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50.早く大人になりたかった頃②(テオドール視点)
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「なぜもっと早くこうしなかったの?」
崇拝者をつくる、という意味では無い。
もっと早く、こうして自由になればよかったのに。
「なぜというか…。一人だったら、きっと今も前のままだったよ。
おれにとっては、家族はこういうものだ、子供はこういうものだ、ていうのが、自分の中で当たり前すぎて。
テオに言われなかったら、気付けなかった」
そして、「だから、ありがとう」と眩しい笑顔で微笑む。
「それに、テオが一緒だから。すごく力が湧いてくるし、何しても楽しい」
貴方の笑顔に、僕がどれだけ歓喜して、救われて、そして励まされて、生きる力をもらっているか。
貴方は全然気づいてもいないんだろう。
僕を慈しむことには熱心だけど、逆のことには無関心だから。
本当に不思議で、おかしな人。愛おしくて、得難い、愛すべき人。
「でさ。クッキーの保存期間が、半年に伸びたんだ!」
楽しそうに無茶苦茶なことを言う。
「プリンは1年以上過ぎてもそのままなんでしょう?」
「ああ。どうやら、固体より液体の方がずっと精霊力の保持が容易みたいだ」
と、言いながら、固体と液体に対する精霊力の導入率と、拡散速度をかりかりと計算し出す。
「あ。でも半年前のクッキーは食べちゃダメだからな。ちゃんと、新しいの焼いてやるから」
「そう言いながら、自分は1年前のプリンを食べたんだよね?」
ぎくり、と肩を揺らしながら、「なんで知ってるの……テオ、そんなにおれのこと見てくれてるのか?」と小さく呟いた。
日常的にまともなことを説きながら、自分に関しては常軌を逸しているのが、シリル兄さんだ。
この人が、ずっと、こうして好きなことをして笑っていられるようにしたい。
僕は、ただ純粋にそれだけを考えるようになった。別に、シリル兄さんのためじゃない。僕が、ずっとこの笑顔を見ていたいからだ。
僕はそのために、自分のこの忌まわしい精霊力を使いたい。
そうすれば、僕のもの精霊力のことも、好きになれるのだろうか。
でも、どうしてだろう。
今、目の前にいて生き生きと笑うこの人が、次の瞬間には、いなくなってしまいそうな、そんな虚無感に襲われることがある。
その気持ちが、ただの勘違いであってほしいと、額に口づけられるたびに祈った。
そうして月にが流れ、僕が10歳になったある日。
相変わらず僕の部屋で過ごすシリル兄さんは、じりじりと僕との間を詰めて、耳を貸すよう手招きした。
12歳の少年はその榛色の瞳をらんらんと輝かせ、早く打ち明けたくてうずうずしている様子だ。
ああ、またか。
「おれ、すごい発見をしたんだ」
耳元で囁かれたこの台詞は、もう何度聞いたかもわからない。
そして、それが真実であって、僅かの嘘、偽りも含んでいないことを僕は知っている。
「シリル兄さん。今回は、何を見つけたの?」
もう、僕はこの人が幻の薬や伝説の生物、さらに未知の法則を発見する場に幾度となく立ちあっている。いまさら、何を言われても驚かない。
「誰にも内緒だぞ」
「うん」
どうせ、誰も言う相手はいない。
「おれ、メーティスト神殿を見つけたんだ」
「…………………え?」
「あっ!その反応。さてはテオ、疑ってるな?」
疑ってる。僕の耳を。
「メーティスト神殿って……あのメーティスト神殿?」
「そう。理と叡智のメーティストを祀った神殿だよ」
とりあえず、聞き間違いでは無かったらしいことを、確認する。
メーティストとは、愛と豊穣の女神シュリアーズと対で語られる神で、この世界の礎そのものだ。
女神シュリアーズは、イグレシアス王族の始まりとなる人物に加護を与えたとされる。
それを証明するかのように、女神を祭る神殿は王領の中心部に存在し、参拝する者は後を絶たない。
一方で、理と叡智の弟神メーティストの存在は、厄災の象徴として畏怖されて、その名を呼ぶことすら恐れられている。しかし、その存在を明確に示唆するものは、現存していない。
神殿の存在は歴史上、ずっと明らかにされたことがない。いや、正確には存在そのものが不明確で幻想に包まれている。
それなのに。
「神殿があることは、わかってたんだけど、」
と、平然と言う。
シリル兄さんはこういう時がある。
まるで、それが既定の事実であるかのような物言いをする。
『月の雫』に然り。『エリクサー』に然り。初めから、そうであることを知っていた、そんな言い方をする。
「どこにあるか、ずっとわからなかったんだ。
だけど、この前読んだメーティストに関する文献と、薬草を採取に言った場所に共通点があってさ」
そして、それは必ず事実であることが証明されるのだ。
「今度、近いうちに二人で一緒に行こうな!」
楽しそうに、嬉しそうにそう言うシリル兄さんは、本当に輝いていて。独り言のように「きっと、テオの役に立つと思うんだよな」とぶつぶつと思索に耽り出す。
どういう意味だろう?
僕は理解できないものの、これもまた常であって。
いつもは妙に大人びたこの人が、無邪気に熱中する姿はいつまでも見ていられる。
僕もつられるように表情を緩めて、こくり、と頷き同意した。
力強くも清廉な精霊力は揺るぎない安定感をもって、いつもそこに在る。僕にはただ眩しくて、この煌めきはずっとこうして輝いているものと、疑わなかった。
そして、その日は想像だにしない形で訪れる。
崇拝者をつくる、という意味では無い。
もっと早く、こうして自由になればよかったのに。
「なぜというか…。一人だったら、きっと今も前のままだったよ。
おれにとっては、家族はこういうものだ、子供はこういうものだ、ていうのが、自分の中で当たり前すぎて。
テオに言われなかったら、気付けなかった」
そして、「だから、ありがとう」と眩しい笑顔で微笑む。
「それに、テオが一緒だから。すごく力が湧いてくるし、何しても楽しい」
貴方の笑顔に、僕がどれだけ歓喜して、救われて、そして励まされて、生きる力をもらっているか。
貴方は全然気づいてもいないんだろう。
僕を慈しむことには熱心だけど、逆のことには無関心だから。
本当に不思議で、おかしな人。愛おしくて、得難い、愛すべき人。
「でさ。クッキーの保存期間が、半年に伸びたんだ!」
楽しそうに無茶苦茶なことを言う。
「プリンは1年以上過ぎてもそのままなんでしょう?」
「ああ。どうやら、固体より液体の方がずっと精霊力の保持が容易みたいだ」
と、言いながら、固体と液体に対する精霊力の導入率と、拡散速度をかりかりと計算し出す。
「あ。でも半年前のクッキーは食べちゃダメだからな。ちゃんと、新しいの焼いてやるから」
「そう言いながら、自分は1年前のプリンを食べたんだよね?」
ぎくり、と肩を揺らしながら、「なんで知ってるの……テオ、そんなにおれのこと見てくれてるのか?」と小さく呟いた。
日常的にまともなことを説きながら、自分に関しては常軌を逸しているのが、シリル兄さんだ。
この人が、ずっと、こうして好きなことをして笑っていられるようにしたい。
僕は、ただ純粋にそれだけを考えるようになった。別に、シリル兄さんのためじゃない。僕が、ずっとこの笑顔を見ていたいからだ。
僕はそのために、自分のこの忌まわしい精霊力を使いたい。
そうすれば、僕のもの精霊力のことも、好きになれるのだろうか。
でも、どうしてだろう。
今、目の前にいて生き生きと笑うこの人が、次の瞬間には、いなくなってしまいそうな、そんな虚無感に襲われることがある。
その気持ちが、ただの勘違いであってほしいと、額に口づけられるたびに祈った。
そうして月にが流れ、僕が10歳になったある日。
相変わらず僕の部屋で過ごすシリル兄さんは、じりじりと僕との間を詰めて、耳を貸すよう手招きした。
12歳の少年はその榛色の瞳をらんらんと輝かせ、早く打ち明けたくてうずうずしている様子だ。
ああ、またか。
「おれ、すごい発見をしたんだ」
耳元で囁かれたこの台詞は、もう何度聞いたかもわからない。
そして、それが真実であって、僅かの嘘、偽りも含んでいないことを僕は知っている。
「シリル兄さん。今回は、何を見つけたの?」
もう、僕はこの人が幻の薬や伝説の生物、さらに未知の法則を発見する場に幾度となく立ちあっている。いまさら、何を言われても驚かない。
「誰にも内緒だぞ」
「うん」
どうせ、誰も言う相手はいない。
「おれ、メーティスト神殿を見つけたんだ」
「…………………え?」
「あっ!その反応。さてはテオ、疑ってるな?」
疑ってる。僕の耳を。
「メーティスト神殿って……あのメーティスト神殿?」
「そう。理と叡智のメーティストを祀った神殿だよ」
とりあえず、聞き間違いでは無かったらしいことを、確認する。
メーティストとは、愛と豊穣の女神シュリアーズと対で語られる神で、この世界の礎そのものだ。
女神シュリアーズは、イグレシアス王族の始まりとなる人物に加護を与えたとされる。
それを証明するかのように、女神を祭る神殿は王領の中心部に存在し、参拝する者は後を絶たない。
一方で、理と叡智の弟神メーティストの存在は、厄災の象徴として畏怖されて、その名を呼ぶことすら恐れられている。しかし、その存在を明確に示唆するものは、現存していない。
神殿の存在は歴史上、ずっと明らかにされたことがない。いや、正確には存在そのものが不明確で幻想に包まれている。
それなのに。
「神殿があることは、わかってたんだけど、」
と、平然と言う。
シリル兄さんはこういう時がある。
まるで、それが既定の事実であるかのような物言いをする。
『月の雫』に然り。『エリクサー』に然り。初めから、そうであることを知っていた、そんな言い方をする。
「どこにあるか、ずっとわからなかったんだ。
だけど、この前読んだメーティストに関する文献と、薬草を採取に言った場所に共通点があってさ」
そして、それは必ず事実であることが証明されるのだ。
「今度、近いうちに二人で一緒に行こうな!」
楽しそうに、嬉しそうにそう言うシリル兄さんは、本当に輝いていて。独り言のように「きっと、テオの役に立つと思うんだよな」とぶつぶつと思索に耽り出す。
どういう意味だろう?
僕は理解できないものの、これもまた常であって。
いつもは妙に大人びたこの人が、無邪気に熱中する姿はいつまでも見ていられる。
僕もつられるように表情を緩めて、こくり、と頷き同意した。
力強くも清廉な精霊力は揺るぎない安定感をもって、いつもそこに在る。僕にはただ眩しくて、この煌めきはずっとこうして輝いているものと、疑わなかった。
そして、その日は想像だにしない形で訪れる。
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