上 下
47 / 90

45.表にある気持ち②

しおりを挟む
弟を好きになるなんて、どうしておれはこうも兄としてままならないんだろう。

 でも、だからこそ兄で良かったのかもしれない、とすぐに思いなおした。

 だって、兄ならばどんな時も、どんな場所でも、何があっても、テオドールのすぐ近くで、好きなだけテオドールのことを可愛がっても、助けても……何をしてあげてもいい理由になるから。

「ああ、だから。その耐えて色々頑張ってるな、ていう部分を含めて、わかりやすいのよ」
「え。マジで?」

 本気で良い兄さんとして努めてたところも、全部丸わかりってこと?

「マジで。それに、すごくデレデレしてる」

 デレデレ? それって、どんなのだ??
 そんなこと、絶対にしてない。

「私はシリルが、自分の気持ちに自覚も無いのかと思ってたわ」
「まぁ……おれに前世の記憶がなかったら、そうだったかも」
「どういうこと?」
「ん?いや、だって前世では家族のこと大好きだったからさ。
 でもテオに対する気持ちは、それとは違うなっていうのはわかるから」

 まあ、それだけじゃないんだけど。
 なんというか、おれはテオドールに対してもっと即物的な欲求を抱いているということに、12歳のとき気づいてしまったのだ。

 つまり、その……おれは12歳で精通したのだけど。
 なんと、テオドールとキスをする夢を見て、夢精したのだ。

 今、思い出しても恥ずかしい。妙にリアルなその夢に、起きたときも信じられない程にどきどきして、しばらくテオドールの顔がまともに見られなかった。

 その時以来、おれはテオドールと一緒に寝るのをやめた。



「いいじゃない、仲が悪くなったわけじゃないんだから」

 それは……そうだけど。

 おれは本当に、全然理解していなかった。
 ぎゅっと痛む胸をさすり、息を吐く。

「じゃあ、“恵みの乙女”さまに、お聞きしますけど」
「なによ」
「おれって………テオの何なのでしょうか」
「はぁ??」
「テオにとって、おれってどんな存在??」

 おれは、全然理解していなかった。
 好きな相手と、想いが通じ合っていないのに、触れ合うということの残酷さを。

 恋しい相手に触れられて気持ちがいいのに、身を切るよりも心が痛い。
 本当に愚かで、浅ましい……どうしようもなくて、酷く切ない。

 なのに、諦められなくて捨て置くこともできない。

「信じられない。ヤルことやって、まだそんなこと言ってるの?」
「だから、言い方……恥じらいとか、そういうのを……」

 19歳の乙女の台詞とは思えないんだけど。それに、まだ最後までヤってない。

「恥じらい?そんなものは、前世に置いてきたわ」
「随分大切なものを置いてきてしまったように思うのだけど。“恵みの乙女”としては大丈夫なのでしょうか?」
「 “恵みの乙女”だからこそでしょ。じゃなきゃ、真実の愛がどうこうなんて言えるわけないじゃない。イタ過ぎて恥ずかし過ぎるわ」
「なるほど」

 ある意味凄い説得力だ。
 女神シュリアーズ的にはこんなミアを選んで正解なのかさらに分からないけど。

「要するに弟への積年の情愛を押えていたところに、突然大人の生々しい関係を迫られて沸き起る想いを抑えられないのに、相手の考えを推定しかねて今の関係に苦痛を感じている、ということね」

 ずばり、要約してくれる。

「さすが、真実の愛の専門家。的確な心情説明ありがとうございます」

 まさに、それ。本当に、それ。

「だって、急に……こんなことになるなんてさ」

 こんな展開は……弟と子作りするなんて、予想していなかった。予想はしていなかったけれど、全く望んでいなかったか、と言えば否、だ。

 だからこそ。

「今更、どうしていいか……わかんないよ……」

 秘薬『女神の願い』を作りながら、これがあればおれがテオドールとどうこうなることに、一つ障害がなくなるなぁ……なんて、ちらっと脳裏を掠めたりした。

 テオドールは、フォレスター領の当主だ。
 それに、おれは父が亡くなった時点で、フォレスター家で唯一の直系子孫になってしまった。お互いに、どういう形かで子孫を残す必要があるのだから、女性と結婚しなくてはならなかった。
 ま、俺は結婚しようなんて、これっぽっちも思っていたからこそ、テオドールが当主になりたいと言ったときに賛成したのだけど。

 これまでテオドールとは良好な関係を築いてきたと思ってきたけど、それはあくまで兄弟としてのつもりだった。そう、努めてきたのだ。

 この変化を、どう受け止めて、どうしていけばいいのか。

 おれにはわからなかった。

「今世ではやりたいことは何でもやるんでしょ。ヘタレてるわね」

 ミアの言っていることは、正しいけど間違ってる。

「やりたいことを何でもやった結果、今に至るんだよ」

 おれは選択を迫られたとき、常にやりたい方を選んできた。

 その結果が今なのだ。

「だってさぁ。
 好きな人と触れ合うチャンスがあったら、流されちゃうの仕方なくない?棚ぼただろ?長らく好きだった想い人から望まれて……いや、おれの場合は違う意味で、『女神の願い』の被験者として望まれたわけだけど、それでも拒むのには尋常ならざる精神力が必要だと思う。
 少なくとも、おれには色々無理だった。全然、無理だったんだよっ!あの顔に迫られたらおれには拒否できない!」

 テオドールはいつも澄まして表情があまり変わらないのだけど、おれにお願いするときは僅かだけれど眉根が寄って、少し不安そうにじっとおれを見つめてくる。

 あれを拒絶できたら、もはやおれじゃない。

「それに……それが想像を絶っする気持ち良さだったら、激流にのまれても仕方なくない?結果、滝つぼに落ちてもドツボにはまっても、おれのせいじゃないよね??」

 あんなに気持ちがいいとか、聞いてない。性行為はんぱない。

「まあ、仕方ないとは思う」
「だよね?!?」
「けど、あんたのそんな生々しい話、私は聞きたくない」
「もーっ!何なんだよ!!」

 この話をふったのはミアだよね!?

「はあ……もう。じゃあ、聞かないでよ。おれだって、話すの恥ずかしいんだから」
「ドツボにはまってる自覚はあるのね」
「抜け出し方が分からない程の深いドツボに嵌ってる自覚があるよ」

 メインを食べ終わったおれたちの前にデザートが運ばれてくる。おれはプリン、ミアには季節のソルベをそれぞれ食べる。

 うーん……おれはどちらかというと、こういうお洒落なとろりとしたヤツより、卵の風味の硬めのプリンに甘めのカラメルがかかった、庶民的なヤツの方が好きだ。

 ああ、考えてたら食べたくなった。明日にでも作ろうかな。

 じっくりと味わいながらちびちびと食べていると、数口でソルベを食べ終えたミアが、事も無げに言う。

「身体から始まる恋愛なんて、良くあるじゃない」

 良くある?

「どこの世界に?」

 どうやらミアは、おれと違う世界に住んでいるらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。

【完結】前世は魔王の妻でしたが転生したら人間の王子になったので元旦那と戦います

ほしふり
BL
ーーーーー魔王の妻、常闇の魔女リアーネは死んだ。 それから五百年の時を経てリアーネの魂は転生したものの、生まれた場所は人間の王国であり、第三王子リグレットは忌み子として恐れられていた。 王族とは思えない隠遁生活を送る中、前世の夫である魔王ベルグラに関して不穏な噂を耳にする。 いったいこの五百年の間、元夫に何があったのだろうか…?

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。 非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。 両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。 そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。 非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。 ※全年齢向け作品です。

厄介払いで結婚させられた異世界転生王子、辺境伯に溺愛される

楠ノ木雫
BL
旧題:BLの世界で結婚させられ厄介払いされた異世界転生王子、旦那になった辺境伯に溺愛される〜過酷な冬の地で俺は生き抜いてみせる!〜  よくあるトラックにはねられ転生した俺は、男しかいないBLの世界にいた。その世界では二種類の男がいて、俺は子供を産める《アメロ》という人種であった。  俺には兄弟が19人いて、15番目の王子。しかも王族の証である容姿で生まれてきてしまったため王位継承戦争なるものに巻き込まれるところではあったが、離宮に追いやられて平凡で平和な生活を過ごしていた。  だが、いきなり国王陛下に呼ばれ、結婚してこいと厄介払いされる。まぁ別にいいかと余裕ぶっていたが……その相手の領地は極寒の地であった。  俺、ここで生活するのかと覚悟を決めていた時に相手から離婚届を突き付けられる。さっさと帰れ、という事だったのだが厄介払いされてしまったためもう帰る場所などどこにもない。あいにく、寒さや雪には慣れているため何とかここで生活できそうだ。  まぁ、もちろん旦那となった辺境伯様は完全無視されたがそれでも別にいい。そう思っていたのに、あれ? なんか雪だるま作るの手伝ってくれたんだけど……?  R-18部分にはタイトルに*マークを付けています。苦手な方は飛ばしても大丈夫です。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

【完結】召喚された勇者は贄として、魔王に美味しく頂かれました

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
美しき異形の魔王×勇者の名目で召喚された生贄、執着激しいヤンデレの愛の行方は? 最初から贄として召喚するなんて、ひどいんじゃないか? 人生に何の不満もなく生きてきた俺は、突然異世界に召喚された。 よくある話なのか? 正直帰りたい。勇者として呼ばれたのに、碌な装備もないまま魔王を鎮める贄として差し出され、美味しく頂かれてしまった。美しい異形の魔王はなぜか俺に執着し、閉じ込めて溺愛し始める。ひたすら優しい魔王に、徐々に俺も絆されていく。もういっか、帰れなくても……。 ハッピーエンド確定 ※は性的描写あり 【完結】2021/10/31 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ 2021/10/03  エブリスタ、BLカテゴリー 1位

処理中です...