこち擦り切れ、血が滲んでいる。
そして、その両足は枯れ枝のように干からびて、炭のように真っ黒だった。その異様な変化は大腿部にまで及んでいた。
「僕は、あなたを許せない」
ここで、この男が死ねば、一緒に外出したことが知られているシリル兄さんも何かしらの聴取を受けるだろう。怪我や体調を思えば、そんなことで煩わせたくない。
いっそ、行方不明ということにしてしまえば……ああ、それはそれで、権限移譲がいつまでも行われず、面倒なことになりそうだ。
メーティスト神殿については、シリル兄さんが然るべき時に、自身の意志で公表するだろう。
だから、ここでの記録は、公にすることはできない。僕とシリル兄さんの二人だけの秘密だ。
「これまでの、あなたの所業は、映像、音声、そして文章で記録している。
それらはもう先日、既に国王陛下宛に告発文として提出済みだ」
輝きを失っていた虚ろな眼差しが、かすかに揺れた。
僕は、完全に掌握した自身の精霊力を操作する。
「あなたの中の、大地の精霊力を消失させたら、どうなるのだろう」
フォレスターを意味する大地の精霊力は、この男とシリル兄さんが血縁であるという、証明でもある。そんなものは、無くなってしまえばいい。
そして、この男の根幹と自尊心に強く紐づいているはずだ。
「精霊力は生命の本流というけれど……大地の精霊力のみ無くなったら。一体どうなるのだろうね。
まさに、神の領域だよ。とても、興味深いでしょう」
僕はにっこりと笑って、そして、目の前の男の身体を読み取る。
「良かったですね。自分で実体験できますよ」
そして、大地の精霊力だけを完全に消失させた。
男も、自身の身体から何かが抜け落ちてしまったことがわかったようで、小刻みに身体が震え、そしてそのまま気を失った。
「ああ。この程度で、気を失うなんて。手間をかけさせないで」
顔を蹴り上げて、覚醒を促す。変な悲鳴を上げて、跳ね起きた。
「あなたは、あなたが固執してきた象徴を失って。失意の中で、ゆっくりと苦しみと、痛みと、孤独を噛みしめて。
あなたの精神的認知が、精霊力を介して、肉体にどう影響を及ぼすのか。僕も、とても興味がある。
できるだけ長く絶望を味わって、そして、できるだけ早く、シリル兄さんの世界から消えて」
僕は、不本意ではあったけれど、シリル兄さんと当主であった男を連れ、フォレスターの屋敷に帰った。
それから2週間ほどシリル兄さんは眠り続けた。
この間、シリル兄さんの精霊力は非常に不安定で、その度に僕は口づけし安定化させることを繰り返した。
僕はシリル兄さんほど、他者の精霊力を操作することに慣れていない。だから、唇と唇を介さなくては、上手くできないのは、紛れもない事実だ。
自分の未熟さを歓迎すると共に、役得だと嬉々として行っていることもまた、紛れもない事実だったけど。
僕が手配した告発書は無事に受理され、そして子が4大領主の当主たる親を訴えるという、前代未聞の裁判となった。
けれど、その時にはフォレスター当主であった男は、髪も抜け落ち痩せ細り、歩くこともままならず、食事も排泄も自力では困難となっていた。時折、狂乱状態に陥り、何かと戦うような動作を繰り返し、自身を掻きむしり傷つけた。
この屋敷を支配した、凶悪な独裁者の姿は、見る影も無かった。
国王の指示で訪れた精霊医薬師に、心神喪失状態と診断され、これは、自身の罪が暴かれたことによるショックからくるものだろうと判断された。
裁判は略式となり、当主の座を剥奪され、屋敷に死ぬまでされ監禁されることとなった。
同じ精霊医学薬学の分野で領地同士の交流が深いウォルター家が、シリル兄さんと僕の後見となった。
そうして、僕が14歳、シリル兄さんが16歳の時に、フォレスター当主だった男は死んだ。
彼の環境は決して悪くなかった。シリル兄さんが、「これは、この人のためじゃない。僕の義理を果たすため」と、最後まで彼の身の回りを整えたからだ。
それが、シリル兄さんなりの決別の方法だった。彼が心穏やかにいれるのならば、それでいい。
シリル兄さんを守るためには、僕自身が、自分の精霊力を使いこなすだけでは、全然足りない。
僕自身が決して脅かされないという信頼をシリル兄さんから得る必要がある。
精霊術を極め、地位を得る。さらに、権力だって、人脈だって、名声だって、必要なものは、なんだって手にする。
この一連の忌まわしい出来事の中で、僕は神に祈ることを止めた。
僕は自身の精霊力を操作する術を完全に習得し、僕は僕自身の存在を、やっと理解した。
けれど、それは僕にとって、それは大した問題ではない。
僕の忌まわしい力は、シリル兄さんのために使うという明確な目的をもって、確かに解き放たれ、脈動をはじめた。
シリル兄さんの胸元にかけられた、『エリクサー』を取り出して、僕は自身の口に含む。そして、気を失ったシリル兄さんに口移しでそれを押し込み、ごくり、と嚥下させた。
これだけの精霊薬を、今こうして自身の精霊力を操作できない無防備なこの人に与えたら、きっと崩壊してしまう。
そのまま口づけしたままで、シリル兄さんの精霊力を記憶に沿って循環させる。
これは、医療行為だ。
同時に心が歓喜し、僕の中には別の思いが在ることは、間違いなかったとしても。
しばらく、そうやっていると、徐々に『エリクサー』の効果が安定し、定着するのを感じる。
そっと、名残惜しく、僕は唇を離した。
顔色が戻り、呼吸も安定してる。もう、大丈夫そうだ。
シリル兄さんを僕の上着の上に横たえて、無残な姿でがたがたと震える男へと僕は歩み寄る。シリル兄さんを床に置くことは、不本意ながら、この男には極力近づけたくなかった。
この人は、こんなにも小さな男だったのか。
髪は乱れ、涙と鼻汁、流延で汚れた顔には血がこびりつき、上質であった服はぼろぼろで、あちこち擦り切れ、血が滲んでいる。
そして、その両足は枯れ枝のように干からびて、炭のように真っ黒だった。その異様な変化は大腿部にまで及んでいた。
「僕は、あなたを許せない」
ここで、この男が死ねば、一緒に外出したことが知られているシリル兄さんも何かしらの聴取を受けるだろう。怪我や体調を思えば、そんなことで煩わせたくない。
いっそ、行方不明ということにしてしまえば……ああ、それはそれで、権限移譲がいつまでも行われず、面倒なことになりそうだ。
メーティスト神殿については、シリル兄さんが然るべき時に、自身の意志で公表するだろう。
だから、ここでの記録は、公にすることはできない。僕とシリル兄さんの二人だけの秘密だ。
「これまでの、あなたの所業は、映像、音声、そして文章で記録している。
それらはもう先日、既に国王陛下宛に告発文として提出済みだ」
輝きを失っていた虚ろな眼差しが、かすかに揺れた。
僕は、完全に掌握した自身の精霊力を操作する。
「あなたの中の、大地の精霊力を消失させたら、どうなるのだろう」
フォレスターを意味する大地の精霊力は、この男とシリル兄さんが血縁であるという、証明でもある。そんなものは、無くなってしまえばいい。
そして、この男の根幹と自尊心に強く紐づいているはずだ。
「精霊力は生命の本流というけれど……大地の精霊力のみ無くなったら。一体どうなるのだろうね。
まさに、神の領域だよ。とても、興味深いでしょう」
僕はにっこりと笑って、そして、目の前の男の身体を読み取る。
「良かったですね。自分で実体験できますよ」
そして、大地の精霊力だけを完全に消失させた。
男も、自身の身体から何かが抜け落ちてしまったことがわかったようで、小刻みに身体が震え、そしてそのまま気を失った。
「ああ。この程度で、気を失うなんて。手間をかけさせないで」
顔を蹴り上げて、覚醒を促す。変な悲鳴を上げて、跳ね起きた。
「あなたは、あなたが固執してきた象徴を失って。失意の中で、ゆっくりと苦しみと、痛みと、孤独を噛みしめて。
あなたの精神的認知が、精霊力を介して、肉体にどう影響を及ぼすのか。僕も、とても興味がある。
できるだけ長く絶望を味わって、そして、できるだけ早く、シリル兄さんの世界から消えて」
僕は、不本意ではあったけれど、シリル兄さんと当主であった男を連れ、フォレスターの屋敷に帰った。
それから2週間ほどシリル兄さんは眠り続けた。
この間、シリル兄さんの精霊力は非常に不安定で、その度に僕は口づけし安定化させることを繰り返した。
僕はシリル兄さんほど、他者の精霊力を操作することに慣れていない。だから、唇と唇を介さなくては、上手くできないのは、紛れもない事実だ。
自分の未熟さを歓迎すると共に、役得だと嬉々として行っていることもまた、紛れもない事実だったけど。
僕が手配した告発書は無事に受理され、そして子が4大領主の当主たる親を訴えるという、前代未聞の裁判となった。
けれど、その時にはフォレスター当主であった男は、髪も抜け落ち痩せ細り、歩くこともままならず、食事も排泄も自力では困難となっていた。時折、狂乱状態に陥り、何かと戦うような動作を繰り返し、自身を掻きむしり傷つけた。
この屋敷を支配した、凶悪な独裁者の姿は、見る影も無かった。
国王の指示で訪れた精霊医薬師に、心神喪失状態と診断され、これは、自身の罪が暴かれたことによるショックからくるものだろうと判断された。
裁判は略式となり、当主の座を剥奪され、屋敷に死ぬまでされ監禁されることとなった。
同じ精霊医学薬学の分野で領地同士の交流が深いウォルター家が、シリル兄さんと僕の後見となった。
そうして、僕が14歳、シリル兄さんが16歳の時に、フォレスター当主だった男は死んだ。
彼の環境は決して悪くなかった。シリル兄さんが、「これは、この人のためじゃない。僕の義理を果たすため」と、最後まで彼の身の回りを整えたからだ。
それが、シリル兄さんなりの決別の方法だった。彼が心穏やかにいれるのならば、それでいい。
シリル兄さんを守るためには、僕自身が、自分の精霊力を使いこなすだけでは、全然足りない。
僕自身が決して脅かされないという信頼をシリル兄さんから得る必要がある。
精霊術を極め、地位を得る。さらに、権力だって、人脈だって、名声だって、必要なものは、なんだって手にする。
この一連の忌まわしい出来事の中で、僕は神に祈ることを止めた。
僕は自身の精霊力を操作する術を完全に習得し、僕は僕自身の存在を、やっと理解した。
けれど、それは僕にとって、それは大した問題ではない。
僕の忌まわしい力は、シリル兄さんのために使うという明確な目的をもって、確かに解き放たれ、脈動をはじめた。
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